[PR]ベビー用品はたまひよ♪:子育てが楽しくなる便利アイテムいっぱい


[目次]
素木しづ「青白き夢」
葉山嘉樹「氷雨」
北條民雄「眼帯記」
三島霜川「青い顏」
水野仙子「響」
渡辺温「嘘」


■解説
 この小さなアンソロジーには、「一般的には無名に近いが、一度読めば忘れがたい印象を残す」と思われる作品を青空文庫から選んでまとめた。ただし、小説の印象などは所詮個々別々のもので、選者が変われば、選ばれる作品もまた変わるだろう。(2000年7月 浜野 智)

■表記について
●二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)は「/\」「/″\」で代用した。
●JIS外字は「※」で代用し、巻末のグラフィックにリンクを張って、字形を示した。

青白き夢

素木しづ




 この夜も、明けるのだと思った。
 お葉は目を明けたまゝ、底深い海底でもきはめるやうに、灰色の天井を身ゆるぎもせず、見つめたまゝ、
『お母さん!』低く呼んだ。
 淡黄色い、八燭の電気の光りのなかに、母親は重苦しくひそやかに動いて、ベッドのそばに手をかけた。
『苦しいのかい。水が呑みたい?』
 お葉は、なほ天井を見つめたまゝ、何といってよいか、只悲しかった。
 お母さんは、なんでも知ってゝ呉れる。私に解らない心をも、お母さんは知ってて呉れる。わたしは、只お母さんの声が聞きたかったのだ。動くのが見たかったのだ。
 お葉は、なほ黙って居る。
『お前、足が痛むのかい。』
『いゝえ。』彼女は、はっきりと答へた。
『お母さん、今日も夜があけるのでせうね。』
『あゝ、もうぢき明けるだらうから、なるべく気を安めて眠った方がいゝよ。』
 彼女は、その言葉を聞きながら、気力なさゝうに目蓋(まぶた)を閉ぢた。もう、何も考へる事は出来ない。この夜も明けるんだと思へば、彼女の心に思ふ事も、見ることもいらない。
 母親は、娘の目蓋の静かに閉ぢるのを見た。そして疲れて眠りに捕はれたのだらうと、そっと身を引いて、布団の上に坐った。
 そして、枕を引きよせながら、自分の心を強ひて盲目(めくら)にしようと、くぼんだ眼を閉ぢて、うとうと[#「うとうと」に傍点]となって行った。
 お葉は、またいつか目を閉ぢたまゝ、気力なく青白く疲れた心のうちに、只、この夜もあけるんだと思ひつゞけた。そして、そのまゝにこの夜もあけるんだと思ひつゞけた心のなかに引き入れられて、茫と意識を失ひかける。
 やがて、彼女はいつか目を見開いて、天井を見てゐた。いつ目蓋が開いたのか、自分にもわからない。只、ぢっと見てゐる。そして、物悲しい心のうちに、
『お母さん!』と呼んだ。
 しかし、その声は彼女の唇をもれなかったので、彼女の両の瞳(ひとみ)の周囲には矢張り淡黄な光りが一ぱいにたゞよって、その静寂は一つも動かなかった。そして母親の身動きだに、彼女の頭に感じられない。お葉の心には、遣瀬ない波動が起った。そして、『お母さん!』と再び呼んだ。彼女のぢっとなほ天井を見つめてゐる二つの瞳は、自分の乾いた唇が、微かにふるへたのを見た。
 そして室内の空気が静かに、けれども大きく動いたのを見た。お葉は安心した。
 母親が、またひそかに起き出て来る気配がする。やがて母親の手が、また静かにベッドの毛布にふれた。[#底本では行頭一文字下げていない、34-3]
 お葉は、また何を言ひ出すのやら解らない、母親が、只動いたといふだけで、彼女の心は自分におそひ掛らうとする魔を払ひのけたやうな気がした。そしてこれから聞いて見ようとするのは、この夜もいつもの様に明けるんだらうといふ事だけであった。
『お前、さう目が覚めちゃいけないねえ。』
 母親は、静かにわが子の青白い頬から解けかゝった頸のあたりにふるへてる毛条(けすぢ)を見ながら言った。併し、それは反って自分の心に向って、あまりに多い煩悩の心を押へるやうに考へられた。お葉は黙したまゝ、衿元まで掛けられてあった毛布を静かに胸の下へ押しやった。
 お葉の眼には淡い幕がかゝったやうに、すべての物がはっきりと見えない。睫毛(まつげ)は乾いて涙の露も宿ってないのだけれども、すべての物が茫とうるんで見える。
 母親はそっとベッドの前を通りぬけた。そしてドアを押して廊下に出た。足音がバタバタと遠ざかって聞える。
 彼女は、目の前に黒い影をチラと見たまゝ、又瞳は自然に閉ぢられて行った。そしてまた彼女の弾力のない瞳が細く開かれた時、また黒い影がチラとベッドの前を通った。けれども呼び止めようとは思はなかった。
 母親は、うす暗い廊下を、自分の草履の音にせき立てられて便所(はばかり)に行ったが、月の光が彼女の心をかきむしるやうに、窓の外にさえて居た。そして親子の本能の愛が、彼女を土の中にうづめなければならないやうに思った。
 母親は、小走に帰って来たが、静かにドアをあけ、はゞかるやうにお葉の方を見ながら、ベッドの前を通りぬけて、夜具のなかに顔をうづめた。
 お葉は、また目を開いた。時は一刻も動かないやうに見えた。そして同じ夜であると思った時、彼女の瞳はさぐるやうな不安に動いて、また母親を呼んだ。いま彼女の心には、母より以外にすがる神はなかった。母親は、また起き上った。そして、もはや何事も言はずに、彼女の毛布にかくれた足の方をぢっと見入った。
 かくて、お葉はこの一夜(ひとよ)の中を、うゑた人のやうに疲れと絶望とに力なく瞳をとぢては、又いつか重い瞼(まぶた)を上げて空を仰ぎ、死の恐怖に堪へられなかったのである。[#底本では行頭一文字下げていない、35-13]
 やがて、夜はあけた。世のあらゆるすべての静寂が、この花一つにふくまれて咲くやうな月見草のはなのやうに夜はあけはなれた。ほの白い夜あけの空気が、病室のなかに立ちこめる。
『あゝゝ、夜があけた。』
 お葉は、初めて意識がはっきりして来た時、絶望の後の力なさであった。もはや、時が進むといふのは、どうする事も出来ない力である。時の行くまゝに人は行かねばならない。彼女は、もはや何の為めに今日自分自身の片足を切断しなければならないのか?といふ事は思ふ事が出来ない。これも通過しなければならない時の道であるのだ。
 お葉は、水の一滴牛乳の一つも林檎の一切(ひときれ)も口に入れなかった。そして改めて、空を見、窓を見、壁を見、天井を見て、自分の明らかに開いた二つの目を悲しく思った。そして思はずも動いた母の瞳と合った時は、
『お母さん、今日、今日、』と思はず叫んだ。
『お母さん今日になった。』
 しかし、母親はどうする事も出来ない。そして、皺のよった手を重ねて、うつむきながら子供を持った苦労を思ひ、若いお葉の身の上をかなしんだ。
 お葉は静かに晴れた幸福な窓の外を見た。そしてるうちに前から考へてた事をまたふと考へて、恐ろしさにをのゝいた。
 あゝ、眼が覚めて、魔薬がさめて、片足がなかったら――、それは、あたり前のことなのだ。しかしその当然来るべき事がどんなに恐ろしいことだか、その約束されてる事がどんなに悲しいことだか、片足がなかったら、片足がなかったら、そんな事は想像出来ぬ。
 実際、そんな事が一時間と思ひつゞけて居られるだらうか!彼女は来るべき運命の残忍さに戦(をのの)きつゝも、またその瞬間に於いて、美しい空と、赤く咲き誇った窓際の花とを無心に眺めることが出来た。
 そして、すべての時にお葉の心のなかには空想が働いて居た。お伽ばなしで読んだ事、小説で見たこと、そんなことが入れかはり立ちかはり、速かに画面を、彼女の小さな心のうちにひろげてゐる。――手術室に自分は魔薬にかけられた時、魔女がひそかにしのび込んで来て、自分の姿を鹿の形に変じた。鹿になった自分は窓から中庭にのがれて、アカシヤの木陰をかけぬけ、古い井戸の側に行って、釣瓶(つるべ)から滴る水が身体の上に落ちると、自分はいつか美(うるは)しい女になって歩いてゐる。自由に、自分に身体といふものがないかのやうに、自由に楽しく歩いてゐる――いつか、どこかに恋人があった。お葉は片輪になったので、もう遊んでやるわけには行かないと言った。お葉は足がないので立ち上るわけにも行かず、床の上にねたまんま、毎日々々どうかして死なうと思ってないてゐた。親も兄弟もみんなお葉をすてた。お葉の寝てゐる所は、どこか真暗な牢屋(らうや)のやうな所で、高い所に、小さな小さな窓が、一つしかなかった。そしてその窓からは、白い光線が少し入るばかりであった。
 それ等の畫面は、次から次へと、彼女の運命の前に戦慄(をのの)いてゐる、小さな心のどこかへひそやかに入って居た。遠い昔のやうな思ひが、ずん/\目の前におしよせて来たり、また、今現在の事実が遠い古への空想のやうに遠ざかって行ったりした。事実どれが自分の悲しむべき運命にあるのだか、さしせまった恐るべき運命にぶつかっても、心は決して事実と一致しない。常に事実と心とは、淡絹を隔てゝ遂に人間が人間と一致しないごとくに、永久に一つになることはなからう。
 心は事実を否定する。事実は心を否定するのだ。
 太陽は輝かしく空に高い。青空は限りなくすべての上にひろげられた。お葉の肉体は遂に事実にぶつからねばならない、時は流れた。そして午後の物々しいひそかな空気は、ひるがへる白衣の人の裳(もすそ)から廊下にみち、扉のかげから、病室のベッドの下にもはひよった。そして壁をへだてた看護婦室に物悲しい時計の音が一つ鳴った。
『あゝ一時!』お葉は毛布の上に手を投げ出して、あわてたやうに言った。
 母親は、白い浴衣(ゆかた)を出さうと戸棚の戸をあけた。
 そして料理される魚が清水(しみず)で洗はれるやうに、お葉は清らかな浴衣に着かへて、手術台上の人とならねばならなかった。しかし心には永遠に事実はない。心は夢である。お葉は輸送車の廊下を走る音に、青白い手と胸をふるはせながら、なほ夢を見てゐた。夢のなかの事実を思ってゐた。やがてあわたゞしく、扉(ドア)はあけられた、そして病室のなかに輸送車は入れられた。
 お葉は抱かれて輸送車にのせられた。
『あ、お母さん。いま、いま!』
 輸送車は病室を出た。そして二人の看護婦は、あわたゞしく長い廊下を輸送車をひきながらかけて行った。何故運命の前に、こんなにあわたゞしいのだらう。彼女は実際運命の前に運ばれて行った。あわたゞしく、小さい彼女の肉体は運ばれて行ったのだ。
『あゝ、いま、いま!』
 母親は扉にすがって立った。そして、輸送車が廊下の角を曲らうとした時、遠くにお葉の黒い瞳を見た。その眼は、母親の悲しく追ひすがった眼と合はなかった。只、茫然と宙に迷っている黒いかなしい瞳なので、バタ/\と二三間廊下を無意識に歩いて見たが、もはや輸送車はかくれて、お葉の姿は見えなかった。
 母親は、淋しい病室のなかにふら/\と入って行って、白い敷布の上に充血した赤い目を閉ぢて、暗い涙をおとした、お葉は居ない。
 母親はまた、あわたゞしく廊下を行きつもどりつして、運命の前に泣き叫ぶ我子の声を聞かうとした。しかし、あたりは静まりかへって物音一つしない。
 かたく閉ぢられた硝子の戸が開かれて、黒い石で畳まれた暗い廊下に入った。お葉は心の中に起るさま/″\な幻影を一つにして、静まり返らうと目を閉ぢた。が、しかし目を閉ぢれば閉ぢる程、心のなかに深い波だちが起って、彼女の肉体はたえまなく小さく慄へてゐた。やがて、あまりに明るい秋の日が、あたりのギャマンの窓にてりつけてゐる部屋に、彼女の輸送車は引き込まれた。そこには、いくらかの看護婦と、二人の顔と胸に繃帯をまきつけた少年が椅子にかけて居た。そして水あさぎの日光が、部屋一ぱいに流れてゐた。お葉はあをむけに窓から高い大きな松の木を見上げた。そしてその松の梢の空はヱメラルドのやうに美(うるは)しかった。枕元に手をやって茫然と側にたゝずんで居た看護婦が、どこを見てゐたのか、
『あの松はね』と話しかけた。
 お葉は静かにうなづいたが、忽ち不安になった。
『あの、手術は!』
『まだ、先の人がすまないから。』
 彼女は、ふとおどろいた。いま恐ろしいことが行はれつゝある。その人の恐ろしさは、他の人の空を見てる一瞬にもあったのだ。
『それ、その窓際に松があるでせう。』
 看護婦はいつか立ち上がった。そしてお葉の髪の毛を静かに撫で乍らまた言った。
『あれはね、宗五郎松って、佐倉宗五郎が、磔刑(はりつけ)になった松なんですよ。』
 彼女は、ふと松を見た。そしてそんな恐ろしい事実のある松も、この美(うるは)しい日に美(うるは)しい空の光にそびえてる事を思って、美しい日であるといふ不安に、心が淋しくおちつかなかった。
『まだ。』お葉の心は少し落ちついた。
『えゝもうぢき、あの杉浦さんは入歯を入れて居りませんか、入歯があったらみんな取って置かないとこまりますから。』
『いゝえ。』と彼女は、悲しさうに看護婦の顔を見ながら、『なぜ、』と問ひかへした。
『それはね、魔薬をかけたあとで入歯が咽喉(いんこう)に入ると危いから――。』
 看護婦は深くは言はず、なだめるやうに答へた。
『それから指環は。』彼女が一寸(ちょいと)手を動かした時、指環が目についたので、お葉は少しもゆるがせにしては不可ないといふやうに、また看護婦の顔を見た。
『さうね、おまちなさい。取った方がいゝでせうね。』
 真白な小さいそれ自身が花であるやうな美しい彼女の手の紅指(べにゆび)にルビーの指環(ゆびわ)は、あまりに幸福に輝いてゐた。青い空を背景に、彼女はあを向けに手を胸の上に上げて、幸福に輝く指環をぬいた。そして看護婦に渡した。お葉は、その指環をぬくに何の悲しみも持ってない。何の思ひ出も払ってない。それが恋人によってはめられた特殊なハートのこめたものではないから。
 そのまゝまだ胸の上に置かれた淋しい手の指に、うすい指環のあとがついてゐた。お葉はそれを無心にみつめて居た。
 やがて、おもたい戸の開く音がして、暗い廊下の彼方に蒼白く淋しい窓が見えた。そしてがら/\と車の音がして、死人のやうにすっかり顔の筋肉に力のない男が運ばれて行った。
『恐ろしい。』お葉のすべての五官は、出来る丈け小さくならうとつとめて、木の葉のやうに戦慄した。
『あゝ恐ろしい。』彼女は、それより以外になに物もなかった。そして下に掛けられたキャラコの白い布を引っ張って、生え際の所までかけた。その上に秋の日は動いて、白く光った。お葉の輸送車はうごき出した。
 ガタリと音がした時、彼女は氷のやうにつめたい空気にふれて驚いて眼をひらいた。
 周囲は真暗だ。なに物も見えない。彼女は、恐れてすぐ眼を閉ぢた。
 やがて、またガタリと音がして、彼女は低い所におち入ったやうな気がした。そして暖かい蒸すやうな空気が彼女の身をつゝんだ。
 そして、キャラコの布ごしに、すべてが淡紅色にはてなく見えた。彼女は恐ろしい。いそいで眼を掩ふ布を取らうとしたが、彼女の手が動かない。どこか遠くから、ゾロゾロと人の来る気配がする。彼女の手は漸くふるへて動いた。お葉の周囲は拡がった。そして驚く程明るく美しかった。天井は円く高くギャマンで張りつめられ、七色(しちしょく)に日光が輝いてゐる。そして置かれたすべての器物は、銀色(ぎんしょく)に冷たく光ってゐるのだ。この美(うるは)しい限りない恐ろしさ、彼女は暫くも見る事は出来なかった。逃れたやうな瞳を哀願的に左にめぐらした時、遠く見える部屋の彼方から白衣、白帽の医師たちがいかめしく歩いて来てゐる所だった。と、いつの間にやら、静かによって来た看護婦が、ガーゼの布をたゝんで、お葉の目の上に置いた。
 お葉は、もうどうする事も出来ぬ、改めて不意打でもされるものゝやうに、医師(あのひと)たちがよって来たなら、どんな事をされるか解らない。殺されるんだと考へたけれども自分の身体は少しも動かない。心ばかりが、本当にポプラの葉のやうにふるへる。そして何処(どこ)からともなく、金属のふれ合ふやうな響を感じて彼女は、たえずおびえた。白い、そして軽いやはらかなガーゼが、霧のやうに上から二つの瞳をおさへつけてどうしても彼女の瞳をひらかせない。周囲の人の話し声が音となって彼女の耳に入る。お葉の心は静かに茫然(ぼんやり)となりかけた。その様な状態に彼女をある時間置いといたならば、お葉は自分自身の身体を一人で魔睡にかけてしまったかもしれない。
 誰か、お葉の枕の方に来た。そして何か鼻のあたりに置かれたと思った時に、はっきりと声がきこえた。
『魔薬ですから、静かにしてらっしゃい。』
 急に、変な香がした。そして静かにしようとあせればあせる程、息がせはしく苦しくなって行く。そして何か知らないものが、ゴクン/\と咽喉(のど)の中に入って行った。
 そして、それがだん/\つかみ所のない苦しさにかはって行く。そして遠く隔った所に堪へられない痛さが起る。実際それは堪へられない苦しさと痛さだけれども、つかみ所がないのだ。自分の肉体の何処に起ってるのだか、手が、足が、頭が、胴が、目が、耳がどこにあるのやら解らぬ。そして、それが入り乱れて円い玉のやうなものになって行くと、周囲は真暗だ。
 そして、それが丁度夜汽車のやうな機関の音が、真暗ななかにして、どん/\どん/\お葉の身体は運ばれて行った。けれども苦しいことは依然として苦しい。そしてその苦しさと速さが絶頂に達したと思ふ時に、ぼっと周囲はとび色の明るさになって、広い/\野原であった。彼女の身体は、その中に十重(とへ)、二十重(はたへ)にしばられて、恐るべき速力で何千里と飛んだけれども、その行く先はわからなくなった。すべてが無になった。お葉の意識はすっかり魔睡してしまった。彼女は何事もしらなかった。
 カラ、カラ、カラ……どこからか輸送車の音がかすかにする。お葉は、それを知ってたが、自分はどこに居るのだか、何をしてるのだかもわからない。カラ、カラ、カラだん/\その音が近づいて来た時、漸く自分は輸送車にのって廊下を歩いてるんで、その音は自分の車の音だとわかった。けれども何物も見えない。彼女の瞳はにかは[#「にかは」に傍点]でつけられたやうに開く事が出来なかった。
 それから、彼女はそっと抱かれてベッドの上にねかされたのも知ってゐる。そして周囲に母や兄や、親類の人看護婦などが見守ってゐることも頭に考へられぬでもない。母親の気づかはしげな声が、茫然(ぼんやり)と耳に入る。しかしお葉はまだ自分の手や足や胴がどこに置かれてあるのだかわからないし、自分が今何をして来たのだかも明瞭(はっきり)しない。
 けれども、どことなしに不安が身をおそって来る、どうしても眼を開かなくちゃ不可ないと思ひながら、かすかに瞳を開けた時、周囲は霧が立ちこめたやうに淡暗く、人の眼がみんな強く自分を見つめて居た。
『お母さん!』彼女は、漸く母親を呼ぶ事が出来たが、その声は極めて力なく弱くって母親の耳に入ったかどうか解らない。急に思ひがけないやうな淋しさと悲しさが彼女のすべてをつゝんだ。その時医師は手と足に食塩とカンフルの注射をした。そして、その痛さによって初めてはっきりと声を立て得るやうになり、すべての意識が我に帰った。母親は枕元に彼女の額を冷し、乾いた白い唇をガーゼでしめして居た。
『もう、すんだの。』お葉は周囲を見まはした。しかし、あの恐ろしいことが、足を切断するなんていふ事が、すんだとは考へられない。只なにか、まだ/\易しいことが済んだのだと周囲を見まはした。
『熱い、あつい。』お葉は起き上ることも、動くことも出来ない。腰のあたりに大石をのっけたやうに千斤の重さがある。そして胸の辺りからずっとリヒカ[#「リヒカ」に傍点]が掛けられて、物々しく毛布がたれて居た。併し、足を失ったといふことが、どうして解り、どうして感じられよう。彼女の頭は、唯両足の重いといふより感じられなかったのである。
『熱い、あつい。』お葉は、両わきにだらりと下げた手を、氷の入った金盥(かなだらひ)のなかに落した。白く死んだやうな手に、冷たさがしん/\としみて行った。
 母親は、あまりながい手術の間を身悶えして病室にまち、廊下を歩いては、『万一手術中に死亡の事有之候とも遺存これなく候』と手術契約書を出したことを考へて、もうあれが最後であったかもしれない。寧(いっ)そ若い身空で不具(かたは)となって生きるよりは、このまゝ死んで呉れた方がお葉の為めでもあり、また自分にもその方がいゝかもしれないなどゝ考へて居たが、かうして娘はベッドにねて居るが、何処にその恐ろしい変化が加へられたのだらうと思った。両手はやはりすこやかに延びて、指一本欠けてる所もない。何事もおこらない。何事もあったのではない、考へてた事すべては夢であったといふやうな気がする。母親は絶えずお葉の顔を見つめながら、彼女の乱れた生際(はえぎは)を冷たいタオルでぬらして居た。
