青空文庫アンソロジー−2


宮沢賢治の西域幻想



 宮沢賢治は、心象スケッチや農学の探求だけにその一生を費やしたわけではない。
 彼は法華経に深く帰依していた。信仰の深まりとともに、しばしば西域を夢想し、それを詩や童話に託した。
 このアンソロジーには、賢治の西域童話の三部作といわれる童話三編に加え、西域志向が顕著に感じられる詩三編をおさめた。
 「銀河鉄道の夜」や「セロ弾きのゴーシュ」とはまた一味違った賢治の世界をゆっくりお楽しみいただきたい。



◆目次
詩 葱嶺(パミール)先生の散歩
童話 マグノリアの木
詩 晴天恣意
童話 インドラの網
詩 毘沙門天の宝庫
童話 雁の童子

[表記について]
●ルビは「漢字(ルビ)」の形式で処理した。
●[#番号]は、入力者の補注を示す。注はファイルの末尾にまとめた。


葱嶺(パミール)先生の散歩



気圧が高くなったので
昨日固態のの水銀ほど
乱れた雲を弾いていた
地平の青い膨らみも
徐々に平位を復するらしい
しかも国土の質たるや
それが瑠璃から成るにもせよ
弾性なきを尚ばず
地面行歩に従って
小さい歪みをつくること
あたかもよろしき凝膠(ゲル)なるごとき
これ上代の天竺と
やがては西域諸国に於ける
永い夢でもあったのである
向ふかがやく雪の火山のこっち側
何か播かれた四角な畑に
鉋屑(カナガラ)製の幢幡とでもいうべきものが
十二正しく立てられていて
古金の色の夕陽に映え
いろいろの風にさまざまになびくのは
たしかに鳥を追うための装置であって
別に異論もないのであるが
それがことさらあの高山を祀るがように
長短順を整えて
二列正しく置かれたことは
ある種拝天の遺風であるか
山岳教の余習であるか
とにかく誰しもこの情景が
単なる実用が産出した
偶然とのみ看過し得まい

古金の色の夕陽と云えば
きみのまなこは非難する
どうして卑しい黄金(キン)をばとって
この尊厳の夕陽に比すると
さあれわたしの名指したものは
今日世上交易の
暗い黄いろなものでなく
遠く時軸を溯り
幾多所感の海を経て
竜樹菩薩の大論に
わずかに暗示されたるたぐい
すなわちその徳いまだに高く
その相はなはだ旺んであって
むしろ流  金(クイツクゴールド)ともなすべき
わくわくたるそれを云うのである

そう亀茲国の夕陽のなかを
やっぱりたぶんこういう風に
鳥がすうすう流れたことは
出土のそこの壁画から
ただちに指摘できるけれども
沼地の青いけむりのなかを
はぐろとんぼが飛んだかどうか
そは杳として知るを得ぬ


マグノリアの木



 (きり)がじめじめ(ふ)っていた。
 諒安(りょうあん)は、その霧の(そこ)をひとり、(けわ)しい山谷の、(きざ)みを(わた)って行きました。
 (くつ)の底を半分(ふ)(ぬ)いてしまいながらそのいちばん高い(ところ)からいちばん(くら)(ふか)いところへまたその谷の底から霧に(す)いこまれた(つぎ)(みね)へと一生けんめい(つた)って行きました。
 もしもほんの少しのはり合で霧を(およ)いで行くことができたら一つの峯から次の(いわ)へずいぶん雑作(ぞうさ)もなく行けるのだが私はやっぱりこの意地悪(いじわる)い大きな彫刻(ちょうこく)表面(ひょうめん)沿(そ)ってけわしい処ではからだが(も)えるようになり少しの(たい)らなところではほっと(いき)をつきながら地面(じめん)(は)わなければならないと諒安は思いました。
 (まった)く峯にはまっ黒のガツガツした巌が(つめ)たい霧を(ふ)いてそらうそぶき折角(せっかく)いっしんに(のぼ)って行ってもまるでよるべもなくさびしいのでした。
 それから谷の深い処には(こま)かなうすぐろい潅木(かんぼく)がぎっしり生えて光を通すことさえも慳貪(けんどん)[#1]そうに見えました。
 それでも諒安は次から次へとそのひどい刻みをひとりわたって行きました。
 何べんも何べんも霧がふっと明るくなりまたうすくらくなりました。
 けれども光は(あわ)く白く(いた)く、いつまでたっても夜にならないようでした。
 つやつや光る(りゅう)(ひげ)[#2]のいちめん生えた少しのなだらに来たとき諒安はからだを(な)げるようにしてとろとろ(ねむ)ってしまいました。
(これがお前の世界(せかい)なのだよ、お前に丁度(ちょうど)あたり前の世界なのだよ。それよりもっとほんとうはこれがお前の中の景色(けしき)なのだよ。)
 (たれ)かが、(ある)いは諒安自身(じしん)が、耳の近くで何べんも(こ)(さけ)んでいました。
(そうです。そうです。そうですとも。いかにも私の景色です。私なのです。だから仕方(しかた)がないのです。)諒安はうとうと斯う返事(へんじ)しました。
(これはこれ
 (まど)木立(こだち)
 中ならず
 しのびをならう
 春の道場)
 どこからかこんな声がはっきり(きこ)えて来ました。諒安は(め)をひらきました。霧がからだにつめたく(し)(こ)むのでした。
 全く霧は白く痛く竜の髯の青い傾斜(けいしゃ)はその中にぼんやりかすんで行きました。諒安はとっととかけ下りました。
 そしてたちまち一本の潅木(かんぼく)に足をつかまれて投げ出すように(たお)れました。
 諒安はにが(わら)いをしながら(お)きあがりました。
 いきなり険しい潅木の(がけ)が目の前に出ました。
 諒安はそのくろもじの(えだ)にとりついてのぼりました。くろもじはかすかな(におい)を霧に(おく)り霧は(にわ)かに(ちち)いろの(やわ)らかなやさしいものを諒安によこしました。
 諒安はよじのぼりながら笑いました。
 その時霧は大へん陰気(いんき)になりました。そこで諒安は霧にそのかすかな笑いを投げました。そこで霧はさっと明るくなりました。
 そして諒安はとうとう一つの平らな枯草(かれくさ)頂上(ちょうじょう)に立ちました。
 そこは少し黄金(きん)いろでほっとあたたかなような気がしました。
 諒安は自分のからだから少しの(あせ)の匂いが(ほそ)い糸のようになって霧の中へ(のぼ)って行くのを思いました。その汗という(かんがえ)から一(ぴき)立派(りっぱ)な黒い馬がひらっと(おど)り出して霧の中へ(き)えて行きました。
 霧が(にわ)かにゆれました。そして諒安はそらいっぱいにきんきん光って(ただよ)琥珀(こはく)の分子のようなものを見ました。それはさっと琥珀から黄金(きん)に変りまた新鮮(しんせん)(みどり)(うつ)ってまるで雨よりも(しげ)(ふ)って来るのでした。
 いつか諒安の(かげ)がうすくかれ草の上に(お)ちていました。一きれのいいかおりがきらっと光って霧とその琥珀との浮遊(ふゆう)の中を(す)ぎて行きました。
 と思うと俄かにぱっとあたりが黄金(きん)(かわ)りました。
 霧が(と)けたのでした。太陽(たいよう)(みが)きたての藍銅鉱(らんどうこう)[#3]のそらに液体(えきたい)のようにゆらめいてかかり融けのこりの霧はまぶしく(ろう)のように谷のあちこちに(よど)みます。
(ああこんなけわしいひどいところを私は(わた)って来たのだな。けれども何というこの立派さだろう。そしてはてな、あれは。)
 諒安は眼を(うたが)いました。そのいちめんの山谷の刻みにいちめんまっ白にマグノリア[#4]の木の花が(さ)いているのでした。その日のあたるところは(ぎん)と見え(かげ)になるところは雪のきれと思われたのです。
(けわしくも刻むこころの峯々に いま咲きそむるマグノリアかも。)斯う(い)う声がどこからかはっきり聞えて来ました。諒安は心も明るくあたりを見まわしました。
 すぐ(むこ)うに一本の大きなほおの木がありました。その下に二人の子供(こども)(みき)を間にして立っているのでした。
(ああさっきから歌っていたのはあの子供らだ。けれどもあれはどうもただの子供らではないぞ。)諒安はよくそっちを見ました。
 その子供らは(うすもの)[#5]をつけ瓔珞(ようらく)[#6]をかざり日光に光り、すべて断食(だんじき)のあけがたの(ゆめ)のようでした。ところがさっきの歌はその子供らでもないようでした。それは一人の子供がさっきよりずうっと細い声でマグノリアの木の(こずえ)を見あげながら歌い出したからです。
  「サンタ、マグノリア、
   枝にいっぱいひかるはなんぞ。」
 向う側の子が答えました。
  「天に(と)びたつ銀の(はと)。」
 こちらの子がまたうたいました。
  「セント、マグノリア、
   枝にいっぱいひかるはなんぞ。」
  「天からおりた天の鳩。」
 諒安はしずかに(すす)んで行きました。
「マグノリアの木は寂静印(じゃくじょういん)[#7]です。ここはどこですか。」
「私たちにはわかりません。」一人の子がつつましく(かし)こそうな(め)をあげながら(こた)えました。
「そうです、マグノリアの木は寂静印です。」
 強いはっきりした声が諒安のうしろでしました。諒安は(いそ)いでふり(む)きました。子供らと同じなりをした丁度(ちょうど)諒安と同じくらいの人がまっすぐに立ってわらっていました。
「あなたですか、さっきから霧の中やらでお歌いになった方は。」
「ええ、私です。またあなたです。なぜなら私というものもまたあなたが感じているのですから。」
「そうです、ありがとう、私です、またあなたです。なぜなら私というものもまたあなたの中にあるのですから。」
 その人は笑いました。諒安と二人ははじめて(かる)(れい)をしました。
「ほんとうにここは平らですね。」諒安はうしろの方のうつくしい黄金の草の高原を見ながら云いました。その人は笑いました。
「ええ、平らです、けれどもここの平らかさはけわしさに対する平らさです。ほんとうの平らさではありません。」
「そうです。それは私がけわしい山谷を渡ったから平らなのです。」
「ごらんなさい、そのけわしい山谷にいまいちめんにマグノリアが咲いています。」
「ええ、ありがとう、ですからマグノリアの木は寂静です。あの花びらは天の山羊(やぎ)の乳よりしめやかです。あのかおりは覚者(かくしゃ)たちの(とうと)(げ)[#8]を人に送ります。」
「それはみんな(ぜん)です。」
(たれ)の善ですか。」諒安はも一度その(うつく)しい黄金(きん)の高原とけわしい山谷の刻みの中のマグノリアとを見ながらたずねました。
「覚者の善です。」その人の(かげ)(むらさき)いろで透明(とうめい)に草に落ちていました。
「そうです、そしてまた私どもの善です。覚者の善は絶対(ぜったい)です。それはマグノリアの木にもあらわれ、けわしい峯のつめたい巌にもあらわれ、谷の暗い密林(みつりん)もこの(かわ)がずうっと(なが)れて行って氾濫(はんらん)をするあたりの(たび)(たび)革命(かくめい)饑饉(ききん)疫病(えきびょう)やみんな覚者の善です。けれどもここではマグノリアの木が覚者の善でまた私どもの善です。」
 諒安とその人と二人はまた(うやうや)しく礼をしました。

●入力者注
#1 慳貪=無慈悲の意味。
#2 竜の髯=植物名。ユリ科の常緑多年草。ジャノヒゲ。
#3 黄金いろ=「聖なる色」を示す。
#4 琥珀=松ヤニの化石。
#5 藍銅鉱=鉱物名。藍青色で、ガラスのような光沢がある。
#6 マグノリア=モクレン科の植物の総称。ここでは、コブシを指す。
#7 羅=薄物。薄く織った織物またはその織物で作った夏用の衣服。
#8 瓔珞=仏像の装飾に用いられるインドの装身具。
#9 寂静印=仏教の絶対基準の1つ、「悟りの境地」のこと。
#10 偈=仏教の真理を述べた韻文。



晴天恣意




つめたくうららかな蒼穹(そうきゅう)のはて
五輪峠の上のあたりに
白く巨(おお)きな仏頂体が立ちますと
数字につかれたわたくしの眼は
ひとたびそれを異の空間の
高貴な塔とも愕(おど)ろきますが
畢竟(ひっきょう)あれは水と空気の散乱系
冬には稀(まれ)な高くまばゆい積雲です
とは云えそれは再考すれば
やはり同じい大塔婆
いただき八千尺にも充ちる
光厳浄の構成です
あの天末の青らむま下
きららに氷と雪とを鎧(よろ)い
樹や石塚の数をもち
石灰、粘板、砂岩の層と、
花崗斑糲(かこうはんれい)、蛇紋(じゃもん)の諸岩、
堅く結んだ準平原は、
まこと地輪の外ならず、
水風輪は云わずもあれ、
白くまばゆい光と熱、
電、磁、その他の勢力は
アレニウスをば俟(ま)たずして
たれか火輪をうたがわん
もし空輪を云うべくば
これら総じて真空の
その顕現を超(こ)えませぬ
斯(か)くてひとたびこの構成は
五輪の塔と称すべく
秘奥は更に二義あって
いまはその名もはばかるべき
高貴の塔でありますので
もしも誰かがその樹を伐(き)り
あるいは塚をはたけにひらき
乃至はそこらであんまりひどくイリスの花をとりますと
こういう青く無風の日なか
見掛けはしずかに盛りあげられた
あの玉髄の八雲のなかに
夢幻に人は連れ行かれ
見えない数個の手によって
かがやくそらにまっさかさまにつるされて
槍でずぶずぶ刺されたり
頭や胸を圧(お)し潰されて
醒(さ)めてははげしい病気になると
そうひとびとはいまも信じて恐れます
さてそのことはとにかくに
雲量計の横線を
ひるの十四の星も截(き)り
アンドロメダの連星も
しずかに過ぎるとおもわれる
そんなにもうるおいかがやく
碧瑠璃(へきるり)の天でありますので
いまやわたくしのまなこも冴(さ)え
ふたたび陰気な扉を排して
あのくしゃくしゃの数字の前に
かがみ込もうとしますのです