 次の夜がまた相変らずおそって来た。そして前の夜にもまして重苦しいながい夜であった。丁度沙漠を旅する人のやうに、熱さに苦しみながら、変化のない夜を只水を欲して居た。
 彼女は幾度も/\母親を起した。そして母親がコップを持って廊下を出た時、耳をすまして遠くに氷をかく音を聞いた。そしてどんなに扉(ドア)のあくのを待ったかしれない。
 胸の上にコップを置いて白い、然しやきつくやうな両手でつかんで、氷のかけを咽喉(のんど)に落した時、彼女は漸く浮き上るやうな気持ちになった。そして極めてわづかの夢を見ることが出来た。
 それから、お葉は廊下の足音を出来るだけ気をつけた。そしてその足音がもしも、扉(ドア)の前にバタリと止って、扉の影からそうっと白衣が見えた時には、その看護婦の空想的な瞳をすがりつくやうに捕へた。そしてコップにまたわづかの氷を願った。彼女は目覚める度に時間を聞いて、時があまりに静かなのに不安でならなかった。
『あゝまだ夜があけない。』お葉は眠らないので疲れ切ってた。しかし夜が明ければ自分が疲れからすっかり逃れる事が出来、さわやかに美しい日が来るやうな気がした。
 あを向けに寝かされたまゝ起き上る事の出来ない日が二週間もつゞいた。その間はすべて灰色に曇った日のやうに思はれた。青い空も彼女の目には入らなかったし、明るい光線も彼女の頬を照しやしなかった。そしてあを向けに寝てゐる脊中の痛さに目をうるませて、天井を見てゐた。そして天井を見ながらも、夢の中のやうにやがて来る幸福といふものを考へて居たのである。幸福といふものがどんなものかは知らない。彼女は小さい時、朝日が山の上から上る時に、幸福が来やしないかと、静かに嬉しい心で見てゐた。また夕日が山のかげにかれる時、あの遠い山の影には、幸福があるやうな気がした。そして彼女は少女(をとめ)になった。併しまだその幸福といふものを同じやうに考へながら、必ず自分に近よって来るやうに思ってるのだ。夜が明けると雨がしとしと降って居た。曇った硝子ごしに、前の棟の屋根の上の空気ぬけの塔が、霧から晴れるやうにはっきりとして来て、いぶし銀のやうな空を彼女は見た。そして窓際に椿の葉がつや/\と輝いて居た。お葉は母親から渡された、ぬれたタオルでもって自分の顔を軽く拭って、母親の廊下に出て行ったあとを、茫然(ぼんやり)とあを向けに枕元のコスモスの花を見た。うすいろの花は、室内のこの静寂な空気の中にも堪へないやうに、ふるへてゐるやうであった。しかし幸福は室内の何物にも見えなかった。すべての空気が平和に沈滞してゐた、そしてなにか幸福のありさうな、いゝ事のありさうな明日は、矢張り変化のない今日であった。そして自分の身は動かず病床に横たはって居る。
 お葉は、堪へられない淋しさと悲しさに捕へられた。そしてその淋しさや悲しさに捕へられながらも、廊下の外にする看護婦の笑声などには理由(わけ)もなく心を傾けた。そして看護婦があわてたやうに飛び込んで来て笑ひながら、[#底本では行頭一文字下げていない、49-9]
如何(いかが)で御座います、昨晩おやすみになれまして、』と言って来るのを待った。
 御飯がすむと、お葉はまたすぐバタ/\といふ廊下のスリッパの音に耳をすまして、御廻診をまつのである。毎日々々耳をすますうちに、カーキ色に赤い条(すぢ)の入った軍服のズボンを出して廻診衣を着た、いつもにこ/\した赤い顔の軍医のスリッパの音を呑み込んでしまって、彼女の見当は当らない時はなくなった。そして、バタリと扉(ドア)の外に足音が止まった時には、おのづと緊張した愉快な顔色になって居た。
『如何です。お変りありませんか。』
 軍医は体温表を一寸見て静かに言った。お葉はその時きっと前の晩の足の痛かった事や、今朝の脊中の痛かったこと等が、なんでもない事のやうに消えてしまふので、[#底本では行頭一文字下げていない、50-4]
『いゝえ、別に、』と彼女は笑った。
 彼女は、楽しい夢ばかりを見た。友だちと手をつないで、賑やかな夜の街のきらびやかな飾窓をのぞいた事や、大ぜいで野原に遊びに行って楽しかった事などが、彼女の夢の世界に表はれた。お葉は、この病院に入る前、丁度椿のはなが咲く頃から床についたきり、土を踏むといふ事は勿論、畳を歩くといふ事さへ、柱によって立つといふ事さへ出来なかったのだけれども、夢には指の先すら痛む事はなかった。床の上にあを向いたまゝ空を見てると、枯れたやうな桐の木からグン/\と芽が出て、若々しい青葉がヒラ/\と風にゆられた。そして椿の花が次から次へとくづれて、土に落ちて行くのであった。彼女は、その時かうして床につく前に、母親と痛い足を引きずりながら九段の坂を降りて、神田の神保町の洋傘屋(かうもりや)で買った青磁色の洋傘(かうもり)が、一度もさゝれずに押入の中にしまってある事を思って、急に見たくなった。それですぐ母親にパラソルを出して貰ひ、それをひろげて後向に畳の上に置いて貰った。お葉はそれを横になってぢっと見た。縁から入って来て洋傘の上に流れる日の色をも見た。そして彼女は丁度野原に遊びに行って、遠く草のなかに自分の洋傘を置いて花をつみながら、振りかへったやうな心持がした。そして彼女は茫然(ぼんやり)した。その頃丁度彼女の妹が元気よく、靴の音を高く響かせて、生垣をめぐって帰って来るのであった。その靴の音が高く響いた時は、もはやお葉の眼はすべて曇って霞のやうにかすんで、なんにも見えなかった。涙が閉ぢた目蓋(まぶた)から、ボロ/\と頬をつたはった。
 それからお葉は、その洋傘を寝たまゝ手に持たせて貰った、そして自分で名残惜しさうにピチンと閉ぢて、早速丁寧に押入にしまはせたのである。けれども、彼女は決して一生自分が洋傘をさして、二つの足で気持よく裾をさばきながら歩く事が出来ないとは、夢にも思はなかった。赤い日を見れば、今にもその土を気持よくふむ事が出来るやうに思った。[#底本では行頭一文字下げていない、51-8]
 やがて、その頃彼女の寝てゐる、彼女の窓の格子から遠くの方に、真赤な、真赤な花が一ぱにさいた。それが毎日日の照る日も、雨の降る日も、燃えるやうに彼女の眼に入った。
『何んの花。』彼女はいつも誰ともなく訊いた。けれども誰もそれに答へる人はなかった。彼女は、どうしてもその花が知りたかった。そしてあの花はなぜあんなに赤いのだらうと考へた。
『欲しい。』彼女はまた言った。
『落ちたのでもいゝから、たった一つでもいゝから――。』
『柘榴だらう。』誰かゞさう言った。そして、その花はだん/\青葉にかくれて行った。そしてお葉は、水色の幕を垂れた釣台にのって、朝夕にニコライの鐘が枕にひゞく病室に入れられた。途中、『母ちゃん、お葬式(とむらひ)が通るよ。』と赤い羅紗の靴をはいた子が、家の中に駈け込んだのを、お葉は幕間(まくあひ)から見てゐた。それは繁華な電車通りであった。
 そこからこの釣台はまた煉瓦塀をまわって、この病室に入れられた。そしてもはやすべて、彼女の夢に見る世界は、一生近づく事なく隔ってるのだけれども――。
 やがて、彼女は気づかはしさと、ある淡い喜びとを持って輸送車に運ばれて、繃帯交換に行った。そして方々の室から出て来た輸送車の患者が、控室の前にたくさんあつまった。
 お葉は、まだ決して足を切断したのだとは思はなかった。手をいぢり顔をなでてすべての人と異る所のない完全なものだと思った。そして、あの中庭の芝生(しばふ)の上を自由に散歩する事も出来るし、愉快にあのベンチによる事も出来るんだと、庭の方を見て居た。そして、ふいと眼を横にやった時、窓際に置かれた輸送車の上の女が、なつかしさうに笑った。
『あなた、少しはよろしくって?』
 お葉は、驚いて、やうやく、『えゝ。』と答へて赤くなった。何といっていゝかわからない。彼女の輸送車は、そのまゝ交換所に引き入れられた。あの人は、もう交換がすんだのか、すまないのか、どの部屋に帰ったのやらも解らない。
 彼女は、その一日その女の人のことを考へた。そして重たい本を胸の上に開いて、彼女は五六頁を読んだ。
 それから、彼女は夜中(よなか)にいく度となく目を覚ました。そして暁がすべての幸福を彼女に齎すやうに、只一秒も早く空の白むのを待った。けれどもあまりに短時間内に幾度も目をさました時には、もうこの暗い夜が再び明けないのぢゃないかと恐れながら、白く垂れ下ったカーテンの奥に目をすゑて、しのびやかに訪れて来る暁の足音を聞かうとした。
 カラ、カラ、……カラカラ、……カラ……カラ彼女は、そしてこの音を遠くの闇の中から見出した時、もはや暁が近いと、断定する事を※躇しなかった。車の音だ。それは確かに車の音だ。あけぼのゝ白ずんだ空の淋しい道を静かに、カラ、カラカラ……と車の音も絶え/″\に幾台かつらなった車の音だ。お葉は真暗な夜のなかに、両手を胸の上に置いて、車の音を聞いた。
 そして、はやく看護婦が、カーテンを巻き上げてくれゝばいゝと思ひながら、朝の冷たい白い清らかな空気が、自分の蒸されたやうな頬をつたひ、静かにねばりついたやうな生際(はえぎは)の毛をゆるがす嬉しさを考へた。彼女は、それから、夜中に目覚めて暁をまつ毎に、その音を聞いた。そして朝の近いことを考へたけれども、その車がなにをする車で、なんの為めに何処に行くのか、そんな事は少しもわからなかった。
 お葉は、その日も、また次の日も交換場で、この前言葉をかけた見しらぬ女に逢った。彼女は廊下の窓際に斜に置かれて、小雨のふる中に垂れ下った梧桐(きり)の葉の淋しさを眺めて居た。側には三十位の女が輸送車の上にあを向けにねて、自分の手の色をぢっと見てゐた。
 その時、交換場の中から、その女の輸送車が引き出された。その女は紫の着物を着て淡紅色(ときいろ)の袖口で顔をおほうて居たが、彼女の前に来て、ふっと驚いたやうに目を見開いた。そして優しくなつかしさうな瞳をしてお葉を見た。
『今日は、およろしくって?』
『えゝ。』彼女はまたあはてゝ、何も言ふ事が出来ずにうなづいて笑った。輸送車は、もう通りすぎてしまってた。お葉は、ベッドに戻ってからも、紫の着物を着てた女のことばかり考へられた。しかし病室は牢獄のやうに、一つ/\厚い壁にさへ切られて、隣の人さへわからない。
 彼女は、その女の美しい眼を考へた。美しい手を考へた。そしてその女は必ず幸福だらうと思った。そしてその女は物語のやうに美しい恋をしてる人だと考へて、なつかしくってならなかった。そして彼女は一日でも逢はないと心配でならなかった。丁度恋をしてるやうに物足らなくって淋しかった。そしてその時には、お葉には今病気をしてるといふ自覚は、ほとんどなかった。そして彼女がいまどれ丈けの絶望と、かなしみに捕へられるかもしれなかった。只疲れては眠り、人の顔を見ては微笑し、本を読んではいろいろ幻のなかに浸って暮らした。そして母親は、彼女がすべての経過がよく悲しみに捕はれないのを喜んだ。看護婦は彼女の心の強いのをほめた。しかし彼女は、自分の現在を少しも知らなかった。
 その晩、彼女は昼間の眠りの為めに夜は早くからめざめた。お葉は、いろ/\と昼逢った紫の女に送る手紙などをローマンチックに考へながら、前から車の音をきいてはゐたが、あまりに夜が長いのに、起き上る事の出来ない身体の痛みに悶えてゐた。
『ね、お母さん。』お葉は、母親が起きてるやうな気がしたので、何を言ふともなく声を出した。
『あの、車の音がきこえるのに、なか/\夜が明けないんだもの。』
『車?』母親は耳をすました。
『雨が、また降り出したんぢゃないかい。何時頃だらう。』母親が時計を見た時、まだ漸く一時半であった。
『まだ、なか/\だよ、もう少し枕をたかくしたら寝やすいだらうね。』
『ぢゃ、お母さん、あの車はそんなに早くから歩いてるの。』お葉には、あり/\と淋しい道を音をたてゝ引かれてゐる車が、目に見えてるのだ。母親は、お葉の枕を高くしながら、『あれは、雨だれが落ちる音ぢゃないか。』と言って不思議さうに娘の顔色を見た。
 翌朝、久し振りに美(うるは)しく晴れて水のやうな秋の光が、すべてを祝福するやうに流れてゐた。そして雨にぬれた木の葉がつやゝかに光ってゐた。お葉は御飯をたべ終った後、漸くの事で決心して書いた手紙を看護婦にたのんで、何処かの病室に一人でゐる紫の女に送った。が、すぐあとで彼女は後悔した、そして恥しさで赤くなった。紫の女は尊い詩のやうな美しい女なので、とても自分などの近よる事の出来ない人だと思ったのだった。やがて、看護婦は、細い封筒を持って帰って来た。お葉は、それをなにか恐ろしい出来事でもあるやうに気遣はしく、そっと開いてみたが、それはいつも輸送車の行きずりにかはす、『あなた、少しはおよろしくって、』といふやうな、優しさとなつかしさのある、そしてものたりない短い手紙にすぎなかった。お葉は、淡(うす)い巻紙にやさしく美(うるは)しくかゝれた手紙をいく度も繰り返して、すべて自分の存在を想像のなかにうづめてしまった。彼女はうれしかった。それから二人は、その日の事を書いては送った。看護婦の手を経て、歩く事の出来ない二人はなつかしい話しをした。
 ある日曜日に、お葉は起き上る事を許された。彼女はその時きれいなダリヤの花を持って来て呉れた友だちの帰ったあとで、母親にたすけられて、床の上におき上った。少しの嬉しさも喜ばしさもなかった。足が電気のやうに渦をまき、円い玉のやうに一秒も停止してる事が出来なかったので、涙をためて、又床の上に横になった。そして前のやうに眼の上に空を見、胸の上にダリヤの花を置いて、一つ/\を手に持ってぢっと見た。そして彼女は起き上る事が出来ないと思ひつめながら、あを向けに母親の顔をうらむやうに見詰めてゐた。けれども、毎日一度は看護婦か母親によって起き上ることをさせられた。下から見た部屋を起き上ってたてから見たすべての異(かは)り方や、目の廻るやうな不思議さは、次第々々になくなって来た。そして開け放した扉(ドア)の前を通る人などを見る為めに、自分から起き上る事を母に頼むやうになった。
 廊下を通る様々の人、それを起き上って見てるのが、どんなに物珍らしかったか解らない。そして、毎日唐人髷を結った下町の娘が小唄を口ずさみながら通るのが、どんなに彼女の心を引いたらう。
 さうしてゐるうちに時がたって行くと、お葉は歩く事を稽古しなければならなかった。歩く稽古、歩くのでさへ稽古しなければならないとは、どうした事だかお葉には解らない。黒塗の丁字杖がベッドの前に置かれてからは、彼女は毎日恨むやうな瞳をすゑて、どことなしに見つめて居た。あれをついて私はどうして歩くんだらう。私が足を切断したなんて、お葉は、その事ばかり考へた。そして看護婦が来る度に、どうして手術をするかとたづねた。
『いえ、そんな事はおたづねにならない方がいゝんですわ。』
 看護婦は、みな話さなかった。そしてお葉の手の美しい事、髪の毛の多いことなどを話して彼等は帰って行った。お葉は悲しくってならなかった。そして自分のはかない身の上を書いて、紫の女に送ったけれども、やはり淡(あは)いやさしいそして物たらない事しか、お葉には書いてよこさなかった。
『今日は。』彼女は毎日訊いた。
『えゝ手術日。』看護婦は、さう言って帰りに寄る事を約して出て行く。思はずも今日の手術の様子を話して、問はれたまゝに切断の事なども言ひかけようとするのであった。すると、側の一人は必ず、お葉が目を見はって、熱心に聞いてるのを見て、
『およしなさい。そんな事は、みんなみんな嘘なんです。』と言って止めた。けれども、彼女は、肉を切って、骨をのこぎり[#「のこぎり」に傍点]で引いて、皮を縫ひ合せて、と考へて見たけれども、どうしてもそれが人間の生きた肉体に行はれるものぢゃないと思った。
 さうしてるうちに、お葉の歩くべき日が来た。
『さ、今日は少し歩く稽古をしませうね。』
 けれども、彼女はどうしても恐ろしくって、ベッドの下に足を降すことが出来なかった。
『あ、草履を持って来ませうね、一寸(ちょいと)おまちなさい。』
 看護婦が急いで行って、一足の紅緒(べにを)の草履を足元にそろへた。お葉は、慄へながら血気(ちのけ)のないやうな、白い死んだやうな片足をそっと降した。
『まあ、片方(かたっぽ)でよかったのに、私もよっぽど馬鹿な――。』
 草履を持って来た看護婦が、その時大声で笑った。彼女は恐ろしさに慄へながら茫然とその女の顔を見た。その時、室内の日が急にかげって、すべてが淡暗く物悲しく見えた。どうして自分が床の上に立上るなんていふ事が出来よう。彼女の足は、ベッドから垂れて、ぶる/\とふるへてゐた。
『さ、私につかまって立ってごらんなさい。かうして、杖を両脇にはさんで、』
 彼女は杖をしっかりつかんだ。そして立上ったけれども、看護婦のおさへた手が少しでもゆるむと、浮草のやうにくら/\と動いて、眼は夢のなかのやうに物事をはっきり見ることが出来なかった。
『さうして、一寸、一寸、飛ぶんですよ、しっかりつかまへて上げますからね。』
 彼女は、さういふ看護婦を恐れた。飛ばなきゃならないと思ふけれども、どうして足を浮かしていゝものやら、彼女は足の運び方を、すっかり忘れてゐた。そして、やうやくはっと飛んだと思った時には、わづか彼女の足元は一寸(いっすん)位しか動いてゐなかった。
 お葉は、床の上に丁字杖を持ったまゝ天地に頼りないものゝやうに涙ぐんだ。歩くといふ事が、これ丈悲しい恐ろしい頼りないものとは思はなかった。ベッドの上に、早くベッドの上に自分の身体を毛布のなかにつゝんでしまひたい。看護婦は、彼女をひきずるやうにして、漸く窓ぶちにつれて行った。わづか一間(いっけん)、それがお葉には海山の隔りのやうにも思へた。初めて窓から空を見た時、その高さと広さと、美(うるは)しさは驚くべきもので、お葉は涙を持って仰ぐより仕方がなかった。そして赤い椿の花は、土の上から空に向って、自由に幸福に咲いてゐるのであった。
 地と空との間、その間の光り、それが、すべて意外であった。そして向ひ側の廊下がどんなに美(うるは)しく見えて、白衣の人の姿がどんなに清らかだったらう。お葉は、初めて見た窓の外の景色はすべて感激にみちてゐた。けれども、それだけ、どんなに自分の不安定な、この活力にみちた空気の中を、歩く事の出来ない身が悲しまれたことか。
 次の日、お葉はまた浮草のやうにたよりない身体を杖と人とにさゝへられて、扉(ドア)のそばに立たせられた、そして又、はてしないやうな廊下の末を見やって、物悲しい心になった。彼女は、今まで自分の病室の前にこんな果てしないやうな廊下のつゞいてる事を知らなかった。淋しく涙にうるんでるやうに光る廊下の果しなさに驚いた。
 毎日一歩でも多くお葉は歩かねばならなかった。けれども、どうしてもその廊下に出る事はむづかしかった。夜、彼女は初めて看護婦におさへられて、廊下に出た。電気が、わづかに足元をてらして、開いた窓の暗い空から星が青くのぞいてた。一歩、一歩、杖の音におどろき、足の音に驚いて、引きずった着物の裾につまづきながら、現(うつつ)のやうに歩いて窓際によったけれども、涙は幻のやうに彼女の瞳をつゝんで、淡赤い月の行方(ゆくへ)をお葉は見る事が出来なかった。
 お天気のよい午後になると、それから彼女は廊下の寝椅子の上に毛布をかけて横になった。そしていろ/\の物語に読みふけった。日が水のやうに爽やかに流れて、中庭にはすべて秋の凋落は、少しも見られない。
 木の葉は緑にかゞやき[#底本では「かがゞやき」、61-13]、赤白の山茶花(さざんくわ)や椿が美しく咲いてるので、ハラ/\と日に輝いて落ちる木の葉に病む身をかなしむ事も出来なかった。ベンチとベンチの間にはベッドが置かれて、真白い薬を塗った石膏のやうな病人が日光浴をしてゐる。
 お葉の心はいま春である。かうしてる間、彼女はなんの悩みも苦しみもない。自分の肉体が如何に変化し、如何に自由を失はれてるかといふ事も考へる事が出来ない。木の青い若芽が、静かに日光を吸ふやうに、うっとりと夢の中に呼吸してゐた。
 青白い日蔭の花が、淋しい秋の日を受けて、静かな夢を見てるのもわづかの間である。お葉はそのはかない夢を見つづけて、寝椅子の上にあるのも只しばしである。母親は、前から廊下の柱によって、夢見する娘の為に、悲しい思ひをたぐってゐた。
(『新小説』大正4・1)