インドラの(あみ)




 そのとき私は大へんひどく(つか)れていてたしか風と草穂(くさぼ)との(そこ)(たお)れていたのだとおもいます。
 その秋風の昏倒(こんとう)の中で私は私の(すず)いろの影法師(かげぼうし)にずいぶん馬鹿(ばか)ていねいな(わか)れの(あい)(さつ)をやっていました。
 そしてただひとり(くら)いこけももの敷物(カアペット)(ふ)んでツェラ高原をあるいて行きました。
 こけももには赤い(み)もついていたのです。
 白いそらが高原の上いっぱいに(は)って(カオ)陵産(リンさん)[#1]磁器(じき)よりもっと(つめ)たく白いのでした。
 稀薄(きはく)な空気がみんみん鳴っていましたがそれは多分は白磁器(はくじき)の雲の(むこ)うをさびしく(わた)った日輪(にちりん)がもう高原の西を(かぎ)る黒い尖々(とげとげ)山稜(さんりょう)の向うに(お)ちて薄明(はくめい)が来たためにそんなに(きし)んでいたのだろうとおもいます。
 私は魚のようにあえぎながら何べんもあたりを見まわしました。
 ただ一かけの鳥も(い)ず、どこにもやさしい(けだもの)のかすかなけはいさえなかったのです。
(私は全体(ぜんたい)何をたずねてこんな気圏(きけん)の上の方、きんきん(いた)む空気の中をあるいているのか。)
 私はひとりで自分にたずねました。
 こけももがいつかなくなって地面(じめん)(かわ)いた(はい)いろの(こけ)(おお)われところどころには赤い苔の花もさいていました。けれどもそれはいよいよつめたい高原の悲痛(ひつう)(ま)すばかりでした。
 そしていつか薄明は黄昏(たそがれ)に入りかわられ、苔の花も赤ぐろく見え西の山稜の上のそらばかりかすかに黄いろに(にご)りました。
 そのとき私ははるかの向うにまっ白な(みずうみ)を見たのです。
(水ではないぞ、また曹達(ソーダ)や何かの結晶(けっしょう)だぞ。いまのうちひどく(よろこ)んで(だま)されたとき力を(おと)しちゃいかないぞ。)私は自分で自分に言いました。
 それでもやっぱり私は(いそ)ぎました。
 湖はだんだん近く光ってきました。間もなく私はまっ白な石英(せきえい)(すな)とその向うに音なく(たた)えるほんとうの水とを見ました。
 砂がきしきし鳴りました。私はそれを一つまみとって空の微光(びこう)にしらべました。すきとおる複六方錐(ふくろくほうすい)[#2](つぶ)だったのです。
石英安山岩(せきえいあんざんがん)流紋岩(りゅうもんがん)から来た。)
 私はつぶやくようにまた考えるようにしながら水際(みずぎわ)に立ちました。
(こいつは過冷却(かれいきゃく)の水だ。氷相当官(こおりそうとうかん)なのだ。)私はも一度(いちど)こころの中でつぶやきました。
 (まった)く私のてのひらは水の中で青じろく(りん)(こう)を出していました。
 あたりが(にわか)にきいんとなり、
(風だよ、草の(ほ)だよ。ごうごうごうごう。)こんな(ことば)が私の頭の中で鳴りました。まっくらでした。まっくらで少しうす赤かったのです。
 私はまた(め)(ひら)きました。
 いつの間にかすっかり夜になってそらはまるですきとおっていました。素敵(すてき)(や)きをかけられてよく(みが)かれた鋼鉄製(こうてつせい)の天の野原に銀河(ぎんが)の水は音なく(なが)れ、鋼玉(こうぎょく)[#3]小砂利(こじゃり)も光り(きし)の砂も一つぶずつ数えられたのです。
 またその桔梗(ききょう)いろの(つめ)たい天盤(てんばん)には金剛(こんごう)(せき)[#4]劈開片(へきかいへん)[#5]青宝玉(せいほうぎょく)[#6](とが)った粒やあるいはまるでけむりの草のたねほどの黄水晶(きずいしょう)[#7]のかけらまでごく精巧(せいこう)のピンセットできちんとひろわれきれいにちりばめられそれはめいめい(かっ)(て)呼吸(こきゅう)し勝手にぷりぷりふるえました。
 私はまた足もとの砂を見ましたらその砂粒の中にも黄いろや青や小さな火がちらちらまたたいているのでした。(おそ)らくはそのツェラ高原の過冷却(かれいきゃく)湖畔(こはん)も天の銀河の一部(いちぶ)と思われました。
 けれどもこの時は早くも高原の夜は明けるらしかったのです。
 それは空気の中に何かしらそらぞらしい硝子(ガラス)の分子のようなものが(うか)んできたのでもわかりましたが第一(だいいち)東の九つの小さな青い星で(かこ)まれたそらの泉水(せんすい)のようなものが大へん光が弱くなりそこの空は早くも鋼青(こうせい)から天河石(てんがせき)[#8](いた)(かわ)っていたことから(じつ)にあきらかだったのです。
 その冷たい桔梗色(ききょういろ)底光(そこびか)りする空間を一人の天[#9](か)けているのを私は見ました。
(とうとうまぎれ(こ)んだ、人の世界(せかい)のツェラ高原の空間から天の空間へふっとまぎれこんだのだ。)私は(むね)(おど)らせながら(こ)う思いました。
 天人はまっすぐに翔けているのでした。
一瞬(いっしゅん)百由旬(ゆじゅん)[#10]を飛んでいるぞ。けれども見ろ、少しも(うご)いていない。少しも動かずに(うつ)らずに変らずにたしかに一瞬百由旬ずつ翔けている。実にうまい。)私は斯うつぶやくように考えました。
 天人の(ころも)はけむりのようにうすくその(よう)(らく)[#11]昧爽(まいそう)[#12]天盤(てんばん)からかすかな光を(う)けました。
(ははあ、ここは空気の稀薄(きはく)(ほと)んど真空(しんくう)(ひと)しいのだ。だからあの繊細(せんさい)な衣のひだをちらっと(みだ)す風もない。)私はまた思いました。
 天人は(こん)いろの(ひとみ)を大きく(は)ってまたたき一つしませんでした。その(くちびる)(かす)かに(わら)いまっすぐにまっすぐに翔けていました。けれども少しも動かず移らずまた変りませんでした。
(ここではあらゆる(のぞ)みがみんな(きよ)められている。(ねが)いの数はみな(しず)められている。重力(じゅうりょく)(たがい)(う)(け)され冷たいまるめろ[#13](にお)いが浮動(ふどう)するばかりだ。だからあの天衣(てんい)(ひも)(なみ)立たずまた鉛直(えんちょく)(た)れないのだ。)
 けれどもそのとき空は天河石(てんがせき)からあやしい葡萄瑪瑙(ぶどうめのう)の板に変りその天人の翔ける姿(すがた)をもう私は見ませんでした。
(やっぱりツェラの高原だ。ほんの一時のまぎれ込みなどは結局(けっきょく)あてにならないのだ。)斯う私は自分で自分に(おし)えるようにしました。けれどもどうもおかしいことはあの天盤のつめたいまるめろに(に)たかおりがまだその(へん)(ただよ)っているのでした。そして私はまたちらっとさっきのあやしい天の世界の空間を(ゆめ)のように(かん)じたのです。
(こいつはやっぱりおかしいぞ。天の空間は私の感覚(かんかく)のすぐ(とな)りに(い)るらしい。みちをあるいて黄金いろの雲母(うんも)のかけらがだんだんたくさん出て来ればだんだん花崗岩(かこうがん)に近づいたなと思うのだ。ほんのまぐれあたりでもあんまり度々(たびたび)になるととうとうそれがほんとになる。きっと私はもう一度この高原で天の世界を感ずることができる。)私はひとりで斯う思いながらそのまま立っておりました。
 そして空から瞳を高原に(てん)じました。全く砂はもうまっ白に見えていました。湖は緑青(ろくしょう)よりももっと古びその青さは私の心臓(しんぞう)まで冷たくしました。
 ふと私は私の前に三人の天の子供(こども)らを見ました。それはみな(しも)(お)ったような(うすもの)[#14]をつけすきとおる(くつ)をはき私の前の水際(みずぎわ)に立ってしきりに東の空をのぞみ(たい)(よう)(のぼ)るのを(ま)っているようでした。その東の空はもう白く(も)えていました。私は天の子供らのひだのつけようからそのガンダーラ系統(けいとう)なのを知りました。またそのたしかに(コウ)(タン)大寺の廃趾(はいし)から発掘(はっくつ)された壁画(へきが)の中の三人なことを知りました。私はしずかにそっちへ(すす)(おどろ)かさないようにごく声(ひく)挨拶(あいさつ)しました。
「お早う、于(タン)大寺の壁画の中の子供さんたち。」
 三人一緒(いっしょ)にこっちを向きました。その瓔珞のかがやきと黒い(いか)めしい瞳。
 私は進みながらまた(い)いました。
「お早う。于(タン)大寺の壁画の中の子供さんたち。」
「お前は(だれ)だい。」
 右はじの子供がまっすぐに(またたき)もなく私を見て(たず)ねました。
「私は于(タン)大寺を(すな)の中から(ほ)り出した(あお)木晃(きあきら)というものです。」
「何しに来たんだい。」少しの顔色もうごかさずじっと私の瞳を見ながらその子はまたこう云いました。
「あなたたちと一緒にお日さまをおがみたいと思ってです。」
「そうですか。もうじきです。」三人は向うを向きました。瓔珞は黄や(だいだい)(みどり)(はり)のようなみじかい光を(い)、羅は(にじ)のようにひるがえりました。
 そして早くもその燃え立った白金のそら、湖の向うの(うぐいす)いろの原のはてから(と)けたようなもの、なまめかしいもの、古びた黄金、反射炉(はんしゃろ)の中の(しゅ)、一きれの光るものが(あら)われました。
 天の子供らはまっすぐに立ってそっちへ合掌(がっしょう)しました。
 それは太陽でした。(おごそ)かにそのあやしい(まる)い熔けたようなからだをゆすり間もなく正しく空に(のぼ)った天の世界の太陽でした。光は針や(たば)になってそそぎそこらいちめんかちかち鳴りました。
 天の子供らは夢中(むちゅう)になってはねあがりまっ(さお)寂静印(じゃくじょういん)[#15]の湖の岸硅砂(きしけいしゃ)[#16]の上をかけまわりました。そしていきなり私にぶっつかりびっくりして(と)びのきながら一人が空を(さ)して(さけ)びました。
「ごらん、そら、インドラ[#17]の網を。」
 私は空を見ました。いまはすっかり青ぞらに変ったその天頂(てんちょう)から四方の青白い天末(てんまつ)までいちめんはられたインドラのスペクトル(せい)の網、その繊維(せんい)蜘蛛(くも)のより細く、その組織(そしき)菌糸(きんし)より緻密(ちみつ)に、透明(とうめい)清澄(せいちょう)で黄金でまた青く幾億(いくおく)(たがい)交錯(こうさく)し光って(ふる)えて燃えました。
「ごらん、そら、風の太鼓(たいこ)。」も一人がぶっつかってあわてて(に)げながら斯う云いました。ほんとうに空のところどころマイナスの太陽ともいうように(くら)(あい)や黄金や緑や灰いろに光り空から(お)ちこんだようになり(だれ)(たた)かないのにちからいっぱい鳴っている、百千のその天の太鼓は鳴っていながらそれで少しも鳴っていなかったのです。私はそれをあんまり(なが)く見て眼も(くら)くなりよろよろしました。
「ごらん、蒼孔雀(あおくじゃく)を。」さっきの右はじの子供が私と行きすぎるときしずかに斯う云いました。まことに空のインドラの網のむこう、数しらず鳴りわたる天鼓(てんこ)のかなたに空一ぱいの不思議(ふしぎ)な大きな蒼い孔雀が宝石(ほうせき)(せい)(お)ばねをひろげかすかにクウクウ鳴きました。その孔雀はたしかに空には(お)りました。けれども少しも見えなかったのです。たしかに鳴いておりました。けれども少しも聞えなかったのです。
 そして私は本統(ほんとう)にもうその三人の天の子供らを見ませんでした。
 (かえ)って私は草穂(くさぼ)と風の中に白く倒れている私のかたちをぼんやり思い出しました。