底本:「素木しづ作品集(山田昭夫編)」札幌・北書房版
   1970(昭和45)年6月15日発行
初出:『新小説』大正4年1月号
※本作品中には、今日では差別的表現として受け取れる用語が使用されています。しかし、作品の時代背景と価値、加えて、作者の抱えた限界を読者自身が認識することの意義を考慮し、あえて発表時のままとしました。(青空文庫)
入力:小林徹
校正:Juki


氷雨

葉山嘉樹




    一

 暗くなつて来た。十間許り下流で釣つてゐる男の子の姿も、夕暗に輪廓がぼやけて来た。女の子は堤の上で遊んでゐたが、さつき、
「お父さん、雨が降つて来たよ」
 と、私に知らせに来た。
「どこかで雨を避けておいで」
 と返事をしたまま、私は魚を釣り続けてゐたのだが、堤には小さな胡桃の木以外には生えてゐなかつた。それも秋も深んだ今では、すつかり葉を落してしまつて、裸で立つてゐるのだつた。
 兄の方が、釣り竿を堤防の石垣の穴にさし込んどいて、
「かうして屋根を葺くんだよ」
 と云つて、堤の上に乾してあつた乾草を胡桃の枝に渡して、屋根を葺いてやつた。
 多分この乾草は、軍に献納した馬糧の残りであらう。その一ヶ月前位に、農民たちは腹までも川の水に浸つて、三角洲に生えた丈の長い草を苅りに、川を渡つて行つたのを私は見てゐたから。
 いつもなら、子供たちは、「もう帰らうよ、暗くなつたぢやないか」だとか、「お父さんは未だお腹が空かないの」とか云つて帰りをせき立てるのだが、今日は「帰らう」とは云はなかつた。
 高原の秋は寒かつた。日は暮れ、雨さへも降り出したので、寒さは又増した。子供たちの心の中にも心細さが増したであらう、と云ふことも私には分つてゐた。
 私は尺に近い赤魚を、サンザン苦労して引つ張り上げ、魚籠(ビク)に入れる直前に落した。
 私の心の中は「心細さ」と云ふやうな感じはなかつた。そんな風に一色では片附けられる感情ではなかつた。魚を落すのも、私の心が一と所に落ちついてゐないからだつた。
 このやうな夕暮が、私たちの上に襲ひかかるであらう、と云ふことは、昨日や一昨日から予感してゐた事ではなかつた。もつともつと永い前から分つてゐた事であつた。だが、それに対応する策を個人的に取る事が出来ると云ふやうな事柄ではなかつた。
 私は頭の中に湧き起つて来る、様々の懸念や妄想を、釣りをする、と云ふ事で追つ払ふ為になるべく人の居ない――たとひ魚は釣れなくとも――処を選んで、来るのが慣はしであつた。
 その日は昼食を食つてから、私たち親子三人は、私と息子は釣りをする為に、娘は蝗を捕るために、家を出たのだつた。
 そして、家を出る時に、小学校に今年上つた女の児が、
「お母あさん。もうお米がないのね」
 と、米櫃を覗き込んで云つたのだつた。
 日曜だつたので、小学校四年の男の子も、私もそれを聞いてゐた。私の場合では聞かなくても知つてゐた。その為の打開策を、もう三年以上も考へあぐんでゐたのだつた。
 が、子供たちには、その日、米櫃が空になつてゐることが、何かギクッと来たらしかつた。
 町中の雰囲気や、駅頭の雰囲気と、子供たちの生活の本拠の家の中の雰囲気とが、何か違つたものを感じたのであらう。
 華々しいもの、潔いもの、勇壮なるもの、さう云つたものから、子供の家へ帰ると、ひつそりと沈んだ冷え冷えとしたものが、両親の体臭のやうに、家中を靄のやうに立ちこめてゐた。
 子等は生れると直ぐから、決して裕福には育たなかつた。裕福などころか、転々として居を追はれる両親に附いて、町から村へ、山へ峡谷へと、土方や坑夫の間を、ひどく簡素な生活の間を生ひ育つた。米櫃が空だなどと云ふことは日常の事であつた。
 だが、今度ばかりはどこか違ふ、と云ふことを、動物的に直感したらしかつた。その内容は子供等に解る訳もなかつた。その両親の私たちにも解らなかつたから。

    二

 雨が強くなつて来た。
 自分の持つてゐる釣竿は未だ見えた。が、餌箱の中の餌の「チラ」がもう見えなくなつた。釣針も見えなくなつた。ピクッとかかつたので糸を上げても、どこに魚がかかつてゐるのかも見えなくなつた。
 もう、釣りも駄目になつた。
 私は、「親子心中」をする人たちの、その直前の心理を考へてゐたことに気がついた。
 足の下には、日本の三大急流の一つが、セセラギ流れてゐた。減水してゐたので、豪宕たる感じはなかつた。が、それでも人間の十人や百人呑んだところで、慌てると云ふ風な河ではなかつた。
 暗い中に流してゐたので、鉤が木工沈床の鉄筋か玉石の間か、流木かに引つかかつてとれなくなつた。
 首筋には雨が伝はつて来た。
 釣竿を寄せ、竿頭からテグスを掴むと、私は力まかせに引つ張つた。テグスは竿頭から三分の一位の処で切れたことが、手さぐりで分つた。
「サア、帰らうぜ」
 と、私は子供たちに声をかけた。
「帰るの、帰らうねえ」
 と、子供たちは下流から声を合せた。
 だんだん強く降つて来た雨で、私たちは濡れてゐた。体が寒く凍えて来た。私はカジカンだ手で竿を畳み、子供たちの方へ堤の上を歩いて行つた。
 兄妹は五尺にも足らぬ胡桃の木の下に、二尺角位に乾し草の屋根を葺いて、その下に雫で背中を濡らしながら、木の幹を抱き、向き合つて跼んでゐた。
「竿はどこへやつた?」
 と、私が訊くと、
「ほら、そこにあるよ」
 と、上の子が出て来た。
「ああ、分つた、分つた」
 私は子供の竿を抜きにかかつたが、元の方の二本が固くて抜けなかつた。
「これは抜けないや、濡らしたから緊つちやつた。お前担いでおいでよ」
「うん」
「ほら、こんなに釣れたよ」
 魚籠を解いて腰から外し、子等に持たせた。魚の形が割合に大きかつたので、数の割合ひに目方は重かつた。
 暗い闇の中で、魚の腹が白く光つてゐた。
「サア帰らう。寒かつたかい」
 私は「腹が空つたらう」と云ひかけて口をつぐんだ。
「ちつとも濡れなかつたよ。お父さん兄さんが小屋を拵らへてくれたから。ねえ、兄さん」
「いつ小屋を葺くことなんか覚えたんだい、お前は?」
「戦争ごつこの時にやるからね、もつと大きなのを葺くんだよ。炭俵なんかでね」
「さうかい。サア帰らう」
 私たちは暗くなつた河の堤防を、下流に向つた。
 男の子は先頭に立つた。女の児は私の後ろになつた。
 コンクリートの橋があつて、そこで県道に出て、そこから私たちの家まで、約一里あつた。橋の袂に小屋があつた。橋を作る時に拵らへたセメント置場か何かのバラックである。
 そこで上の子は、私たちを待つてゐた。
 私は下の子の来るのを、上の子とそこで黙つて待つてゐた。
 どう云ふものか、ふだんお喋舌りの子等がその夜は黙り込んでゐた。
 無邪気な、詰らない疑問が飛び出して、私を煩さがらさなかつた。
 ――父ちゃんは考へるがいい。――
 とでも、子等は思つてゐたのだらうか。
 三人、一緒になつたので、
「お前たちはお父さんの先きにお歩き」
 さう云つて、私たちは県道を歩き始めた。
 県道は、電話線の埋設工事で掘り起されてあつた。いつも坦々たる道路なのに、その日は掘り起した泥と雨との為にぬかつてゐた。
 その悪路を子等は驚く程、足早に歩いた。
 暗闇の中で、私は子供たちの姿を見失つてしまつた。が、長い間、さうだ三十分位の間も、私は子等の先きに立つた姿を「見失つた」と云ふことに気がつかなかつた。
 長い間、帰り途の半分位の道程を、私は何を考へてゐたのだらう、と、子供の姿の見えないことに気のついた途端に、考へたが、その時には、もう私は、先きに歩いてゐる、見えない子供たちに声をかけてゐた。
「おうい! 余んまり速いぞう、お父さんは附いて歩けないぞ」
 道は林の坂道にかかつてゐた。
 両側の林の樹々には、葉のある樹々が多かつたので、雨が、そこまで来ると急にひどくなりでもしたやうに、音を立てた。
 その音にせき立てられて、子等の歩みも一層速くなつたんだらう。
 が、私はノロくさく歩いた。子供たちに追ひつかうと試みたが、駄目な事が分つた。
 私の体にも、私の心にも、私の歩みを速めるだけの力が残つてゐなかつた。速めると云ふだけで無く、一口に言つて終へば生命力が残つてゐなかつた、と云つてもよかつた。
 嫌悪感、それが私の全体をひつ括んでゐた。それは自分の外に向つても、自分の内に向つても、粘り強い根を延ばしてゐた。
 今までも、嫌悪感と云ふものは幾度か、殆んど数へ切れない位に私の首を締めつけた。が、今度程、それが長く、その上小憩みなしに続いたことはなかつた。
 肉体の上の極度の疲労と、精神上の異常な打撃とが同時に起ると、「腰を抜かす」と云ふ現象が起ることがある。この状態が私を掴んでゐた。腰を抜かしながらも、私は子供たちを両手で捧げて、死の濁流へ呑まれないやうにしてゐたのである。
 戦場で多くの死傷者が出た。それを新聞紙上で見てゐるうちに、私は、私の死をも考へるやうになつた。身に引きくらべて考へるのである。それが私の習慣になつた。死のあらゆる場合を考へ続けることが習慣になると、私の生活は生命へよりも、死の方へ近づいて行つた。
 生命への嫌悪感!
 いや、この言葉は嘘だ! が、何かしら、生きて行くのに大骨を折ると云ふことに、熱意を欠いたとでも云ふのであらうか。これは私にとつては生れて最初の現象である。
 自殺を思つたことも幾度かあつた。それを企てたと自分で思ひ込んだこともあつた。
 が、これ程、怖れなく、と云ふよりも生への執着を抛棄して、死の方へ引つ張られるやうにズルズルと考へ込んで、あらゆる生への努力を、六ヶ月間も打つ棄つてしまつたことは初めてであつた。