●入力者注
#1 高陵=磁器の原材料の産出で著名な中国の地名。
#2 複六方錐=六辺の三角錐が上下に合わさったもの。
#3 鋼玉=ダイアモンドに次いで堅い鉱石。
#4 金剛石=ダイアモンドのこと。
#5 劈開=鉱物が一定の方向に割れる性質。
#6 青宝玉=サファイアのこと。
#7 黄水晶=シトリンのこと。
#8 天河石=アマゾナイトのこと。
#9 天=天人のこと。
#10 由旬=古代インドで使われた距離の単位。1由旬は7〜9マイルともいわれる。
#11 瓔珞=仏像の装飾に用いられるインドの装身具。
#12 昧爽=薄明のこと。
#13 まるめろ=バラ科の植物名。
#14 羅=薄物。薄く織った織物またはその織物で作った夏用の衣服。
#15 寂静印=仏教の絶対基準の1つ、「悟りの境地」のこと。
#16 硅砂=「硅」はシリカを指す。
#17 インドラ=帝釈天。インドのヴェーダ神話の神が仏教に取り入れられたもので、仏法を護る神。その宮殿の屋根には美しい網がかかる。

●外字について
(タン)大寺の「※」の字形は、



毘沙門天の宝庫




さっき泉で行きあった
黄の節糸(ふしいと)の手甲をかけた薬屋も
どこへ下りたかもう見えず
あたりは暗い青草と
麓(ふもと)の方はただ黒緑の松山ばかり
東は畳む幾重の山に
日がうっすりと射していて
谷には影もながれている
あの藍(あい)いろの窪(くぼ)みの底で
形ばかりの分教場を
菊井がやっているわけだ
そのま上には
巨(おお)きな白い雲の峯
ずいぶん幅も広くて
南は人首(ひとかべ)あたりから
北は田瀬や岩根橋にもまたがってそう
あれが毘沙門(びしゃもん)天王の
珠玉やほこや幢幡(どうばん)を納めた
巨きな一つの宝庫だと
トランスヒマラヤ高原の
住民たちが考える
もしあの雲が
旱(ひでり)のときに、
人の祈りでたちまち崩れ
いちめんの烈(はげ)しい雨にもならば
まったく天の宝庫でもあり
この丘群に祀(まつ)られる
巨きな像の数にもかない
天人互に相見るという
古いことばもまたもう一度
人にはたらき出すだろう
ところが積雲のそのものが
全部の雨に降るのでなくて
その崩れるということが
そらぜんたいに
液相のます兆候なのだ
大正十三年や十四年の
はげしい旱魃(かんばつ)のまっ最中も
いろいろの色や形で
雲はいくども盛りあがり
また何べんも崩れては
暗く野はらにひろがった
けれどもそこら下層の空気は
ひどく熱くて乾いていたので
透明な毘沙門天の珠玉は
みんな空気に溶けてしまった
鳥いっぴき啼(な)かず
しんしんとして青い山
左の胸もしんしん痛い
もうそろそろとあるいて行こう


雁(かり)の童子(どうじ)