    三

 子供たちは、余程急いで歩いたと見えた。
 私の呶鳴つた声にも返答がなかつた。
 私は感じてゐた。
「子供たちは俺の考へを感じてゐるに違ひない」と。
 子供が急いで急坂を上るのは、私の身心から発散する墓場の雰囲気が恐ろしかつたのだと、私は考へた。
 無理もない話であつた。私は全三ヶ月間、生と死との事ばかり考へてゐた。それに附随して湧き起つて来る問題を考へてゐた。さう云ふ風な考へ事に没頭してゐれば、具体的な、現実的な生活からも、生活手段からも離れて行くことは自明の理であつた。
 私たちは「死」を売り物にする訳には行かなかつた。坊さんでさへ、昔のやうには「死」を売りものに出来ない時代なのだ。
「生」を売りものにするのも、私の場合では至難であつた。生命そのものすら売り物にしにくい場合に、生命とは何ぞや、と云ふやうなことを、無学無智な私などが、どのやうに堂々巡りをして考へたつて、それが商品にならないのも分り切つたことだつた。
 生命とは「馬鹿気たものだ」と云ふ途方もない結論に到達することを、私は怖れた。まして生命とは苦痛だ、と云ふ風な結論に私は絶対に入りたくなかつた。
 かう云ふ風な考へ方が、かう云ふ風な文章、又は言葉で、私の頭の中で考へられた訳ではなかつた。
「もう政治とは絶対に縁を切る!」
 と云つた風な想念の断片が、私の頭をかすめるのであつた。
 だが、私は今まで一度だつて、政治家になつたことはないし、なりたかつた事もないのだ。まして、私が政治と縁を切ると決めようが、決めまいが私の一時一瞬の生活も、政治の下にあるのだ。私の考へや決心などは全つ切り問題にはならないのだ。
 要するに生命と云ふものは、動物的なものなのだ。この動物的な生命を、生き甲斐のあるやうにするのには、動物的な生活態度が必要なのだ。
 兎や雷鳥が、雪の降る時に白色に変り、草の萌え茂る時に、その色に変るやうに、カメレオンのやうに、絶えず変色したり、尺取り虫見たいに、枯枝と同じ色をして、力んでピンと立つてゐれば、生命と云ふものは保つものなのだ。
 それは何等卑下する必要のないことなのだ。大体、命と云ふものがそんなふうなものなのだからだ。
 だが、動物も人間となると、勿体をつける必要が生じて来るのだ。余りアッサリし過ぎてもいけないし、正直過ぎても困るのだ。
 かう云ふ風なことを考へてゐる人間は、子供と喜を共にすることが、時とすると困難になつて来る。

    四

 私はもう、私には見切りをつけた。
 何の才能もないし、学問もないし、社会人類、国家に尽す方法も持たないし、詰り人生の食ひ潰しであることを自認したのだつた。
 自認すると同時に、他からもさう認められてゐたのだから、結果は明白だつた。
 そこで、子供たちには、子供たちが「面白い」として喜ぶことを、させてやらうと思つた。と云つても、収入が途絶してしまつてゐるのだから、その範囲は極めて狭く局限されるのだつた。
 その日の釣り兼蝗取りも、その催しの一つだつた。これなら金がかからないで、子等の弁当のお菜が取れる。その上川魚は頭ごと食へるから、第二の国民の骨骼を大きくする為のカルシウム分もフンダンにある。外の栄養分は知らないが、悪いことはないに決つてゐる。
 そんなことはどうだつて、さうだ、どうだつてよくはない。が、それよりも、釣りをすることを子供たちが、果して喜んだかどうかなのだつた。私が居なくなつて、子供たちが成長してから、その日を快よい、生き甲斐のある一日として思ひ出の種にし得るかどうか、が問題であつた。
 このだらしのない、子等に対して申し訳なく、相済まなく思つてゐる父の心が、そんな釣りの半日で子供の心に通じるかどうか、これは寧ろ逆効果でありはしないか。
 私より遙かに先きに立つて、暗闇の中に姿を消してしもうた子供たちの心の中に、私は入らうと努めた。
 ――何をあの子等は考へてゐるであらう――
 だが、私は子等の心の中へだけ入り込んで終ふと云ふことは出来なかつた。子等の心の中に入り切る事は出来なかつたが、あの子たちよりも、もつともつと不幸な子供たちが沢山あるし、又、これからはもつと、ずつと殖えるに違ひない、と私は思つた。
 坂の中途に、檜の造林が道を挾んで、昼もなほ暗い処がある。そこの入口で子供たちは私を待つてゐた。
「速いねえ。もつと悠くり歩かなけや、父ちやんは附いて行けないよ」
「引つ張つて上げようか」
 と、一年生の女の児が、私の手を引つ張つて、グイグイと先きに立つた。
 強い力だ。私の心はスパークのやうに、一瞬間青白い光を放ち、熱を持つた。が、次の歩みの時には、もう元の闇に帰つてゐた。
 急坂を登り切らうとする所、村の部落外れに、荒ら屋がある。
 その家の子供の一人が、私の男の子と同級である。
 ある夜、私は釣りの帰りに、硝子のない硝子戸から、その家の有様を通りすがりに眺めた。
 亭主は手を膝にキチンと揃へ、正坐して俯向いてゐた。細君は亭主と正面に向き合つて、「論告」を下してゐた。
 傍聴席には、その両親の子供たちが、ハッキリ数へることは出来なかつたが、七八人、或は十人もゐたかもしれなかつた。
「お前だけ酒を飲んで面白いかもしれないが……」
 それだけ私は聞きとつた。
 その夜は、囲炉裏の自在鍵には鍋がかかつてゐなかつた。火も燃えてゐなかつた。
「さては米代を飲んぢまやがつたな」
 と腹の中で云つて、私は首をすくめた。
 屋根板を削るのや、頼まれて日雇に行くのが、その家の業だつた。
 私はその夫婦の両方に同情した。
 セリフは私の家でも同じだ。日本中、いや世界中、このセリフは共通してゐるだらう。そしてこのセリフ位、古くならないで、何時も鋭い実感を伴つて、亭主野郎の頭上に落ちて来るものも少ないだらう。
 ジグスのやうに、パンのし棒でのされるにしても、あのやうに朗に飲めるのならば、酒は確かに百薬の長だが。
 親子心中を一日延ばすために、飲んだとなると、効き目が一寸あらたか過ぎる。
「どんな子だい。あの家の子は?」
 と、私が男の子に訊くと、
「あだ名をダルマつて云ふんだよ。憤ると頬つぺたを膨らませるんでね。それでダルマつて云ふんだよ」
「さうかい。お前だつて憤ると頬つぺたを膨らせやしないかい」
「とつても膨らませるんだよ。眼玉を大きくしてね」
「余まり憤らせない方がいいね」

    五

 農村は萎びてゐる。
 身心共に萎びてゐる。
 枠が小さくて、一寸堅過ぎる。
 人の考へる通りを考へ、人の感じる通りを感じる。さうしないと喰み出して終ふ。
 喰み出したらお終ひではないか。喰み出さなくても、暮しは苦しい。

 私たちは家へ帰り着いた。
 子供たちは濡れた服を脱いで、コタツに入り、夕食を摂つた。日頃健啖なのに、下の女の児は一杯食つた切りで、「御馳走様」と云つて、サッサと寝床にもぐり込んだ。
 男の子は三杯目に、
「御飯未だあるの」
 と女房に訊いた。
 魚釣りも、蝗取りも、米櫃の空なことを忘れさせなかつたのだ。
 私の教育方針もよろしきを得てゐる。
「兵隊さんたちは、三日二夜食もなくつて軍歌にあるだらう。苦労してゐるんだからね、お前たちも贅沢を云つてはいけないよ」
 と、ふだんから云つてあるのだ。
 
 子供たちが食事が済み、寝床に入つてから、私は米を借りに出かけた。
 村の町は、夜九時になると死んだやうになる、偶然飛び込んだ旅人を泊める宿屋までも、十時になると眠り込む。
 出征を祝す、の征旗も、旗を取り込んで、てつぺんに葉を少し残した旗竿だけが、淋しく軒先きに立つてゐる。
 
 明日はどうなるであらう。
(昭和十二年十二月)

底本:「筑摩現代文学大系36 葉山嘉樹集」筑摩書房
   1979(昭和54)年2月25日 初版第一刷発行
入力:大野裕
校正:高橋真也


眼帯記

北條民雄




 ある朝、眼をさましてみると、何が重たいものが眼玉の上に載せられているような感じがして、球を左右に動かせると、瞼の中でひどい鈍痛がする。私は思いあたることがあったので、はっとして眼を開いてみたが、ものの十秒と開いていることができなかった。曇った朝、まだ早くだったので、光線は柔らかみをもっているはずだったのに、私の眼は鋭い刃物を突きさされたような痛みを覚えるのだ。眼をつぶったまま、充血だな、と思いながら床の中で二十分ほどもじっとしていた。部屋の者はみな起き上がっていたが、私は不安がいっぱい拡がって来るので起きる気がしなかったのである。
 昨夜の読書がたたったのに違いない、と私は考えた。昨夜、私は十二時が過ぎるまで読み続けたのである。もっとも、これが健康な時だったら、十二時が一時になっても別段なんでもないのだが、私らの眼はそういう訳には行かない。病気が出てから三年くらいたつと、誰でもかなり視力は弱るし、それに無理に眼を使うと悪い結果はてきめんに表われるのである。癩者が何か書いたり、本を読んだりするのは、それだけでもかなりもう無理なことであるのに、私は昨夜はローソクの火で読んだりしたのである。それは消燈が十時と定められているためで、何もそんなにまでして読まねばならないということはなかったのであるが、それが小説で、面白かったものだからつい夜更(ふか)ししてしまったのだ。
 起き上がると、私はまず急いで鏡を取り出して調べてみた。痛むのを我慢して、眼球を左右にぐりぐりと動かせてみたり、瞼をひっくり返してみたりして真っ赤になっているのを確かめると、今押し込んだばかりの布団をまた押入れから引き出して横になった。左はそれほどでもなかったが、右眼は兎のようになっていたのだ。私はまだ子供のころにはずいぶん眼を患らって祖父母を悩ませたものであるが、大きくなってからは一度も医者にかかったことがなかった。洗眼一つしたことがなかったので、不安はよけい激しかった。
 それに私を不安にするのは、こうした充血が確実に病気の進行を意味しており、一度充血した眼は、もう絶対に恢復(かいふく)することがないからである。もちろん充血はすぐ除れるが、しかし一度充血するとそれだけ視力が衰えているのである。そして、こういうことが重なり重なって、一段一段と悪くなり、やがて神経痛が始まったり、眼の前に払っても払っても除れない黒いぶつぶつが飛び始める。塵埃のようなそのぶつぶつは次第に数を増し、大きくなり、細胞が成長するように密著し合ってついに盲目が来るのである。これは結節癩患者が、最も順調に病勢の進行した場合であるが、その他にも強烈な神経痛で一夜のうちに見えなくなったり、見えなくなってはまた見え、また見えなくなっては見えしているうちについに失明してしまったり、それは色々の場合がある。とにかく充血は盲目に至る最初の段階なのである。
 癩でもまだ軽症なうちは、自分が盲目になるなどなかなか信ぜられるものではない。盲人を眼の前に見ている時は、ああ自分もそうなるのかなあ、と歎息するが、盲人がいない所ではたいてい忘れているし、芯から俺は盲目になると実感をもって思うことなどできないのである。
 私もやっぱりそうで、たとえ盲目になることに間違いはないとしても、そう易々(やすやす)とはならないに違いない、おそらくは何年か先のことであろう、それまでに死ねるかもしれない、などと思って、身近なこととして感ずることができなかった。ところがこの充血である。私は否応なく、自分が盲目に向かって一歩足を進めたことを思わねばならなかった。床の中で、私はもうこのまま見えなくなってしまうのではあるまいかと思ったりした。すると五分と眼を閉じたままでいることができなかった。幾度も、そっと開けてみてはまたつぶった。
 九時になると、私は右の眼を押えて、不用意に開くようなことがあっても光線のはいらぬようにして、医局へ出かけた。
 眼科の待合室にはいってみると、すでにもう二十人あまりもの人が待っている。私は片方の眼で、それらの一人びとりを注意深く眺めた。誰も彼もみな盲目の一歩手前を彷徨(ほうこう)している人々ばかりである。みんなうつむき込んで腰をかけ、眼を閉じ、光線を恐れるように見えた。誰かに話しかけられて貌(かお)をあげる時でも決して充分眼を開くということはなかった。
 そのうち、特に目立つのは、まだ年若い女が二人、並んで腰掛けている姿だった。一人は熱心なクリスチャンで、健康だった時分は小学校の教師であったという。いくらか面長な貌で鼻その他の恰好もよく、全体と調和がとれ、その輪廓から推(お)して以前はかなり美しい女であったに違いない。しかしいかんせん、すでに病勢は進み眉毛はなく、貌色が病的に白い。皮膚の裏に膿汁がたまっているような白さである。
 もう一人の女は、まだ二十二、三であろうと思われる若さで、全体の線が太く、ちょっと楽天的なものを感じさせる。貌の色は前の女とほとんど同じであったが、こちらはその白さの中になんとなく肉体的な魅力を潜めている。よく肥えていて、厚味のある胸や腰は、ある種の男性を惹(ひ)きつけねば置かないものがあるが、それは、いま腐敗しようとするくだものの強烈な甘さ、そういったものを思わせる。二人とも、もうほとんど失明していた。
 私は暗たんたるものを覚えながらも、ちょっとした充血くらいでこんなに不安を覚えている自分が羞(は)ずかしく思われた。みんな明日にも判らぬ盲目を前にして黙々と生きているじゃないか、死ねなかったから生きているだけじゃないかと軽蔑するのは易(やす)い、しかし生きているというこの事実は絶対のものでありそれ自身貴いのだ、とそんなことを考えるのだった。
 もう大分前のことだったが、私はこういう文字を読んだことがある。「癩者の復活など信じられないし――(むしろ死が美しく希(のぞ)ましい場合もある)――不健康な現実への無責任な拝跪(はいき)など、末期以外には感じられない。生というものはだいたい不健康な部分に対して仮借なく、審判し排除する物である」
 これを読んだあと、数日は夜も睡(ねむ)ることができなかった。この無慈悲な言葉が、私にはどうにも真実と思われたからである。しかし今はこんな言葉は信用しない。死が美しく希ましい場合など一つだってありはしないのである。私はまた理くつがいいたくなったようだが、それはやめにしよう。しかしただひとつだけいいたいのは、癩者の世界は少しも不健康ではない、ということである。これだけの肉体的苦痛、それを背負って、しかも狂いもせず生きているということは、それだけでも健康、何ものにも勝って健康である証拠ではないか! 肉体的不健康など問題ではない。また右の言葉を吐いた人も肉体上の不健康などを問題にするほど頭の下等な人ではないことを信じている。ドストエフスキーは癲癇(てんかん)と痔と肺病をもっていたのである。そのうち、呼ばれたので私は暗室の中へはいった。学校を出たばかりと思われる若い医者は、
 「どうしたのですか」とまだ私が椅子(いす)にもつかないうちにいった。
 「いや、ちょっと充血したものですから」
 「そう。どれどれ。ふうむ、大分使い過ぎましたね」瞼をひっくり返し、レンズをかざして覗(のぞ)き込みながらいった。「少し休むんですね。疲れていますよ」
 私は洗眼をしてもらい、眼薬をさしてもらって外へ出た。出がけに医者は白いガーゼと眼帯をくれた。私はその足ですぐ受付により、硼酸水と罨法(あんぽう)鍋とを交付してもらって帰った。

 私は生まれて初めての眼帯を掛けると、友だちを巡って訪ねた。
 誰でもこの病院へ来たばかりのころは、周囲の者がみなどこか一ヶ所は繃帯を巻いているので、自分に繃帯のないことがなんとなく肩身の狭いような感じがして、たいして神経痛もしないのにぐるぐると腕に巻いてみたり足に巻いてみたりして得意になる。奇妙なところで肩身が狭くなるものだ。まるきり院外にいたころとは反対である。私が友だちのところを巡ったのも幾分そんな気持に似たところがあった。眼帯など掛けたことのない俺が掛けているのを見ると、みんなびっくりしたり、珍しがったりして色々のことを訊くに違いない――と。たあいもないことであるが、我ながら眼帯を掛けた自分の姿が珍しかったのだ。
 友人たちは案の条珍しがって色々のことを訊いた。
 「おい、どうしたい。眼帯なんか掛けて、ははあまた雨を降らせるつもりだな」
 「うん? 充血した。そいつあいけない。大事にしろよ。盲目になるから」
 「はははは、いい修業さ」「そろそろいかれ[#「いかれ」に傍点]始めたかな。もうそうなりゃしめたもんだ。確実に盲目(めくら)になるからな。今のうちに杖の用意をしとくんだなあ。俺、不自由舎に識り合いがあるから一本貰って来てやっても良いよ」
 みんなはそんな風なことをいって、私をおどかしたり笑ったりした。私はわざと大げさに悲観している風を見せたり、盲目、そんなもの平気だ、と大きなことをいったりした。しかし内心やはり憂鬱で不安でならなかった。そして片眼を覆うということがいかに不快極まるものであるかを思い知らされたのであった。もっとも、慣れてしまえばなんでもないのだろうけれども、しかしそう容易に慣れられるものではなかったし、私の場合になってみると、今までそんなに悪いとも思わなかつた眼が不意に充血し、今や盲目の世界に向かって一歩足を踏み入れたのだという感じ、その感じがあるものだから余計暗い気持にならされたのである。
 私は終日いらいらした気持で暮らした。何か眼のさきに払っても払っても無くならない黒い幕のようなものが垂れ下がって、絶えず眼界を邪魔しているような感じがしてならないのだ。すると暑くもないのに体中にじりじり汗が出て頭に血が上り、腹が立って来て一日に十度も十一度も眼帯をむしり取る。むしり取るたびに強い光線がはいり、瞼の下が痛むので、いけない、と自分を叱ってまた掛けるのだった。あたりがなんとなく暗がっているように感じられて、明るい真昼間でありながら、なんとなく夜のような気がする。今はたしかに明るい昼だ、しかし、はたしてほんとにこれが昼だろうか、これが光のある昼だろうか、これは夜ではないだろうか、これがほんとに昼だとしたら、夜というものはどこにあるのだろう、昼と夜とを区別して考える人間の習慣ははたして真実のものだろうか、夜というものは、この明るい何でも見える昼の底に沈んで同時にあるのではあるまいか……そんなことを考えたりするのだった。
 が、何よりも困ったのは見当の外れることだった。例えば湯呑にお茶をついだりする場合きっと畳にこぼした。自分ではちゃんと見当をつけてついでいる気でいながら、実は外れていて湯呑の外へ流しているのである。家の中にいると憂鬱でたまらないので、私は一日中、方々を歩きまわったが、どうにも足の調子がうまくとれないのである。低いと思った所が意外に高かったり、向こうの方にあるはずであるのがすぐ側にあったりして、ともすればつまずいてよろけるのだ。
 文字を書いてもやはりそうだった。その時ちょうどこの病院を退院して働いている友だちから手紙が来たので、その返事を書こうとかかったが、どうしても行をまっすぐに書くことができなかった。私はつくづく情けなくなった。ただ片眼を失うだけでもこんなに生活が狂って来るものなのかと。もしこれが両眼とも見えなくなったらどんなであろう、その上指が落ち、あるいは曲がり、感覚を失ったりしたら、それでもやっぱり生きて行けるだろうか。私はこの広い武蔵野の中に住んでいながら、まるきり穴のない、暗い、小さな、井戸の底にでもいるような気がした。生きているということ、そのことすらも憎みたくなった。憎み切り[#「憎み切り」に傍点]たいとさえ思った。
 だが、と私は自省する。憎みきりたいと思うことは今日だけか、今度が初めてかと。病気になって以来幾度となく考えたことではなかったか、いや、発病以来三ヶ年の間、一日として死を考えなかったことがあるか、絶え間なく考え、考えるたびにお前は生への愛情だけを見て来たのではなかったか、そして生命そのものの絶対のありがたさを、お前は知ったのではなかったか、お前は知っているはずだ、死ねば生きてはいないということを! このことを心底から理解しているはずだ。死ねばもはや人間ではないのだ、この意味がお前には判らんのか。人間とは、すなわち生きているということなのだ、お前は人間に対して愛情を感じているではないか。自分自身が人間であるということ、このことをお前は何よりも尊敬し、愛し、喜びとすることができるではないか――夜になって、床にはいるたびに私はこういうことを自問自答するのであった。
 私は心臓が弱いのでちょっと昂奮するとすぐ脈搏が速くなりそれが頭に上って眠れない。こういう自問自答をしている時は定まってどきどきと動悸(どうき)がうつ。睡眠不足は悪影響を及ぼして、翌日になると余計充血が激しかったりするのだった。

 私は一日に三回、二十分ないし三十分くらいずつの長さで眼を罨法した。医局から貰って来た硼酸水を小さな罨法鍋に移し、火をかけてぬるま湯にすると、それをガーゼに浸して眼球の上に載(の)せて置くのである。仰向(あおむ)けに寝転んで、私はじっとしている。ほのかな温(ぬく)もりが瞼の上からしみ入って来て、溜まった悪血が徐々に流れ去って行くような心地良さである。その心地良さの中にはいい様のない侘(わび)しさが潜んでいる。癩になって、こうした病院へはいり、この若さのままいっさいを、投げ捨てて生きて行かねばならない、そうした自分の運命感が、その心地良さの底深く流れているためである。
 私はふとこういうことを思い出した。それは私が入院してからまだ二、三ヶ月にしかならないころだった。もう夕方近く、私は同室の者に連れられて初めて女舎へ遊びに行ったのである。それは女の不自由舎であったが、その舎はかなり古い家だったので、部屋の中はひどい薄暗さで、天井は黒ずみ、畳は赤茶けた色で湿気(しけ)ていた。私はまだこの病院に慣れていなかったので、部屋の中へはいるのがなんとなく恐怖されるのだった。暗い穴蔵の中へでもはいって行くような感じがしてならないのである。が慣れきった友人がどんどんはいってしまったので、私も後についてはいった。私たちは若い附添婦にお茶をすすめられて呑んだ。
 そのうち、附添婦の一人が――この部屋には二人いた、たいてい一部屋一人であるが――廊下から蓙(ござ)を一枚抱えて来て畳の上に拡げた。どうするのかと、好奇心を動かせながら眺めていると私が今使っているのと同じ罨法鍋がその蓙の上に六箇、片側に三つずつ二列に並べられるのであった。するともう盲目の近づいた六人の少女が向かい合って鍋を前にして坐り、じっとうつむいたまま罨法を始めた。揃(そろ)って鍋の中のガーゼをつまみ上げてはしぼり、しぼったガーゼを静かに両眼にあてて手で押えている。じょじょじょじょと硼酸水がガーゼから滴(した)たり鍋の中に落ちた。
 私はその時、人生そのものの侘しさを覚えた。真黒い運命の手に掴まれた少女が、しかし泣きも喚(わめ)きもしないで、いや泣きも喚きもした後に声も涙も涸(か)れ果てて放心にも似た虚(うつ)ろな心になってじっと耐え、黙々と眼を温めている。温めても、結局見えなくなってしまうことを知りながらも、しかし空しい努力を続けずにはいられない。もう暗くなりかかった眼を、もう一度あの明るい光の中に開きたい、もう一度あの光を見たい、彼女らは、全身をもってそう叫んでいるようであった。これを徒労と笑う奴は笑え、もしこれが徒労であるなら、過去幾千年の人類の努力はすべて徒労ではなかったか! 私は貴いと思うのだ。
 充血はなかなかとれなかった。気の短い私も、ことが眼のことになるとそう短気を起こしていられなかったので、毎日根気良く罨法を続けた。初めに馬鹿にした友人たちも、あまり充血の散るのが遅いので、心配して見舞いに来るようになった。眼科の治療日にはかかさず出かけて洗眼し、薬をさしてもらった。
 ところが、そうしたある日、私は久しぶりで十号病室の附添夫をやっているTのところへ遊びに行き、意外なところで良くなる方法を発見した。発見といっても、私だけのことで、知っている人はすでにみなやっているのであるが、私はうれしかったのでまるで自分が発見したことのように思った。それは吸入器を眼にかけて洗眼と罨法を同時に行なうのである。
 Tは私よりずっと眼は悪く、片方はほとんど見えないし、良く見えるという方も、もう黒いぶつぶつが[#「ぶつぶつが」に傍点]飛び廻って見え、盲目になるのも決して遠いことではないと自覚し、覚悟しているほどである。だから眼のことになると私なんかより十倍もくわしい。だからこの男の前では私は、羞ずかしくて自分の眼のことなどいわれた義理でないのであるが、しかし、私の最も親しい友人であるし、彼もまた私を心配して、
 「俺、毎日、夕方吸入かけてるんだが、君もかけてみないか」とすすめてくれた。
 タンクの水がくらくらと煮立ち、やがてしゅっと噴き出した霧の前に坐ると、私はひどく気味が悪くなって来た。
 「おい、煮え湯が霧にならないで、かたまったまま飛び出してくるようなことはないかい。気味が悪いなあ」
 「そりや、無いとはいえんよ。そうなったら盲目になりゃいいさ」
 「おいおい、ほんとか」
 笑っているので、私は安心して霧の中に貌をつっ込んだ。
 「はははは。鼻にばかり霧は吹きつけてるじゃないか、そうそう、もうちょっと下だ、よし。眼を開けてなきゃ駄目だ、そう、かっと開けてるんだ、目玉を少々動かして――」
 私は彼のいうとおりにし、思いきって眼を開き、目玉を動かせた。貌一面に吹きつけて来る噴霧は、冷えびえとした感触で皮膚を柔らげ、鼻の先からはぽつんぽつんと雫(しずく)がしたたり、顎の下へ流れ込んだ。良い気持だった。すると彼は急に腹をかかえて笑い出した。なんだい、と訊(き)くと、
 「うははは。なんだいそのだらしのない恰好は。水っ鼻を垂(た)らして、涎(よだれ)をだらだら垂らして、うはははまるで泣きべそかいた子供より見っともないぞ」
 「ちえ。俺は良い気持さ」
 やがて適量の硼酸水を終わると、私は手拭(てぬぐい)で貌を拭(ふ)いた。さっぱりとした気持だ。四、五日こうしたことを続けているうち、私の充血はすっかり消えた。
 「しかし吸入なんかかけても、やがて効かなくなるよ。だがまあ君の眼ならここ五年や六年で盲目になるようなことはないよ」
 「五年や六年でか」私はあまりに短いと思われたのだ。
 「今のうちに書きたいことは書いとけよ」
 彼は真面目な調子でいった。私は黙ったまま頷(うなず)いた。
(昭和十一年『文学界』九月号)

※一部、東京創元社の「定本北條民雄全集 下」(創元文庫版)を元に訂正しました。(校正者注)

底本:「いのちの初夜」角川文庫、角川書店
   1959(昭和34)年9月15日初版発行    1979(昭和54)年7月30日改版18版発行
初出:「文学界」1936年9月号
入力:もりみつじゅんじ
校正:大野晋