 流沙(るさ)[#1]の南の、楊(やなぎ)で囲まれた小さな泉(いずみ)で、私は、いった麦粉(むぎこ)を水にといて、昼の食事(しょくじ)をしておりました。
 そのとき、一人の巡礼(じゅんれい)のおじいさんが、やっぱり食事のために、そこへやって来ました。私たちはだまって軽(かる)く礼をしました。
 けれども、半日まるっきり人にも出会(であ)わないそんな旅(たび)でしたから、私は食事がすんでも、すぐに泉とその年老(としと)った巡礼とから、別(わか)れてしまいたくはありませんでした。
 私はしばらくその老人(ろうじん)の、高い咽喉仏(のどぼとけ)のぎくぎく動(うご)くのを、見るともなしに見ていました。何か話し掛(か)けたいと思いましたが、どうもあんまり向(むこ)うが寂(しず)かなので、私は少しきゅうくつにも思いました。
 けれども、ふと私は泉のうしろに、小さな祠(ほこら)のあるのを見付(みつ)けました。それは大へん小さくて、地理学者や探険家(たんけんか)ならばちょっと標本(ひょうほん)に持(も)って行けそうなものではありましたがまだ全(まった)くあたらしく黄いろと赤のペンキさえ塗(ぬ)られていかにも異様(いよう)に思われ、その前には、粗末(そまつ)ながら一本の幡(はた)も立っていました。
 私は老人が、もう食事も終(おわ)りそうなのを見てたずねました。
失礼(しつれい)ですがあのお堂(どう)はどなたをおまつりしたのですか。」
 その老人も、たしかに何か、私に話しかけたくていたのです。だまって二、三度うなずきながら、そのたべものをのみ下して、低(ひく)く言いました。
「……童子のです。」
「童子ってどう云(い)う方ですか。」
「雁の童子と仰(お)っしゃるのは。」老人は食器(しょっき)をしまい、屈(かが)んで泉の水をすくい、きれいに口をそそいでからまた云いました。
「雁の童子と仰っしゃるのは、まるでこの頃(ごろ)あった昔(むかし)ばなしのようなのです。この地方にこのごろ降(お)りられました天童子(てんどうじ)だというのです。このお堂はこのごろ流沙の向う側(がわ)にも、あちこち建(た)っております。」
「天のこどもが、降りたのですか。罪(つみ)があって天から流(なが)されたのですか。」
「さあ、よくわかりませんが、よくこの辺(へん)でそう申します。多分そうでございましょう。」
「いかがでしょう、聞かせて下さいませんか。お急(いそ)ぎでさえなかったら。」
「いいえ、急ぎはいたしません。私の聴(き)いただけお話いたしましょう。
 沙車(さしゃ)[#2]に、須利耶圭(すりやけい)という人がございました。名門(めいもん)ではございましたそうですが、おちぶれて奥(おく)さまと二人、ご自分は昔からの写経(しゃきょう)をなさり、奥さまは機(はた)を織(お)って、しずかにくらしていられました。
 ある明方(あけがた)、須利耶さまが鉄砲(てっぽう)をもったご自分の従弟(いとこ)のかたとご一緒(いっしょ)に、野原を歩いていられました。地面(じめん)はごく麗(うる)わしい青い石で、空がぼうっと白く見え、雪もま近(ぢか)でございました。
 須利耶さまがお従弟さまに仰(お)っしゃるには、お前もさような慰(なぐさ)みの殺生(せっしょう)を、もういい加減(かげん)やめたらどうだと、斯(こ)うでございました。
 ところが従弟の方が、まるですげなく、やめられないと、ご返事(へんじ)です。
(お前はずいぶんむごいやつだ、お前の傷(いた)めたり殺(ころ)したりするものが、一体どんなものだかわかっているか、どんなものでもいのちは悲(かな)しいものなのだぞ。)と、須利耶さまは重(かさ)ねておさとしになりました。
(そうかもしれないよ。げれどもそうでないかもしれない。そうだとすればおれは一層(いっそう)おもしろいのだ、まあそんな下らない話はやめろ、そんなことは昔の坊主(ぼうず)どもの言うこった、見ろ、向うを雁が行くだろう、おれは仕止(しと)めて見せる。)と従弟のかたは鉄砲を構(かま)えて、走って見えなくなりました。
 須利耶さまは、その大きな黒い雁の列(れつ)を、じっと眺(なが)めて立たれました。
 そのとき俄(にわ)かに向うから、黒い尖(とが)った弾丸(だんがん)が昇(のぼ)って、まっ先きの雁の胸(むね)を射(い)ました。
 雁は二、三べん揺(ゆ)らぎました。見る見るからだに火が燃(も)え出し、世(よ)にも悲しく叫(さけ)びながら、落(お)ちて参(まい)ったのでございます。
 弾丸がまた昇って次(つぎ)の雁の胸をつらぬきました。それでもどの雁も、遁(に)げはいたしませんでした。
 却(かえ)って泣(な)き叫びながらも、落ちて来る雁に随(したが)いました。
 第三の弾丸が昇り、
 第四の弾丸がまた昇りました。
 六発の弾丸が六疋(ぴき)の雁を傷つけまして、一ばんしまいの小さな一疋だけが、傷つかずに残(のこ)っていたのでございます。燃え叫ぶ六疋は、悶(もだ)えながら空を沈(しず)み、しまいの一疋は泣いて随い、それでも雁の正しい列は、決(けっ)して乱(みだ)れはいたしません。
 そのとき須利耶さまの愕(おど)ろきには、いつか雁がみな空を飛(と)ぶ人の形に変(かわ)っておりました。
 赤い焔(ほのお)に包(つつ)まれて、歎(なげ)き叫んで手足をもだえ、落ちて参る五人、それからしまいに只(ただ)一人、完(まった)いものは可愛らしい天の子供(こども)でございました。
 そして須利耶さまは、たしかにその子供に見覚(みおぼ)えがございました。最初(さいしょ)のものは、もはや地面(じめん)に達(たっ)しまする。それは白い鬚(ひげ)の老人で、倒(たお)れて燃えながら、骨立(ほねだ)った両手(りょうて)を合(あわ)せ、須利耶さまを拝(おが)むようにして、切なく叫びますのには、
(須利耶さま、須利耶さま、おねがいでございます。どうか私の孫(まご)をお連(つ)れ下さいませ。)
 もちろん須利耶さまは、馳(は)せ寄(よ)って申されました。(いいとも、いいとも、確(たし)かにおれが引き取(と)ってやろう。しかし一体お前らは、どうしたのだ。)そのとき次々(つぎつぎ)に雁が地面に落ちて来て燃えました。大人もあれば美しい瓔珞(ようらく)をかけた女子(おなご)もございました。その女子はまっかな焔に燃えながら、手をあのおしまいの子にのばし、子供は泣(な)いてそのまわりをはせめぐったと申(もう)しまする。雁の老人が重ねて申しますには、
(私共は天の眷属(けんぞく)[#3]でございます。罪があってただいままで雁の形を受けておりました。只今報(むく)いを果(はた)しました。私共は天に帰ります。ただ私の一人の孫はまだ帰れません。これはあなたとは縁(えん)のあるものでございます。どうぞあなたの子にしてお育(そだ)てを願(ねが)います。おねがいでございます。)と欺うでございます。
 須利耶さまが申されました。
(いいとも。すっかり判(わか)った。引き受けた。安心(あんしん)してくれ。)
 すると老人は手を擦(こす)って地面に頭を垂(た)れたと思うと、もう燃えつきて、影(かげ)もかたちもございませんでした。須利耶さまも従弟さまも鉄砲をもったままぼんやりと立っていられましたそうでいったい二人いっしょに夢を見たのかとも思われましたそうですがあとで従弟さまの申されますにはその鉄砲はまだ熱(あつ)く弾丸は減(へ)っておりそのみんなのひざまずいた所(ところ)の草はたしかに倒(たお)れておったそうでございます。
 そしてもちろんそこにはその童子が立っていられましたのです。須利耶さまはわれにかえって童子に向って云われました。
(お前は今日(きょう)からおれの子供だ。もう泣かないでいい。お前の前のお母(かあ)さんや兄さんたちは、立派(りっぱ)な国に昇(のぼ)って行かれた。さあおいで。)
 須利耶さまはごじぶんのうちへ戻(もど)られました。途中(とちゅう)の野原は青い石でしんとして子供は泣きながら随(つ)いて参りました。
 須利耶さまは奥(おく)さまとご相談で、何と名前をつけようか、三、四日お考えでございましたが、そのうち、話はもう沙車全体にひろがり、みんなは子供を雁の童子と呼(よ)びましたので、須利耶さまも仕方なくそう呼んでおいででございました。」