青い顏

三島霜川




古谷(ふるや)俊男(としを)は、椽側(えんがは)に据(す)ゑてある長椅子に長くなツて、兩(りやう)の腕で頭を抱(かゝ)へながら熟(じつ)と瞳(ひとみ)を据(す)ゑて考込むでゐた。體(からだ)のあいた日曜ではあるが、今日のやうに降ツては何(ど)うすることも出來ぬ。好(すき)な讀書にも飽(あ)いて了(しま)ツた。と謂(い)ツて泥濘(ぬかるみ)の中をぶらつ[#「ぶらつ」に傍点]いても始まらない。で此(か)うして何(な)んといふことは無く庭を眺めたり、また何(な)んといふことはなく考込むでボンヤリしてゐた。此の二三日絲(いと)のやうな小雨(こさめ)がひツきりなしに降續いて、濕氣(しつき)は骨の髓(ずゐ)までも浸潤(しんじゆん)したかと思はれるばかりだ、柱も疊も惡く濕氣(しつけ)て、觸(さは)るとべと/\する。加之(それに)空氣がじめ/\して嫌(いや)に生温(なまぬる)いといふものだから、大概(たいがい)の者は氣が腐(くさ)る。
「嫌な天氣だな。」と俊男は、奈何(いか)にも倦(う)んじきツた躰(てい)で、吻(ほ)ツと嘆息(ためいき)する。「そりや此樣(こん)な不快を與へるのは自然の威力で、また權利でもあるかも知れん。けれども此樣(こん)な氣候にも耐えてゐなければならんといふ人間は意久地(いくぢ)無(な)しだ。要するに人間といふ奴(やつ)は、雨を防(ふせ)ぐ傘を作(こしら)へる智慧(ちゑ)はあるが、雨を降らさぬやうにするだけの力がないんだ。充(つま)らん動物さ、ふう。」と鼻の先に皺(しわ)を寄せて神經的の薄笑(うすわらひ)をした。
何しろ退屈(たいくつ)で仕方(しかた)が無い。そこで少し體を起して廣くもない庭を見※して見る。庭の植込(うゑこみ)は雜然(ざつぜん)として是(これ)と目に付(つ)く程の物も無い。それでゐて青葉が繁(しげ)りに繁(しげ)ツてゐる故(せい)か庭が薄暗い。其の薄暗い中に、紅(べに)や黄の夏草の花がポツ/\見える。地べたは青く黒ずむだ苔(こけ)にぬら/\してゐた………眼の前の柱を見ると、蛞蝓(なめくぢ)の這(は)ツた跡(あと)が銀の線のやうに薄(う)ツすりと光ツてゐた。何を見ても沈(しづむ)だ光彩(くわうさい)である。それで妙に氣が頽(くづ)れて些(ちつ)とも氣が引(ひ)ツ立たぬ處へ寂(しん)とした家(うち)の裡(なか)から、ギコ/\、バイヲリンを引(ひ)ツ擦(こす)る響が起る。
「また始めやがツた。」と俊男は眉(まゆ)の間に幾筋(いくすぢ)となく皺(しわ)を寄せて舌打(したうち)する。切(しきり)に燥々(いら/\)して來た氣味(きみ)で、奧の方を見て眼を爛(きら)つかせたが、それでも耐(こら)えて、體を斜(なゝめ)に兩足をブラり椽(えん)の板に落してゐた。
俊男は今年(ことし)三十になる。某(ぼう)私立大學(しりつだいがく)の倫理(りんり)を擔任(たんにん)してゐるが、講義の眞面目(まじめ)で親切である割(わり)に生徒の受(うけ)が好(よ)くない。自躰(じたい)心に錘(おもり)がくツつい[#「くツつい」に傍点]てゐるか、言(ことば)にしろ態度にしろ、嫌(いや)に沈むでハキ/\せぬ。加之(それに)妙にねち/\した小意地(こいぢ)の惡い點があツて、些(ちつ)と傲慢(ごうまん)な點もあらうといふものだから、何時(いつ)も空を向いて歩いてゐる學生(がくせい)等(ら)には嫌はれる筈だ。性質も沈むでゐるが、顏もくすむでゐる、輪廓(りんくわく)の大きい割に顏に些(ちつ)ともゆとりが無く頬(ほゝ)は※(こ)けてゐる、鼻は尖(とが)ツてゐる、口は妙に引締ツて顎(あご)は思切つて大きい。理合(きめ)は粗(あら)いのに、皮膚の色が黄ばんで黒い――何方(どちら)かと謂へば營養不良(えいやうふりやう)といふ色だ。迫(せま)ツた眉には何(な)んとなく悲哀(ひあい)の色が潛(ひそ)むでゐるが、眼には何處(どこ)となく人懷慕(ひとなつこ)い點(とこ)がある。謂(い)はゞ矛盾(むじゆん)のある顏立だ。恐らく其の性質にも、他人には解(わか)らぬ一種の矛盾があるのではあるまいか。
彼は今別に悲しいとも考へてゐない。然(さ)うかと謂(い)つて勿論嬉しいといふやうなことも思ツて居らぬ。たゞ一種淋しいといふ感に強く壓付(おしつ)けられて、妄(むやみ)と氣が滅入(めい)るのであツた。
何故(なぜ)家は此(か)うなんだらうと、索寞(さくばく)といふよりは、これぢや寧(むし)ろ荒凉(くわうりやう)と謂(い)ツた方が適當だからな。」と呟(つぶや)き、不圖(ふと)また奧を覗(のぞ)いて、燥(いら)ツた聲で、「喧(やかま)しい! おい、止(よ)さんか。其樣(そん)なもの………」と喚(わめ)く。
返事は無くツて、バイヲリンの音(ね)がバツタリ止む。
俊男はまた頽默(ぐつたり)考込むだ。絲のやうな雨が瓦を滑(すべ)ツて雫(しづく)となり、霤(あまおち)に落ちて微(かすか)に響くのが、何かこツそり囁(さゝや)くやうに耳に入る。
少時(しばらく)すると、
貴方(あなた)、何を其樣(そん)なに考込むでゐらツしやるの。」
此(か)う呼掛けて、ひよツくり俊男の前に突ツ立ツたのは妻(さい)の近子(ちかこ)で。
俊男(としを)はヂロリ妻の顏を見て、「別に何も考へてゐやしないさ。」
「でも何(な)んだか妙な顏をしてゐらツしやいますのね。」
「そりや頭が重いからさ。ところへ上手(じやうず)でもないバイヲリンをギコ/\彈(や)られるんだから耐(たま)らんね。」
近子は些(ちよい)と嫌な顏をして、「それでも貴方(あなた)、何(ど)うかすると彈(や)れツて有仰(おつしや)ることがあるぢやありませんか。」
「そりや機嫌の好(よ)い時のことさ。」と輕(かろ)く眞面目(まじめ)にいふ。
「まア。」と近子は呆(あき)れて見せて、「隨分(ずゐぶん)勝手(かつて)なんでございますね。」
當然(あたりまへ)さ。恐らく近頃の人間で勝手でない者はありやしない。」
然(さ)うでせうか。」と空恍(そらとぼ)けたやうにいふ。
然(さ)うさ。お前だツて俺(おれ)の大嫌(だいきらひ)なことを悦(よろこ)んで行(や)ツてゐることがあるぢやないか。現(げん)に俺(おれ)が思索(しさく)に耽(ふけ)ツてゐる時にバイヲリンを彈(ひ)いたりなんかして………」
「それは濟(す)みませんでしたのね。私(わたし)はまた此樣(こん)な天氣で氣が欝々(うつ/\)して爲樣(しやう)が無かツたもんですから、それで。」と何か氣怯(きおそれ)のする躰(てい)で悸々(おど/\)しながらいふ。
然(さ)うかね。併(しか)し然う一々天氣にかこつけ[#「かこつけ」に傍点]られちや、天氣も好(い)い面(つら)の皮といふもんさ。」と苦笑(にがわらひ)して、「だが幾ら梅雨(つゆ)だからツて、此(か)う毎日々々降られたんぢや遣切(やりき)れんね。今日は日曜だから、お前と一緒(しよ)に何處(どこ)へか出掛けやうと思ツてゐたんだが、これぢや仍且(やつぱり)家(うち)で睨合(にらみあひ)をしてゐるしかないな。」
「私と一緒に? ま、巧(うま)いことを有仰(おつしや)るのね。」と眼に嘲(あざ)む色を見せる。
何故(なぜ)?………俺(おれ)だツて其樣(そん)なに非人情(ひにんじやう)に出來てゐる人間ぢやないぞ。偶時(たま)には妻(さい)の機嫌を取ツて置く必要もある位のことは知ツてゐる。」
何(ど)うですか。隨分道具(だうぐ)あつかひされてゐるんですからね。」
「そりや無論(むろん)道具よ。女に道具以上の價値(かち)があツて耐(たま)るものか。だがさ、早い話が、お前は大事な着物を虫干(むしぼし)にして樟腦(しやうなう)まで入れて藏(しま)ツて置くだらう。俺(おれ)がお前を連れて出やうといふのは、其の虫干の意味に過ぎないのさ。解(わか)ツたかね。」と無意味な眼遣(めづかひ)で妻(つま)の顏を見てニヤリとする。
近子は輕くお叩頭(じぎ)をして、「何(ど)うも御親切に有難うございます。」と叮嚀(ていねい)に謂(い)ツたかと思ふと、「ですが、其樣(そん)なにおひやら[#「おひやら」に傍点]ないで下さいまし。幾ら道具でも蟲がありますからね。」
「おい/\、何を其樣(そん)なに膨(ふく)れるんだ。誰もおひやり[#「おひやり」に傍点]はしないよ。」
「だツて貴方(あなた)、此の雨を見掛けて、見透(みえす)くやうなことを有仰(おつしや)るんですもの。ま、然(さ)うでせう、貴方(あなた)と御一緒(ごいつしよ)になツてから、もう三年にもなりますけれども、何時(いつ)の日曜に散歩でも仕(し)て見ないかと有仰(おつしや)ツたことがあツて? 何時(いつ)だツて家(うち)にばかり引込むで他(ひと)を虐(いび)ツてばかりゐらツしやるのぢやありませんか。」
全く然(さ)うでないとも謂(い)はれぬので、俊男(としを)は默ツて、ニヤ/\してゐたが、ふいと、「そりや人には氣紛(きまぐれ)といふものがあるさ。」
「ぢや、氣紛(きまぐれ)で私(わたくし)を虫干(むしぼし)になさるんですか。」
然(さ)うさ、氣紛(きまぐれ)でもなけア、俺(おれ)にはお前を虫干にして遣(や)る同情さへありやしない。正直なところがな。」と思切(おもひき)ツていふ。感情が昂(たかま)ツて來たのか、瞼(まぶた)のあたりにぽツと紅(べに)をさす。
其樣(そん)なに私(わたし)が憎(にく)いんですか。憎いなら憎いやうに………」と嚇(かつ)とした躰(てい)で、突ツかゝり氣味(ぎみ)になると、
「いや、誰も憎いとは謂(い)はんよ。憎いんなら誰に遠慮(ゑんりよ)も義理もあるもんか、とツくに追(お)ン出(だ)して了(しま)ふさ。俺(おれ)のは憎いんでもない[#原文まま]ければ可愛(かあい)いといふんでもない………たゞしツくり性(しやう)が合はんといふだけのことなんだ。趣味(しゆみ)も一致(いつち)しなければ理想も違ふし、第一人生觀が違ふ………、おツと、またお前の嫌(いや)な難(むづか)しい話になツて來た。此樣(こん)なことは、あたら口(くち)に風(かぜ)といふやつなのさ。」
「ぢや、すツぱりとお暇(ひま)を下すツたら可(い)いでせう。」
「そりや偶時(たま)には然(さ)う思はんでも無いな。併(しか)しお前は俺には用(よう)のある人間だ。」
「用なんか、下婢(げぢよ)で結構間に合ひますわ。」
「大きに御尤(ごもつとも)だ。だが下婢(げぢよ)は下婢(げぢよ)、妻(さい)は妻(さい)さ。下婢(げぢよ)で用が足りる位なら、世間の男は誰だツてうるさい[#「うるさい」に傍点]妻(さい)なんか持ちはしない。」
又かと思ふと氣持が惡くなつて胸が悶々(もだ/\)する。でも近子(ちかこ)は熟(じつ)と耐(こら)えて、
然(さ)う有仰(おつしや)れば、女だツて仍且(やつぱり)然(さ)うでございませうよ。出來る事なら獨(ひとり)でゐた方が幾ら氣樂(きらく)だか知れやしません。」と冷(ひやゝか)にいふ。
然(さ)うよ、奴隷(どれい)よりは自由民の方が好(よ)いからな。」
然(さ)うですとも。」
其(そ)んなら何故(なぜ)、お前は俺(おれ)のやうな所天(をつと)を擇(えら)んだんだ。」
「誰も貴方(あなた)を擇びはしませんよ。」と謂(い)ツて、少し顏を赧(あか)め、口籠(くちごも)ツてゐて、「貴方(あなた)の方で、私をお擇びなすツたのぢやありませんか。」
然(さ)うだツたかな。」と空(そら)ツ恍(とぼ)けるやうに、ちらと空を仰(あほ)ぎながら、「とすりや、そりや俺(おれ)がお前を擇(えら)んだのぢやない、俺の若い血がお前に惚(ほ)れたんだらう。」
「それは何方(どつち)だツて可(よ)うございますけれども、私は何も自分から進むで貴方(あなた)と御一緒になツたのぢやございませんから、何(ど)うぞ其のお積(つもり)でね。」
可(い)いさ、俺(おれ)もそりや何方(どつち)だツて可(い)いさ。雖然(けれども)是(これ)だけは自白(じはく)して置く。俺はお前の肉(にく)を吟味(ぎんみ)したが、心は吟味(ぎんみ)しなかツた。ところで肉と肉とが接觸したら、其の渇望(かつばう)が充(みた)されて、お前に向ツて更に他(た)の望(のぞみ)を持つやうになツた。而(す)るとお前は中々此の望を遂(とげ)させて呉れるやうな女ぢやない、で段々(だん/\)飽いて來るやうになツたんだ。お前も間尺(ましやく)に合はんと思ツてゐるだらうが、俺(おれ)も充(つま)らんさ。或意味からいふと葬(はふむ)られてゐるやうなものなんだからね。何しろ此の家(うち)の淋しいことは何(ど)うだ。幾ら人數(にんず)が少ないと謂(い)ツて、書生もゐる下婢(げぢよ)もゐる、それで滅多(めつた)と笑聲さへ聞えぬといふのだから、恰(まる)で冬の野(の)ツ原(ぱら)のやうな光景だ。」
其(それ)は誰(たれ)の故(せい)なのでございませう。」
「誰の故(せい)かな。」
私(わたし)は貴方(あなた)に無理にお願をしてバイヲリンの稽古(けいこ)までして、家庭を賑(にぎやか)にしやうと心掛けてゐるやうな譯ぢやございませんか。」
「其のバイヲリンがまた俺の耳觸(みゝざわり)になるんだ。あいにくな。」
「それぢや爲方(しかた)が無いぢやありませんか。」
眞個(まつたく)爲方(しかた)が無いのさ。」
「ぢや何(ど)うしたら可(い)いのでございませう。」
解(わか)らんね。要するにお前の顏は紅(あか)い、俺の顏は青い。それだから何(ど)うにも爲樣(しやう)のないことになつてゐる。」
爲樣(しやう)があらうが有るまいが、それは私(わたし)の知ツたことぢやない! といふやうな顏をして、近子(ちかこ)はぷうと膨(ふく)れてゐた。そして軈(やが)て所天(をつと)の傍(そば)を離れて、椽側(えんがは)を彼方(あつち)此方(こつち)と歩き始めた。俊男(としを)はまた俊男で、素知らぬ顏で降(ふり)濺(そゝ)ぐ雨に煙る庭の木立(こだち)を眺めてゐた。
此の突(つ)ツ放(ぱな)すやうな仕打をされたので、近子は些(ちつ)と拍子抜(ひやうしぬけ)のした氣味であつたが、何(な)んと思つたのか、また徐々(そろ/\)所天(をつと)の傍へ寄ツて、「貴方(あなた)は、何(な)んかてえと家(うち)が淋しい淋しいツて有仰(おつしや)いますけれども、そりや家に病身の人がゐりや、自然(しぜん)陰氣(いんき)になりもしますわ。」
別に深い意味で謂(い)ツたのでは無かツたが、俊男は何んだか自分に當付(あてつ)けられたやうに思はれて、グツと癪(しやく)に障(さわ)ツた。
「フム、其(それ)ぢや何(な)んだな、お前は俺(おれ)が此の家を陰氣にしてゐるといふんだね。」と冷靜に謂(い)ツて、さて急に激越(げきえつ)した語調となる。「成程(なるほど)一家(いつか)の中(うち)に、體の弱い陰氣な人間がゐたら、他(はた)の者は面白くないに定(きま)ツてゐる。だが、虚弱(きよじやく)なのも陰欝(いんうつ)なのも天性(てんせい)なら仕方がないぢやないか。人間の體質や性質といふものが、然(さ)うヲイソレと直されるものぢやない。俺(おれ)の虚弱なのと陰鬱なのとは性得(うまれつき)で、今更自分の力でも、また他(ひと)の力でも何(ど)うすることも出來やしない。例(たと)へばお前の頬(ほ)ツぺたの紅(あか)いを引(ひ)ツ剥(ぺ)がして、青くすることの出來ないやうな。」と細(こまか)に手先を顫(ふる)はせながら躍起(やつき)となツて叫ぶ。
「ま、貴方(あなた)も大概(たいがい)にしときなさいよ。私は貴方(あなた)の體の虚弱なことや氣難(きむづか)しいことを惡いとも何(な)んとも謂(い)ツたのぢやありません。ただ貴方(あなた)が家(うち)が淋しくツて不愉快だと仰有(おつしや)ツたから、それは誰の故(せい)でもない、貴方(あなた)御自身の體が惡いからと謂(い)ツたまでのことなんです。男らしくもない、弱い者いぢめも好(い)い加減(かげん)になさるものですよ。」とブツ/\いふ。其の態度が奈何(いか)にも冷(ひやゝか)で、謂(い)ふこともキチンと條理(でうり)が立ツてゐる。
俊男は其の怜(さか)しい頭が氣に適(く)はぬ。また見たところ柔和(にうわ)らしいのにも似ず、案外(あんぐわい)理屈(りくつ)ツぽいのと根性(こんじやう)ツ骨(ぽね)の太いのが憎(にく)い。で、ギロリ、其の横顏を睨(にら)め付けて、「然(さ)うか。それぢやお前は、俺(おれ)は馬鹿でお前が怜悧(れいり)だといふんだね。宜(よろ)しい、弱い者いぢめといふんなら、俺(おれ)は、ま、馬鹿になツてねるとしやう。俺(おれ)の方が怜悧(れいり)になると、お前は涙といふ武器で俺を苦しめるんだからな。雖然(けれども)近(ちか)、斷(ことは)ツて置くが、陰欝(いんうつ)なのは俺の性分で、書(しよ)を讀むのと考へるのが俺の生命だ。丁度お前が浮世(うきよ)の榮華(えいぐわ)に憬(あこがれ)てゐるやうに、俺は智識慾に渇(かつ)してゐる………だから社交も嫌(いや)なら、芝居見物も嫌さ。家を賑(にぎやか)にしろといふのは、何(なに)も人を寄せてキヤツ/\と謂(い)ツてゐろといふのぢやない。お互(たがひ)の間(なか)に暖(あつたか)い點(とこ)があツて欲しいといふことなんだ………が、俺(おれ)の家では、お前も獨(ひとり)なら、俺も獨(ひとり)だ。お互に頑固に孤獨を守ツてゐるのだから、從(したが)ツてお互に冷(ひや)ツこい。いや、これも自然の結果なら仕方が無い。」
何故(なぜ)お互に獨(ひとり)になツてゐなければならないのでせう。」
「色が違ふからさ。お前は紅(あか)い、俺は青い。」
「それぢや何方(どつち)がえらいのでせう。」
「そりや何方(どつち)だか解(わか)らんな。何方(どつち)でも自分の色の方にした方がえらいのだらう。」
恰(まる)で喧嘩(けんくわ)をしてゐるやうなものですのね。」
「無論然(さ)うさ、夫婦といふものは、喧嘩をしながら子供を作(こさ)へて行くといふに過ぎんものなんだ。」
「では私等(わたしたち)は何(ど)うしたのでせう、喧嘩はしますけれども、子供は出來ないぢやありませんか。」
「恐らく體力が平均しないからだらう。お前からいふと、俺(おれ)が虚弱(きよじやく)だからと謂(い)ひたからうが、俺からいふとお前が強壮(きやうさう)過(す)ぎると謂(い)ひたいね。併(しか)し他一倍(ひといちばい)喧嘩(けんくわ)をするから可(い)いぢやないか。夫婦の資格は充分だ………他人なら此樣(こん)なに衝突(しようとつ)しちや一日も一緒にゐられたものぢやない。」
近子は成程(なるほど)然(さ)うかとも思ツて、「ですけども、私等(わたしたち)は何んだツて此樣(こん)なに氣が合はないのでせう。」と心細いやうに染々(しみ/″\)といふ。
「お互にスツかり缺點(あら)をさらけ出して了(しま)ツたからよ。加之(おまけに)體力の不平均といふのも重(かさ)なる原因になツてゐる。自體女は生理上から謂(い)ツて娼妓(しやうぎ)になツてゐる力のあるものなんだ、お前は殊に然(さ)うだ!」
近子は眥(きれ)の長い眼を嶮(けは)しくして、「何(な)んでございますツて。」
「ふゝゝゝ。」と俊男(としを)は快(こゝろよ)げに笑出して、「腹が立ツたかね。」
「だツて其樣(そん)な侮辱(ぶじよく)をなさるんですもの。」
「侮辱ぢやない、こりや事實だ。尤(もつと)も女の眼から見たら男は馬鹿かも知れん。何樣(どん)な男でも、丁度俺のやうに、弱い體でもツて一生懸命に働いて、強壮な女を養(やしな)ツてゐるのだからな。」
「其の代(かは)り女にはお産といふ大難(だいなん)があるぢやありませんか。」
「そりや女の驕慢(けうまん)な根性(こんじやう)に對する自然の制裁(せいさい)さ。ところで嬰兒(あかんぼ)に乳を飲ませるのがえらいかといふに、犬の母だツて小犬を育てるのだから、これも自慢(じまん)にはならん。とすれば女は殆ど無能力な動物を以(もつ)て甘(あま)ンじなければならん。ところが大概(たいがい)の男は此の無能力者に蹂躙(じうりん)され苦しめられてゐる………こりや寧(むし)ろ宇宙間に最も滑稽(こつけい)な現象と謂(い)はなければならんのだが、男が若い血の躁(さわ)ぐ時代には、本能の要求で女に引付けられる。此の引力が、やがて無能力者に絶大の權力を與へるやうなことになるのだから、女が威張(ゐば)りもすれば、ありもせぬ羽(はね)を伸(のば)さうとするやうになる。そこでさ、女は戀人として男に苦痛を與へると同時に歡樂(くわんらく)を與へるけれども、妻としては所天(をつと)に何等(なんら)の滿足も與へぬ、與へたとしても其(それ)は交換的で、而(しか)も重い責任を擔(にな)はせられやうといふものだから、大概の男は嬶(かゝあ)の頭を撲(なぐ)るのだ。簡明に謂(い)ツたら、女といふやつは、男を離れて生存する資格のない分際(ぶんざい)で、男に向ツて、男が女を離れて生存することが出來ないかのやうな態度を取ツてゐるのだ。現(げん)にお前だツて然(さ)うぢやないか。俺(おれ)が幾ら體が虚弱だからと謂(い)ツて、お前といふ女は、女といふ男を離れて、而(しか)も妻(つま)として立派に生存して行かれるか。ま、考へて見ろ、俺が死んだら何(ど)うする? 其の癖(くせ)お前は、俺の體が虚弱(きよじやく)だとか、俺の性質が陰氣(いんき)だとか謂(い)ツて、絶えず俺のことを罵倒(ばたう)してゐる、罵倒しながら、俺(おれ)に依ツて自己(じこ)の存立(そんりつ)を安全にしてゐるのだから、こりや狐よりも狡猾(かうかつ)だ。何(ど)うだ、お前はこれでも尚(ま)だ、體の強壮なのを自慢として、俺を輕侮(けいぶ)する氣か。青い顏は、必ずしも紅い顏に壓伏(あつぷく)されるものぢやないぞ。」と言訖(いひをは)ツて、輕く肩を搖(ゆす)ツて、快(こゝろよ)げに冷笑(せゝらわら)ふ。
近子(ちかこ)は唇(くちびる)を噛(か)みながら、さも忌々(いま/\)しさうに、さも心外(しんぐわい)さうに、默ツて所天(をつと)の長談義(ながだんぎ)を聽いてゐたが、「ですから、貴方(あなた)はおえらいのでございますよ。」と打突けるやうに謂(い)ツて、「それぢや、これからもう、家が淋しいの冷(ひやゝか)だのと有仰(おつしや)らないで下さいまし。無能力な動物に何も出來やう筈がございませんわ。」
「フム、他(ひと)の言尻(ことばじり)を攫(つかま)へて反抗(はんこう)するんだな。」
「いゝえ、反抗は致しません。女に反抗する力なんかあツて耐(たま)るものですか。」と澄(す)ましきツて謂(い)ツて、「時にもうお午(ひる)でございませうから、御飯をお喫(あが)りなすツては?………」
俺(おれ)は尚(ま)だ喰ひたくない。」
「でも私(わたくし)はお腹が空(す)いて來たんですもの。」
「ぢやお前勝手に先に喫(た)べれば可(い)いぢやないか。」
「だツて、然(さ)うは参りません。」
「妙なことをいふね。お前は何時(いつ)もお午(ひる)をヌキにして、晩の御飯まで俺(おれ)を待ツてゐる次第(しだい)でもあるまい。」
「そりや然(さ)うですけれども、家(うち)にゐらツしツて見れば、豈夫(まさか)お先へ戴くことも出來ないぢやありませんか。加之(しかも)ビフテキを燒かせてあるのですから、暖(あつたか)い間(うち)に召喫(めしあが)ツて頂戴な。ね、貴方(あなた)。」と少し押へた調子でせつく[#「せつく」に傍点]やうにいふ。
「ビフテキが燒いてある?………ほ、それは結構(けつこう)だね。お前は胃(い)の腑(ふ)も強壮な筈だから、ウンと堪能(たんのう)するさ。俺は殘念ながら、知ツての通り、半熟(はんじゆく)の卵と牛乳で辛而(やつと)露命(ろめい)を繋(つな)いでゐる弱虫だ。」と皮肉(ひにく)をいふ。
「ま、何處(どこ)まで根性(こんじやう)がねぢくれてゐるのでせう。」と思ひながら、近子は瞥(ちら)と白い眼を閃(ひらめ)かせ、ブイと茶の間の方へ行ツて了(しま)ツた。遂々(とう/\)むかツ[#「むかツ」に傍点]腹(ぱら)を立てゝ了(しま)ツたので。
俊男は苦い顏で其後を見送ツてゐて、「俺(おれ)は何を此樣(こん)なにプリ/\憤(おこ)ツてゐるんだ。何を?………自分ながら譯の解(わか)らんことを謂(い)ツたもんぢやないか。これも虚弱から來る生理的作用かな。」
と思ツて、また頽然(ぐつたり)考込む。
薄暗いやうな空に午砲(ドン)が籠(こも)ツて響いた。
「成程お午(ひる)だ。」と呟(つぶや)き、「近(ちか)の腹の減(へ)ツたのが當前で、俺(おれ)の方が病的なんだ。一體俺の體は何故(なぜ)此樣(こん)なに弱いのだらう。」
俊男の頭の中には今、自分が病身の爲に家庭に於ける種々(さま/″\)なる出來事を思出した。思出すと其(それ)が大概(たいがい)自分の病身といふに基因(きゐん)してゐる。
「俺は何故(なぜ)此樣(こん)なに體が弱いのだらう。」と倩々(つく/″\)と歎息(たんそく)する。
「一體俺(おれ)は何(ど)うして何樣(こん)なに意固地(いこぢ)なんだらう。俺が惡く意固地だから、家が何時(いつ)もごたすた[#「ごたすた」に傍点]してゐる。成程俺は妻(さい)を虐(いび)り過ぎる………其(そ)ンなら妻が憎(にく)いのかといふに然(さ)うでもない。豈夫(まさか)に追(お)ン出す氣も無いのだから確(たしか)に然(さ)うでない。雖然(けれども)妻に對して一種の反抗心を持ツてゐるのは事實だ………此反抗心は弱者が強者に對する嫉妬(しつと)なんだから、勢(いきほひ)憎惡(ぞうを)の念が起る………所詮(つまり)俺(おれ)は妻が憎いのでなくツて、妻の強壮な體を憎むでゐるのだ。」
俊男(としを)は見るともなく自(おのづ)と庭(には)に蔓(はびこ)ツた叢(くさむら)に眼を移して力なささうに頽然(ぐつたり)と倚子(いす)に凭(もた)れた。

底本:筑摩書房 明治文學全集72 水野葉舟・中村星湖・三島霜川・上司小劍集
   1969年5月25日第1刷発行
入力:小林徹
校正:山本奈津恵


水野仙子




    一

 藤村の羊羹、岡野の粟饅頭、それから臺灣喫茶店の落花生など、あの人の心づくしの数々が、一つ一つ包の中から取り出されつゝあつた。――私はゴム枕に片頬をつけたまゝ、默つてお蔦が鋏をもつて糸を切るのから、その糸を丹念にくるくると指の先に巻いて、薄紫と赤と青との切手の貼られた送票を丁寧に剥がしたりしてゐるのを、もどかしく眺めてゐた。けれどもそのもどかしさに何ともいへぬ樂しさがあるのを思つて、私はせかずにぢいつと堪へてお蔦の手許をみつめてゐた。書簡箋、小形の封筒、そんなものを順々にお蔦が私の枕許に並べたてた。その時、それらのものゝ間に隱れるやうに挟つてゐたオレンヂ色の表紙を持つたこの小さな手帳を、私はふと手をのべて自分の蒲團の上に取つたのであつた。片手の指先でぱらぱらと繰ると、彈力のある紙は大いそぎで優しい薄桃色の線を綾に亂して伏せていつた。私は何となくこの手帳が氣に入つてしまつた。そしてすぐに萬年筆の鞘をぬいて、そのオレンヂ色のおもてに「響」と題を打つたのであつた。けれどもそれは、別にどうといふ意味を持たせたつもりではなかつた。たゞその時、左を下にして横つてゐた私の心臓の音が、とつとつとつとしづかに枕に響いてゐたのを、ふとそのまゝ紙の表に印象させたまでの事であつた。
 けれども、私は別にこれぞといつてこゝに書かなければならぬ事を持つてゐるのではない。毎日毎日、或は瞬間に、或はかなり長い間連續して、さまざまな思は私の心を過ぎて行く。それらが或は歌といはれるものゝ形を取る事もあれば、詩ともいふべきリズムを持つた獨語(ひとりごと)である場合もある。けれども敢てそれらを書きとめて置いて私の何になるだらう? やがては消えてゆくべき命であり、姿であるものを……私の心臓の響がはたと絶えた時、最もよくそのすべての意味を語るものは、何も書かずにのこされたこの白紙であるであらうよ! すべてを書き遺すにしてはあまりにこの思が多過ぎる……
 さらば愛も、憎も、惱も、苦もよ、今暫くが間であらうほどに、私の胸が張り裂けるまでは、お前達の棲所(すみか)として、私はこの心臓を提供する。それらのものが、私のものとしてこの世にある間のしるしは、日毎夜毎に枕を傳うて我とわが耳に入る、あゝこの響である……とつとつと……

(かう、序のやうなものが、その手帳のはじめに書かれてあつた。それは昨年の秋の頃、廿七で死んでいつたある人妻の、たつた一つの遺稿――ともいふべきものであつた。彼女は生前相當な文筆を持つてゐたのであつたのに、自分の病が到底起つ事が出來ないのを知つてからは、時たま極めて僅な人達の間に書く手紙以外には、決してものを書かなかつた。それは書く事がなかつたのでも、また書きたくないからでもなかつたのだと私(作者)は思つてゐる。それは書きたくて書きたくて仕方がなかつたからこそ、その願があまりに強くあまりに大きかつたからこそ、彼女は書かなかつたのだと[#原文では「と」が多い、31-11]私は思つてゐる。書き遺すほどのものならば、書いて書いて書きぬきたい、けれどもそれにしては、彼女の息はそれに伴ひ續かなかつた。その爲に、最初のうちは彼女は頻に悶え苦しんだ。けれども、それは苦しめば苦しむほど、却つて惱ばかりがありありと殘されてゆくのを悟つてからは、ふつつりと思ひ諦めたやうに、彼女は絶えてものを書き綴るといふ事がなかつた。さうしてその折々に浮んで來るさまざまな思を、その折々の去來にまかして、語る人もない故郷の寂しい田舎で堅く口を結んで一年あまりの年月を送つたのであつた。この「響」はその間に書かれたものらしく、日記やその他の書き反古は前にすべて燒かせてしまつたとかで、これだけがやつと枕許から發見されたのであつた。それは大方みな白紙であつた。それは彼女の日記でもあれば、感想録でもあるところの、意味の深い白紙であつた。私がその夫なる人と共にこの手帳をひらいて見た時、めくつてもめくつても出て來る白紙は、却つてあのをはりに近い頃の沈默と微笑とを、それからそれを獲るまでの長い長い間の苦悶と葛藤とを、最もよく雄辯に語つてゐるとしか思はれなかつた。たゞこの手帳のおしまひの方に、恰も何かの例外のやうに、次に録するやうなものが全文書き込まれてあつた。それは彼女の從姉へと書かれたものであつた。それを見ると、現代の相當な教育を受けたある年輩の女の、妻の、さうして死といふものをみつめてゐる人の、ある心持がしみじみわかるやうに思へるのである……)

    二

 あたゝかうわれを見おきて雪風のあとさびしらに去(い)にし君はも。
 寂しさはいつもあの人の後姿に殘る。そのマントの肩といはず裾といはずに、雪は亂れ亂れてあとを追うたであらう。見送る事も叶はなくて、いつぱいに開いた瞳を硝子戸に置いてゐると、雪は狂ふやうに降りしきつてゐたつけ、その日は早くも先へ先へと流れていつてしまつた。
 今夜は、いつもあの人が見えて歸つた後暫くの、寂しいおちつきの氣持のうちにゐる。病氣以來の並並ならぬいたはりを思ふにつけ、我儘ばかりしてゐた昔の苦しい記臆をのみのこして、何の酬ゆるところもなく離れて行かなければならぬのが濟まなく佗しい。けれども考へても考へてもすべては考へきれない、それは考へ盡したも同じ事なのだ。にも拘らず私はやつぱりいろんな事を考へてゐる。それはやがて來る嚴なるものゝ前に、いかに造作なく崩れ去るものであらうとも、いろいろな色に塗られた積木を、弄ぶとは知らずに幼い建築を企てる子供のやうに、私はやつぱりとかくこの胸に不思議なやうな樓閣を築いたりしてゐる。寂しければ寂しいやうに、悲しければ悲しい姿に……
 この頃ふとある考が私の心を捉へて放さない。それも不思議な樓閣に棲むやうなものゝ一つであるかも知れないけれど、ともかく私の心はその考に促されて止まない故に、私はしづかに百合さんにそれを書いて置かうと思ふ。

 百合さん。
 この手紙が他日私の亡いあとあなたのお目に觸れる事があつても、どうか死者に對した時にありがちのあらたまつた心持や、何となく感じるものである義務の念やに支配されずに、どうか自然な心持で、まだ生きて丈夫でゐる私のたよりの一つだと思つて讀んで下さい。それでないと却つて、私があなたにお話しようとする心持が、その自然さを失つて、この手紙の命を失つてしまふ事になりますから。
 そして百合さん、たとへこの手紙が書置の形式をなすとしても、敢て告別の言葉をこゝにくだくだしく書き遺しますまいね。それはたゞ後に殘つた人の情緒をそゝつて、徒なかなしみを湧きたゝせるに過ぎませんから。おわかれなら多分もつとそれの適當した場合にする事が出來ませう。多分恐らくもう一度はあなたにもお目にかゝれる事が出來ると思ひますから。よしやまた私の終が意外に早く突然に來て、あなたにも誰にもお目にかゝられなかつたとしても、私のつめたくなつた唇は、その時却つて最もたしかに左樣ならを語るでせう、なぜならば、それが一番最後のほんとの左樣ならですから。私はあの二度目の咯血以來といふもの、毎日世と人とに向つて一つづつ左樣ならを繰り返して來ました。今も毎日心から眞面目にそれを繰り返してゐます。
 私の用意はもう既に成つてゐます。どうしてもかうし[#「て」抜けか?、35-7]も避けられない爲に、せめては慌てないまでに整へなければならぬその用意が。けれどもあの捕捉すべからざるもの――死の姿――が、もはや、私を苦しめはしないけれども、絶えず私の身邊に漂つて、一所懸命にその姿をはつきり掴まうとみつめてゐる私をなやまし疲らせて[#原文まま、35-10]ゐます。私の眼は、もう地には向いてゐません、たゞひたすらにあの、覘かうとすれば隱れ、掴まうとすれば消えて行く姿に向つて、いつぱいに目を見ひらいてゐます。もうそこより外に私の目の向けどころはないのです。そして一歩一歩、それに向つて近づいて行くに從つて、不思議にも心の苦痛やなやみは一歩づつ後もどりをしてゆきます。依然として私を招ぐ姿は暗くおぼろではあるけれども、私の心は決してそれを厭ふどころか、あるなつかしみをすら持つて迎へ、また手をのべてゐます。美しい幻影をもつて冷い現實の墓場に葬る事の悲しさに泣いた心は、もう古い脱殻のやうに、私の心の片隅に押し寄せられて、ひたすらに眞實を見ようとする願に胸を[#「願を胸に」か?、36-4]抱いてゐます、極めて柔順に、極めて謙遜に。そしてその眞實は、今の私に取つてはどうしても、間もなく私のために來る死と結び合つて離す事が出來なくなつてゐます。それ故今私がどんなに澤山の涙を流してゐようとも、もはやその涙は私の悲や苦をあらはすものではなくなつてゐます。これは名づける事の出來ぬ、自然な、たゞ靜に流れる涙です。
 けれども百合さん、かうしてもう自分自身のために泣く必要のなくなつた私も、遺されたものゝ悲哀を思ふ時には、まだまだやつぱりこの二つの眼に堪へ切れぬ熱い涙がこぼれます。それは月日と共に薄れゆき、いつかは忘れ去られるものではあつても、死んで逝くといふ事が私一人の出來事にとゞまらずに、多少に拘らず、或は一時にもせよ、ある打撃を人の上にのこしてゆかなければならないといふ事は、私に取つてはほんとに辛く苦しい事です。

    三

 死別の哀苦は、逝くものよりも、感じやすい心と共に殘るものゝ方がどんなにか強く生々しいことでせ[#原文では「ぜ」、37-2]う、あなたはようくそれを知つてゐらつしやるのですね。私は覺えてゐます、あの時のあなたのあの激しい嗚咽を……それはもう、まだついこの間のやうだけれど、もう三年にもな[#原文では「なも」、37-3]りますね。
 弘一さんの靜な髏を納めた寢棺で、燒場へと行くためにあの鎌倉の家の門を出たのは、氣の短い冬の日が、一秒の猶豫もなしにさつさと暮れていつた頃で、世話人の振り翳す堤燈の火影で漸く、人々の顏がそれと分るやうな時でした。ぎしぎしと重々しい、けれども寂しい音をたてゝ、白木の棺は私の俥の脇をすれずれに通つて先の方へ行きました。幾臺もの俥が置かれた順序なりにそれに續かうとすると、『どうぞ御縁の近い方からお先に願ひます、御縁の近いお方は前の方にいらして下さい。』と葬儀屋の男が呼んでゐるので、俥は暫く車上の人の指圖のまゝに入り亂れました。亡き人の妻の從妹としての私は、血筋をひいたと思はれる人々の後に遠慮深く俥を入れさせて、しづしづと動いて行く行列に續きました。振り返つても見なかつたけれど、けはひではもう二臺ばかりが私の後に續いてるやうでした。私はあなたがどの邊にいらしたのか、恐らく棺のすぐ後に從つたのでせうけれど、少しも知りませんでした。私はなるべくなるべくあなたと顏を眞面目に向き合せるのを避けてゐました。あなたの眼を見る事が私には辛かつたのです。あなたの眼は私の涙を誘ひ、私の涙はあなたが一所懸命に支へてゐる涙の堰を危くするだらうと恐れたのでした。私は人知れず多勢の中から、絶えずあなたの姿を求めまた追うてゐました。あのかなり複雜した親戚關係の人達に圍繞されて、あなたは實に雄々しく、僅な事にも氣を配つて亡き人の遺志のために戦ひながら、立派に振舞つてゐました。その取り亂さない姿が、私には一層悲しくかはいさうに見えました。私ははじめからしまひまで俥の上で泣き通しでした。なぜこんなに泣くのだらうと自分で自分を怪しむ程泣けて泣けて仕方がありませんでした。それはあなたに對する同情と同感とが、人事ならずひしひしと感じられたからで、私に取つては半分はもう自分の打撃であり悲しさであつたのでした。やがては自分にもかうした境遇がめぐつて來るのだといふ考が、どうしてもこびりついたやうに頭から離れないで――今から考へるとをかしいやうだけれど、あの頃はAがわるかつた時分でせう、そして私は元氣でぴんぴんしてゐたのですから、私はすつかり自分が遺されるものだとばかり思ひ込んでゐたのでした――もう既にその時が來たのでもあるかのやうに、あなたの哀痛と私のそれとが一所くたになつて、又その癖百合さんがかはいさうだかはいさうだと始終胸の中で呟きながら、闇の夜の俥で誰にも顏を見られないのを幸ひ、ひた流しに涙を流しながら運ばれてゆきました。一生の中で……と、もう言つても差支ないでせう、あんなに泣いたのは、お父さんお母さんのなくなつた時とあの[#原文では句点がある、39-5]時とだけで、あの時はお父さんお母さんの時よりも、もつともつと泣いた位に私は記臆してゐます。それはそれだけ私達が大人になつて、いろいろ憂きくるしみを實際に知つて來たからなのでせう。[#原文では読点、39-7]
 かうしてあの暗い野道を、車夫達は掛聲から掛聲を送りながら、あの暗い險しい寂しい火葬場のある山の下に着きました。私達はそこからみな徒歩(かち)になつて、おぼろな弓張提燈の導くのをたよりに、足許に氣をとられながら、揉まれ揉まれてのぼつて行く棺のあとに續きました。あゝ何といふはつきりした記臆でせう、あの寂しい夜の光景は!
 太々しい怖い顏の隱坊から火室の鍵を受け取つて、それでもあなたはなほ念を入れて改めるやうに、その實は離れ難なく、弓張提燈を振り翳して、あの氣味のわるい火室のぐるりを一週しました。現在その手で口火をつけて、現在その手で夫の遺骸を燒くその焔の音が、煉瓦に圍まれた不思議な世界の中に、耳を欹てるまでもなくはつきりと聞えてゐました。生と死との歴然とした區別が、煉瓦一重の中と外とにありました。死の方は冷く、生の方は暗かつたのです。鐵の扉を固く閉されて、中の火影が糸よりも細くちらちらと洩れてゐました――何と思つたかあなたはぴたりと扉の前に立ちどまつて、既に下された錠に手を掛けてそれをゆすりました――『大丈夫ですよ奥樣、鍵はこのとほりこちらで預りましたんですから、明日お骨上げにおいでになるまでは誰だつて開ける事が出來ません、それにこの人が一晩寢ないで番をするんですから……』と、こゝまでもついて來た葬儀屋の男が、時に心付といふ意味をふくめて言つた時、あなたがどんな氣がなすつたか私はようく知つてゐます。それだのに人々はもう先刻から外に出てあなたを待つてゐました。さあと促されて、一歩片足があの火屋の閾の外に出た時、『わつ!』といつてあなたは突然體を二つに折つてしまひました。たうとうかなしみの極で堤が切れてしまつたのでしたね。その刹那あなたの程近にゐた私は、いきなり自分も共にわつとなつて、あなたを抱きしめたいと思ひました。けれどもやつぱりそれを堪へました。あなたをしてそこで思ふさま泣かせる事の出來な[#原文では「な」が重複、40-13]いのを口惜しくかはいさうに思ひながら、私はたゞ默つて、冷く瀧のやうに流れるものを拭ひもあへずに、あなたの袂の先を掴んで思ふさまそれを握りしめました。その袂を強く引く事すらも敢てしなかつた私を、ハンカチでぴつたりと顏を押へてゐたあなたは恐らく今まで御存じがなかつたでせう。あなたが顏をあげた時には、みんながびつくりしてこちらを振り向いてゐましたので、佐瀬家の親戚としては全く存在を認められない位の私が、こんなにも泣いてゐるといふ事を恥かしく隱すやうな氣持で下を向いてゐましたから。その時は私の持つて出たハンケチと鼻紙とは、殆どもう用をなさなくなつてゐました。それで私は暗いところに行くと、しきりに顏を手で拂ひ指で拭ひしてゐました。