 老人はちょっと息(いき)を切(き)りました。私は足もとの小さな苔(こけ)を見ながら、この怪(あや)しい空から落ちて赤い焔につつまれ、かなしく燃えて行く人たちの姿(すがた)を、はっきりと思い浮(うか)べました。老人はしばらく私を見ていましたが、また語りつづけました。
「沙車の春の終りには、野原いちめん楊の花が光って飛びます。遠くの氷(こおり)の山からは、白い何とも云えず瞳(ひとみ)を痛(いた)くするような光が、日光の中を這(は)ってまいります。それから果樹(かじゅ)がちらちらゆすれ、ひばりはそらですきとおった波をたてまする。童子は早くも六つになられました。春のある夕方のこと、須利耶さまは雁から来たお子さまをつれて、町を通って参られました。葡萄(ぶどう)いろの重(おも)い雲の下を、影法師(かげぼうし)の蝙蝠(こうもり)がひらひらと飛んで過(す)ぎました。
 子供らが長い棒(ぼう)に紐(ひも)をつけて、それを追いました。
(雁の童子だ。雁の童子だ。)
 子供らは棒を棄(す)て手をつなぎ合って大きな環(わ)になり須利耶さま親子を囲(かこ)みました。
 須利耶さまは笑っておいででございました。
 子供らは声を揃(そろ)えていつものようにはやしまする。
  (雁の子、雁の子雁童子、
  空から須利耶におりて来た。)と斯うでございます。けれども一人の子供が冗談(じょうだん)に申しまするには、
  (雁のすてご、雁のすてご、
  春になってもまだ居(い)るか。)
 みんなはどっと笑いましてそれからどう云うわけか小さな石が一つ飛んで来て童子の頬(ほお)を打ちました。須利耶さまは童子をかばってみんなに申されますのには、
 おまえたちは何をするんだ、この子供は何か悪(わる)いことをしたか、冗談にも石を投(な)げるなんていけないぞ。
 子供らが叫んでばらばら走って来て童子に詫(わ)びたり慰めたりいたしました。或(あ)る子は前掛(まえか)けの衣嚢(かくし)から干(ほ)した無花果(いちじく)を出して遣(や)ろうといたしました。
 童子は初(はじ)めからお了(しま)いまでにこにこ笑(わら)っておられました。須利耶さまもお笑いになりみんなを赦(ゆる)して童子を連れて其処(そこ)をはなれなさいました。
 そして浅黄(あさぎ)の瑪瑙(めのう)の、しずかな夕もやの中でいわれました。
(よくお前はさっき泣かなかったな。)その時童子はお父さまにすがりながら、
(お父さんわたしの前のおじいさんはね、からだに弾丸(たま)を七つ持っていたよ。)と斯う申されたと伝えます。」
 巡礼の老人は私の顔を見ました。
 私もじっと老人のうるんだ眼を見あげておりました。老人はまた語りつづけました。
「また或る晩(ばん)のこと童子は寝付(ねつ)けないでいつまでも床(とこ)の上でもがきなさいました。(おっかさんねむられないよう。)と仰っしゃりまする、須利耶の奥さまは立って行って静かに頭を撫(な)でておやりなさいました。童子さまの脳(のう)はもうすっかり疲(つか)れて、白い網(あみ)のようになって、ぶるぶるゆれ、その中に赤い大きな三日月(みかづき)が浮かんだり、そのへん一杯(いっぱい)にぜんまいの芽(め)のようなものが見えたり、また四角な変に柔(やわ)らかな白いものが、だんだん拡(ひろ)がって恐ろしい大きな箱になったりするのでございました。母さまはその額(ひたい)が余り熱いといって心配(しんぱい)なさいました。須利耶さまは写(うつ)しかけの経文(きょうもん)に、掌(て)を合せて立ちあがられ、それから童子さまを立たせて、紅革(べにがわ)の帯を結(むす)んでやり表へ連れてお出になりました。駅(えき)のどの家ももう戸を閉(し)めてしまって、一面(いちめん)の星の下に、棟々(むねむね)が黒く列(なら)びました。その時童子はふと水の流れる音を聞かれました。そしてしばらく考えてから、
(お父さん、水は夜でも流れるのですか。)とお尋(たず)ねです。須利耶さまは沙漠の向うから昇って来た大きな青い星を眺めながらお答えなされます。
(水は夜でも流れるよ。水は夜でも昼でも、平(たい)らな所でさえなかったら、いつまでもいつまでも流れるのだ。)
 童子の脳は急(きゅう)にすっかり静(しず)まって、そして今度は早く母さまの処にお帰りなりとうなりまする。
(お父さん。もう帰ろうよ。)と申されながら須利耶さまの袂(たもと)を引っ張(ぱ)りなさいます。お二人は家に入り、母さまが迎(むか)えなされて戸の環を嵌(は)めておられますうちに、童子はいつかご自分の床に登って、着換えもせずにぐっすり眠ってしまわれました。
 また次のようなことも申します。
 ある日須利耶さまは童子と食卓(しょくたく)にお座(すわ)りなさいました。食品の中に、蜜(みつ)で煮(に)た二つの鮒(ふな)がございました。須利耶の奥さまは、一つを須利耶さまの前に置かれ、一つを童子にお与(あた)えなされました。
喰(た)べたくないよおっかさん。)童子が申されました。(おいしいのだよ。どれ、箸(はし)をお貸(か)し。)
 須利耶の奥さまは童子の箸をとって、魚を小さく砕(くだ)きながら、(さあおあがり、おいしいよ。)と勧(すす)められます。童子は母さまの魚を砕く間、じっとその横顔を見ていられましたが、俄かに胸が変な工合(ぐあい)に迫(せま)ってきて気の毒(どく)なような悲しいような何とも堪(たま)らなくなりました。くるっと立って鉄砲玉(てっぽうだま)のように外へ走って出られました。そしてまっ白な雲の一杯に充(み)ちた空に向って、大きな声で泣き出しました。まあどうしたのでしょう、と須利耶の奥さまが愕ろかれます。どうしたのだろう行ってみろ、と須利耶さまも気づかわれます。そこで須利耶の奥さまは戸口にお立ちになりましたら童子はもう泣きやんで笑っていられましたとそんなことも申し伝(つた)えます。
 またある時、須利耶さまは童子をつれて、馬市(うまいち)の中を通られましたら、一疋の仔馬(こうま)が乳(ちち)を呑(の)んでおったと申します。黒い粗布(あらぬの)を着た馬商人(うましょうにん)が来て、仔馬を引きはなしもう一疋の仔馬に結びつけ、そして黙(だま)ってそれを引いて行こうと致(いた)しまする。母親の馬はびっくりして高く鳴きました。なれども仔馬はぐんぐん連れて行かれまする。向うの角(かど)を曲(まが)ろうとして、仔馬は急(いそ)いで後肢(あとあし)を一方あげて、腹(はら)の蝿(はえ)を叩(たた)きました。
 童子は母馬の茶いろな瞳を、ちらっと横眼(よこめ)で見られましたが、俄かに須利耶さまにすがりついて泣き出されました。けれども須利耶さまはお叱(しか)りなさいませんでした。ご自分の袖(そで)で童子の頭をつつむようにして、馬市を通りすぎてから河岸(かわぎし)の青い草の上に童子を座(すわ)らせて杏(あんず)の実(み)を出しておやりになりながら、しずかにおたずねなさいました。
(お前はさっきどうして泣いたの。)
(だってお父さん。みんなが仔馬をむりに連れて行くんだもの。)
(馬は仕方(しかた)ない。もう大きくなったからこれから独(ひと)りで働(はた)らくんだ。)
(あの馬はまだ乳を呑んでいたよ。)
(それはそばに置いてはいつまでも甘(あま)えるから仕方ない。)
(だってお父さん。みんながあのお母さんの馬にも子供の馬にもあとで荷物を一杯つけてひどい山を連れて行くんだ。それから食べ物がなくなると殺(ころ)して食べてしまうんだろう。)
 須利耶さまは何気(なにげ)ないふうで、そんな成人(おとな)のようなことを云うもんじゃないとは仰っしゃいましたが、本統(ほんとう)は少しその天の子供が恐(おそ)ろしくもお思いでしたと、まあそう申し伝えます。
 須利耶さまは童子を十二のとき、少し離(はな)れた首都(しゅと)のある外道(げどう)[#4]塾(じゅく)にお入れなさいました。
 童子の母さまは、一生けん命機を織って、塾料(じゅくりょう)や小遣(こづか)いやらを拵(こし)らえてお送りなさいました。
 冬が近くて、天山[#5]はもうまっ白になり、桑(くわ)の葉(は)が黄いろに枯(か)れてカサカサ落ちました頃(ころ)、ある日のこと、童子が俄かに帰っておいでです。母さまが窓(まど)から目敏(めざと)く見付けて出て行かれました。
 須利耶さまは知らないふりで写経を続けておいてです。
(まあお前は今ごろどうしたのです。)
(私、もうお母さんと一緒(いっしょ)に働(はた)らこうと思います。勉強(べんきょう)している暇(ひま)はないんです。)
 母さまは、須利耶さまのほうに気兼(きが)ねしながら申されました。
(お前はまたそんなおとなのようなことを云って、仕方(しかた)ないではありませんか。早く帰って勉強して、立派になって、みんなの為(ため)にならないとなりません。)
(だっておっかさん。おっかさんの手はそんなにガサガサしているのでしょう。それだのに私の手はこんななんでしょう。)
(そんなことをお前が云わなくてもいいのです。誰(だれ)でも年を老(と)れば手は荒(あ)れます。そんなことより、早く帰って勉強をなさい。お前の立派になることばかり私には楽(たのし)みなんだから。お父さんがお聞きになると叱られますよ。ね。さあ、おいで。)と斯う申されます。
 童子はしょんぼり庭から出られました。それでも、また立ち停(どま)ってしまわれましたので、母さまも出て行かれてもっと向うまでお連れになりました。そこは沼地(ぬまち)でございました。母さまは戻(もど)ろうとしてまた(さあ、おいで早く。)と仰っしゃったのでしたが童子はやっぱり停(と)まったまま、家の方をぼんやり見ておられますので、母さまも仕方なくまた振(ふ)り返(かえ)って、蘆(あし)を一本抜(ぬ)いて小さな笛(ふえ)をつくり、それをお持たせになりました。
 童子はやっと歩き出されました。そして、遥(はる)かに冷(つめ)たい縞(しま)をつくる雲のこちらに、蘆がそよいで、やがて童子の姿が、小さく小さくなってしまわれました。俄かに空を羽音がして、雁の一列が通りました時、須利耶さまは窓からそれを見て、思わずどきっとなされました。
 そうして冬に入りましたのでございます。その厳(きび)しい冬が過ぎますと、まず楊の芽(め)が温和(おとな)しく光り、沙漠には砂糖水(さとうみず)のような陽炎(かげろう)が徘徊(はいかい)いたしまする。杏やすももの白い花が咲(さ)き、次(つい)では木立(こだち)も草地もまっ青(さお)になり、もはや玉髄(ぎょくずい)の雲の峯(みね)が、四方の空を繞(めぐ)る頃(ころ)となりました。
 ちょうどそのころ沙車の町はずれの砂(すな)の中から、古い沙車大寺のあとが掘(ほ)り出されたとのことでございました。一つの壁(かべ)がまだそのままで見附けられ、そこには三人の天童子が描(えが)かれ、ことにその一人はまるで生きたようだとみんなが評判(ひょうばん)しましたそうです。或るよく晴れた日、須利耶さまは都に出られ、童子の師匠(ししょう)を訪ねて色々礼(れい)を述(の)べ、また三巻(みまき)の粗布を贈り、それから半日、童子を連れて歩きたいと申されました。
 お二人は雑沓(ざっとう)の通りを過ぎて行かれました。
 須利耶さまが歩きながら、何気(なにげ)なく云われますには、
(どうだ、今日の空の碧(あお)いことは、お前がたの年は、丁度(ちょうど)今あのそらへ飛びあがろうとして羽をばたばた云わせているようなものだ。)
 童子が大へんに沈(しず)んで答えられました。
(お父さん。私はお父さんとはなれてどこへも行きたくありません。)
 須利耶さまはお笑いになりました。
勿論(もちろん)だ。この人の大きな旅(たび)では、自分だけひとり遠い光の空へ飛び去(さ)ることはいけないのだ。)
(いいえ、お父さん。私はどこへも行きたくありません。そして誰もどこへも行かないでいいのでしょうか。)とこう云う不思議(ふしぎ)なお尋ねでございます。
(誰もどこへも行かないでいいかってどう云うことだ。)
(誰もね、ひとりで離(はな)れてどこへも行かないでいいのでしょうか。)
(うん。それは行かないでいいだろう。)と須利耶さまは何の気もなくぼんやりと斯うお答えでした。
 そしてお二人は町の広場を通り抜けて、だんだん郊外(こうがい)に来られました。沙(すな)がずうっとひろがっておりました。その砂(すな)が一ところ深(ふか)く掘られて、沢山(たくさん)の人がその中に立ってございました。お二人も下りて行かれたのです。そこに古い一つの壁がありました。色はあせてはいましたが、三人の天の童子たちがかいてございました。須利耶さまは思わずどきっとなりました。何か大きい重(おも)いものが、遠くの空からばったりかぶさったように思われましたのです。それでも何気なく申されますには、
(なるほど立派なもんだ。あまりよく出来てなんだか恐(こわ)いようだ。この天童(てんどう)はどこかお前に肖(に)ているよ。)
 須利耶さまは童子をふりかえりました。そしたら童子はなんだかわらったまま、倒れかかっていられました。須利耶さまは愕ろいて急いで抱(だ)き留(と)められました。童子はお父さんの腕の中で夢(ゆめ)のようにつぶやかれました。
(おじいさんがお迎(むか)いをよこしたのです。)
 須利耶さまは急いで叫ばれました。
(お前どうしたのだ。どこへも行ってはいけないよ。)
 童子が微(かす)かに云われました。
(お父さん。お許(ゆる)し下さい。私はあなたの子です。この壁は前にお父さんが書いたのです。そのとき私は王の……だったのですがこの絵ができてから王さまは殺されわたくしどもはいっしょに出家(しゅっけ)したのでしたが敵王(てきおう)がきて寺を焼(や)くとき二日ほど俗服(ぞくふく)を着てかくれているうちわたくしは恋人(こいびと)があってこのまま出家にかえるのをやめようかと思ったのです。)
 人々が集(あつま)って口々に叫びました。
(雁の童子だ。雁の童子だ。)
 童子はも一度、少し唇(くちびる)をうごかして、何かつぶやいたようでございましたが、須利耶さまはもうそれをお聞きとりなさらなかったと申します。
 私の知っておりますのはただこれだけでございます。」
 老人はもう行かなければならないようでした。私はほんとうに名残(なご)り惜(お)しく思い、まっすぐに立って合掌(がっしょう)して申しました。
尊(とうと)いお物語(ものがたり)をありがとうございました。まことにお互(たが)い、ちょっと沙漠のへりの泉で、お眼にかかって、ただ一時を、一緒(いっしょ)に過ごしただけではございますが、これもかりそめのことではないと存(ぞん)じます。ほんの通りがかりの二人の旅人(たびびと)とは見えますが、実はお互がどんなものかもよくわからないのでございます。いずれはもろともに、善逝(スガタ)[#6]示(しめ)された光の道を進み、かの無上菩提(むじょうぼだい)[#7]至(いた)ることでございます。それではお別れいたします。さようなら。」
 老人は、黙って礼を返しました。何か云いたいようでしたが黙って俄かに向うを向き、今まで私の来た方の荒地(あれち)にとぼとぼ歩き出しました。私もまた、丁度(ちょうど)その反対の方の、さびしい石原を合掌したまま進みました。
●入力者注
#1 流沙=中国のタクラマカン砂漠を指す。
#2 沙車=タクラマカン砂漠にあった古代の都市。
#3 眷属=一族の意味。
#4 外道=他教の信者の意味。仏教徒が他教の信者を指す際に使う。
#5 天山=中国・キルギスタンの国境近くにある山脈を指す。
#6 善逝=梵語で、悟りに到達した者の意味。
#7 無上菩提=無上はこの上ない、菩提は悟りのこと。

■入力データ
葱嶺(パミール)先生の散歩
底本:ちくま文庫版『宮沢賢治全集2』(筑摩書房 1995年7月25日第8刷)
(底本の旧かなづかいを現代かなづかいに変更した。)
●マグノリアの木
底本:角川文庫版『風の又三郎』(角川書店、平成8年6月25日発行改訂新版)
(同一の語句のルビは初出のみにふった。)
●晴天恣意
底本:角川文庫版『宮沢賢治詩集』(角川書店 平成9年5月25日改版5版)
●インドラの網
底本:角川文庫版『インドラの網』(角川書店、平成8年6月20日再版)
(同一の語句のルビは初出のみにふった。)
●毘沙門天の宝庫
底本:角川文庫版『宮沢賢治詩集』(角川書店 平成9年5月25日改版5版)
●雁の童子
底本:角川文庫版『インドラの網』(角川書店、平成8年6月20日再版)
(同一の語句のルビは初出のみにふった。)

青空文庫アンソロジー―2
宮沢賢治の西域幻想
テキスト入力・校正、アンソロジー編集:浜野 智
ちへいせん公開:1999年8月

ちへいせん目次へ