    四

 あなたに取つてこれはよしない事を言ひ出したのかも知れませんね、けれども何も彼も私に取つてはお名殘であるといふ事によつてどうか許して下さい。毎日かうして少しづつ少しづつなけなしの精力を盡して書き續けたのも、遺して行く人のために殘る思がそれをさせるのです。愚にも夫に先だたれるものとばかり思つてゐた私が、二年とたゝぬ間に思ひもしなかつたこんな病氣に罹つて、今はその命も消えゆく燈火のしづかなゆらぎをしてゐるとは、今更に寂しい微笑がこの色褪せた唇にのぼります。かはいさうなものは人間ですね、なんにも知らないで、ほんとになんにも知らないであくせくと……けれども、今はそれでいゝのだといふ事がやうやくわかりかけました。自分の運命を知るやうになつてからはもうおしまひです、それを確實に知るやうになつては。今の私ですらも、まだまだどうかすると萬一を思ふ心があればこそ、かうして人間のお仲間入をしてゐる譯なのでせうが、死ぬ事を知るのではなくて、死そのものを――それこそあの捕捉すべからざるものを――しかと知り得る時には、人はもうその死に融和し、合體し、いやいや既に「死」そのものとなつてゐます。「死す」といふ事は何といふ簡明な、それでいて[#原文では「い」脱落、42-9]動かす事の出來ない、かはりを用ゐる事の出來ない力でせう、間一髪を入れない、迅速な、明確な、おごそかな、極めて弱くて極めて強い力ではありませんか……「死す。」
 死といふ事を無暗に問題にすると思はないで下さい、それを考へないではゐられないのだと思つて下さい、自分の爲にも亦あの人のためにも。私自身についてはどうやら解決がついたと思つてゐます、それが間違つてゐるか間違つてゐないかは別問題として。たゞ私の亡いあとのあの人のために、私は今さまざまに思ひ量つてゐます。恐らくこれは餘計な事でせう、來年の事を言つてすら鬼が笑ふと云ふのに、まして死にゆく者が生きて殘る人の生活に干渉するなんて、ほんとにいらざるおせつかいです。ですけれども、さう思ひながらやつぱりいろんな事を考へます。自分でもそれが空想で、決して事實はそんな風になつてゆくものではないといふ事を百も承知しながら。ではそれは私の遊なのでせうか、いえいえ決してさう[#原文では「う」が重複、43-6]ではありません。たゞ私は、せめてはあの人の上にかくあつてほしいと思ふ事を思ふばかりなのです。それを願ひはするけれども、神樣にだつて運命にだつてそれを請求しようとはさらさら思ひません。瞑するものはたゞ目をつぶりさへすればそれでいゝではないか、その默從の外に私の爲すべきことはない筈と、頭ではよく心得てゐますもの。
 けれども百合さん、その時が來るまでは、やつぱり哀れな人間の本性として、とやかくくだらぬ思ひやりや思ひ過しをするものだと見えます。氣にしないといひながら氣になるのですね、何だかあの人の姿が寂しさうです。春になつたらどうしよう、夏が來たらどうするだらう、秋が來たら、冬になつたらと、些細な日常生活の事まで、自分がない後の事を氣にする私を笑はないで下さい。親が無くても子は育つといふ譬がある位ですのに、殊に大の男一人を何と心得てゐるのだと人は笑ふかも知れません、けれども百合さん、どうかあなたゞけはそれを笑はないで下さいな。
 つくづく省れば、私はあの人に取つて決してよい妻ではありませ[原文では「せ」脱字、44-3]んでした。それにも拘らずあの人は當分寂しくなるでせう。幸か不幸か私達の間は一人の子供すらもなかつたので、あの人は全くのひとりぼつちとなります。自分が愛された事を信じてやすらかに眠つてゆく事の出來る私は、死ぬといふ事が自分一人易きにつくやうで、何だかそれが心苦しくて仕方がありません。せめては私の亡い方が、あの人の生活に取つて、藝術にとつて、幸福であつてくれるやうに! さうでなかつたら、ではどうかよりよき者があの人のために與へられるやうに! 私は少しも無理な心持なしにそれを願つてゐます。そしてもしも死後の生活に於てこの世の消息を知り得る事が出來たならば、あの人がどんなに他の女を愛しようとも、それがあの人を慰め、また幸福にするのならば、私は喜んでその二人のために祈るでせう。
 爭も、嫉妬も、憎しみも、さうした陰なる醜い感情は、命に先立つてだんだん私の肉體をはなれつゝあります。すべてが私を見はなして行く……たゞどうかこの愛だけは、最後までも、願はくばその骸にまでも踏みとゞまつてくれ!
 寂しい世ではありました。私に取つてそれは廿六年間、樂しい事も嬉しい事もすべてつきくるめて人世は寂しかつたと思ひます。私達は又貧しかつた。けれども燃えて盡きる事のない愛の焔でお互が温め合ひました。ある時は濕り、ある時は突風の危機に遇つて、僅に消え殘つた事もありますけれど、そしてそれを私達は最初ごくわづ[#原文では「つ」、45-5]かしか持つてゐませんでしたけれど、いろいろな艱難や寂しい目に遇ふ度にだんだん、だんだん[#読点の位置変更、45-6]焔は強められて行きました。お互に援けあひ暖めあはないで、どうしてこのなやみの多い世に滿足して生きる事が出來ませう、それだのに今あの人はその伴侶を失はうとしてゐます。

    五

 あなたの籍も、たうとう籾山にかへりましたのですつてね、勿論弘一さんを喪つてからの佐瀬家にあなたの執着はない筈ですけれど、夫の姓を捨てる事の苦しさ寂しさはどんなであつたらうかとお察してゐます。あの家は決して操正しい寡婦のとゞまるに適當した家ではなかつたけれど、體は實家に寄せながらも、いつまでも佐瀬の姓をあなたは名乗るつもりでゐらしたのにね。あなたの行末を思ふ伯母さん從兄(にい)さんの深慮は、既にあの不幸當時からその事を考へてゐらしたのでせう。いつぞや伯母さんが弘一さんのお墓の前でかう仰しやいました。『彼女(あれ)がね、この石碑をたてる時に、どうしても自分の名前も一所に刻むのだと言ひ張つて聽かなかつたんですよ。ですけれども純太郎が、それは斷じていけないつてね、許しませんでしたけどもね……』伯母さんも目にいつぱい涙を溜めてゐらしたつけ。
 思ひのまゝにならぬのが世の中だとは言ひながら、よしない再縁のすゝめに困じ果てゝ、獨立の道をひそかに捜してゐるといつかのあなたのお手紙にありましたが、ほんとにあなたの運命もどうなるのでせう、まだ達者で元氣なお母さんと立派な兄さんとを持ちながら、あなたもやつぱり寂しい人ですねえ。到底自分には忘れる事の出來ぬ亡き人の思を抱いて、再び人に嫁がうとは思はないと仰しやつてゐるあなたの心を私は嬉しく思つてゐます。けれどもそれは何といふ悲しく寂しい生涯でせう、あなたがその境涯に堪へ得るかどうかなどゝいふ事は決して問題にしないでも、私はあなたの再婚に就いて考へてみたいやうな氣がしてゐます。
 もしもねえ百合さん、あなたが大事に大事に胸に抱いてゐるその思に、少しも手を加へる事をしないでも、そしてその爲にあなたの良心が責めらるゝ事なしに出來る結婚があるとしたら、それに就てはどうお思ひになりますか。勿論さうした場合は、やはり同じやうな心の状態にある人との間に於てのみ可能な事です……明敏なあなた[#原文は「な」欠落、47-5]はもう既に私が何を言ひたいと思つてゐるのかお察しになつたでせうね、どうか惡く思はないで下さいな、そして願はくば死者の口に耳を寄せてものを聞かうとするやうな注意をもつてこの事を考へて下さいませんか。はじめからそれが無理な事だとはわかつてゐても、無理は無理かも知れませんけれど、しかしそれは理不盡な事でも、また決して不自然な事でもないだらうと私には思はれるのです。運命の仕事には決して不自然といふ事がありません。たとへ不自然に見える事があつたとしても、よくよく辿つてみれば、その不自然らしく見えるのが却つて最も自然な状態である場合がよくあります。
 私は今運命といふ言葉を使ひました。さうした考が、恰も暗示のやうに私の腦裡を過ぎていつたものですから……けれどもこれを具體的な話にして見た時に、何といふそれは突飛な思ひつきでせう、もしも伯母さんがこんなことをお聞きになつたら、あきれておしまひになるどころか、きつと『人を馬鹿にしてる!』とお腹立になるかも知れませんね、伯母さんは私達の貧乏を憐れんでは下すつたけれど、私達を祝福し、またあの人を認めては下さいませんでした。あの人は全く社會的には地位もない、財産もない、たゞ一介の貧乏な繪かきに過ぎません。そして空しき名聲は勿論のことまたその藝術に大天才の閃をもつてゐる譯でもありません。けれどもあの性格の中に持つてゐる純眞なものが、やがてはその藝術を清め、小さければ小さいだけの眞實をそこから見出し得る事だらうと私は思つてゐます。そして人間としての生活を誰に憚るところもなく、また耻づる事もなく、靜に寂しく生きて行く人です。體の方も私とは反對にだんだんだんだん丈夫になつて行くやうです。私はそれを何より嬉しく、涙ぐましく見まもつてゐます。
 けれどもかうした人が、あなたの行末を相當な富と地位とで固めようと心配してゐられる伯母さんや從兄(にい)さんに取つて、一顧の値もない事をよく承知してゐながら、そしてそれをちつとも無理だとは思はないで、猶且こんな考をあなたに打ち明けるといふのは、私もよつぽど夢想家ですことね、たゞ小さい時からの仲よしで、同い年のせいかよく氣があつて、大抵何事にも私に同意し、また理解してくれたあなたを信じ、百合さん、あなたゞからこそ安心してこんな取りとめもない事を書き置いて行くのですよ。私はあなたを自分の半身のやうに心得て、しかも私の短所を補ふものをあなたがふんだんに持つてるだけに、そのよりよき半身に私はあの人を托して行きたいと、勝手な事を空想したのです。
 もしもこの事があなたを侮辱する事に當つたらどうぞ堪忍して頂戴。私は決してこの事をあなたに強ひるのでも、お願するのでもありません。たゞもしもどうかした運命でそんなことにもなつたらばと、私の夢をお話してゐるところなのです。どうか責任をもつてこの手紙を讀まないで下さい。そしてあなたの自由意志をもつて、あなたのこの後の幸福に就いて敏感であつて下さい。
 誰でもこの世に心強く生きるためには、一つのなぐさめが必要な筈です。それは人によつてその求めるものが違ふとほりに、そのなぐさめも違ふでせうけれど、貧富を超越してお互に容し合ひ援け合ふ愛のなぐさめこそは、一番揺ぎのない力だらうと私は信じてゐます。そして夫妻の結合が、お互に最初であり最後であられる人は何よりも幸福です、けれども大抵は皆その胸に一度半度の愛のいたでを受けてゐます、この事はどう思つても寂しい事ではありませんか、悲しきは誰しも遂にその運命に支配さるゝ人間であるよ! せめてはお互に何事をも容しあひ、慰めあうて、更にそこから生れて來る愛の泉でその傷を洗はなくては!

    六

 私の大ずきな愛する從姉の百合さん、もう左樣ならにしませうね、どうか幸福で送つて下さい、私が死んでもあんまり力を落さないで頂戴。あなたの純な心持をいつまでも失はないやうに祈ります。この手紙を見てしまつたら燒いて下さいね、あなたに打ち明けた私の心持は、あなたの自由を縛らないやうに私自身片つぱしから忘れて行く事にしませう、大きな大きな忘却が來るその前に。
 すべては導くものゝ手にあるのだけれど、もしもあなたを眞に幸福にする縁があつたなら、皆樣の安心のためにも再縁なすつた方がよくはないかと思ひます。今更つれない事をいふとお思ひかも知れませんけれど、獨身で過さうといふ事があなたに取つて自然な安易な心持であるならば、寂しいといふ事を不幸のうちだとは思つてゐない私は、その心持を踏み躙つてもおすゝめはしないけれど、もし死者に對する感情とか義理とかいふものがそれを阻むのだつたら、それは無益な事だといひたく思ひます。もしもあなたが死者から嘗て愛されてゐた事を信ずるならば、安心して幸福へと導く手に腕をまかせてよいと思ひます。死んでゆく者は、たゞたゞわが愛する者のより多く幸福である事より外は思ひのこさないのですから……
 書けば書くほど名殘が惜しくなつて來ます、胸がいつぱいになつて來ます……それでは左樣なら!……
一九一六年十一月 澄子[#ページ下端]

底本:「叢書『青踏』の女たち 第10巻『水野仙子集』」不二出版
   1986(昭和61)年4月25日復刻版第1刷発行
底本の親本:「水野仙子集」叢文閣
   1920(大正9)年5月31日発行
入力:小林徹
校正:田尻幹二


渡辺温




 雪降りで退屈で古風な晩であった。
 井深君の邸に落ち合った友達が五六人火のそばに寄って、嘘吐き――話の話しくらべをした。自分の素晴しい嘘で人を担いだ話や、またはそのあべこべのしくじり話やらをめいめいが語った。
 そしてさて、主人の井深君の番になった。井深君は、誰よりも一番多くその生れ付きの中に小説家的な要素をもっていたばかりではなく、日頃の生活も当り前の様式とは少からず異っていたので(――それらの点はこの話を聞くだけでも直ぐ察せられる事なのだが)誰も斉しく井深君の番になるのを待ち構えていたのだった。
 ――偽瞞こそあらゆる芸術の本体だ、と誰かそんな風な事を云った西洋人があった。嘘と云っても、それが何人にもどんな損害をも与えない場合になら勿論少しも悪かろう筈はない。昔噺をして聞かせるのとちっとも変りはしないのだもの。僕は御存じの通り非常な空想家だ。それだから、つい思わぬ無用な嘘を吐く時がある。何故と云って、空想を最も効果的に他人に伝えるためには、どうしても大きな嘘を吐かなければならない事になるのだから。……で、これから話す話は、僕がひょっとしたはずみにくだらない嘘を云ってしまったお蔭で、意外な莫迦を見た話なんだがね。話の筋は極くたわいもないのだが、それでもよく考えてみると、何だかこうひどく妙な気がするんでね。尤も僕だから妙な気もするのかも知れない。だから君たちにはつまらないかも知れない。が、まあ話してみよう……

 ……お正月の松がとれてから未だ幾日も過ぎない頃であった。夕ぐれ近い空は雪空で、低く垂れ下がったまま白っちゃけて凍りついていた。井深君は銀座を散歩していたのである。北風が唸りながら舖道の紙屑やごみを浚って吹いた。遉(さすが)の銀座通りではあったが、行き交う人々はみんな身を竦めながら忙しそうにして歩いていた。井深君の如き純粋な散歩者は他には殆ど見当らなかったと云ってもいいに違いない。井深君はそれこそもう散歩の中毒みたいになっていて、毎日々々たといどんなに空あんばいがすぐれなくても、どんなにひどい木枯が吹きまくろうとも、この日課だけは決して忽せにしなかった。そしてその散歩に、人一倍おしゃれな井深君は何時もきまって中山帽をかぶり立派な黒服を着て出かけるのだった。――断っておくが、井深君の齢は、そんな身形(みなり)をしても、未だ三十二歳には少し間があって、しかもその実際よりも更に三つ四つ若く、つまり弱冠(はたち)そこそこにしか見えないような童顔をしていた。
 で、とにかく何の用事もなく、何の的(あて)もなく、新橋の方から銀座通の左側の舗道をぶらぶら歩いて行った。そして尾張町の四辻より一つ手前の四辻に差しかかった時である。その角から不意に、まるでそこの横通りを吹き抜ける風にあおられた操人形(マリオネット)のような足取りで、若い女がオレンジ色のジャケツを着て飛び出して来たのであった。帽子をかぶらぬお河童(ボップドヘヤ)で赤ん坊みたいな顔をした娘であった。ところで、それがどういうつもりか井深君の前に危くヒョイと踏み止まったが、井深君の中山帽子の頂からスパッツをつけた靴の尖まで、ジロリと一っぺんに見上げ見下ろすと、さて身を転じて颯々と肩をゆすり乍ら歩いて行ったのである。
(まあ! なんて女なんだろう!……)
 井深君は今日が日迄幾十度となく、いや恐らく幾百度となく同じような身形で銀座を歩いた。併しついぞ一度だって通り掛りの者なぞからそんな風にして見られたためしはなかったのだ。だから屹度彼女は偶然井深君と見間違える程よく似た恰好の男をその知己にもっていたのであろう。……が、たといそうとしても何という厚かましい不躾な眼付きだったのだろう! ……育ちのよい少年の如く殊の外気弱な井深君は胸を動悸させ乍ら、逆毛立ってやわらかい草むらのように縺れ合っているお河童頭の後姿を見送った。
 ところが、それから一時間も経ったかと思う頃、同じ場所でもまたもや彼女と出会ったのである。井深君はその小一時間の間、ブライヤアのパイプと一緒に甃石の上を歩き続けながらも、喫茶店でポスタムを啜り乍らも、如何にもそのへん[#「へん」に傍点]な娘の姿が気になってならなかった。それ程だから再びその四角へ通りかかった時には、勿論横の通りを振向いて見る位の用意はあったのだ。それで振り向いてみた。すると曲り角からつい三間ばかりのところを、その娘がスペインの踊子のように両手を腰にかって大きく肩をゆすりながら向うへ歩いて行くのである。甚だ奇妙なことであった。と云うのは、彼女が若しも其処の甃石の中から突然せり上って来て歩き出したのでもない限り、そのあたりは恰度××ビルディングの普請場の板囲(いたべい)が続いているところだったので、彼女がそうした工合に意気揚々と立ち出でそうな玄関口なぞは一つもなかったのだから。
(おや――)と井深君は屹驚してちょっとの間足を停めた。その途端にオレンジ色の娘はクルリとお河童の頭だけを廻して井深君を見た。そしてあけっぴろげな笑顔でニッコリ笑ったものである。が、直ぐまたすた/\と威勢よく肩に波を打たせながら歩き出した。
(ははあ、あいつ、不良だな――)と井深君はその時はじめて気が付いた。
 気早な冬の陽ではあったし、それに空模様はいよいよ怪しくなって来ていたので、もう四辺(あたり)の色合はすっかり物悲しげに夕づいて見えた。そのトワイライトの中を風に吹かれて、オレンジ色の大胆らしく大股に遠ざかって行くのを見守っている中に、井深君はどう云うものか、ふと後をつけてみたい誘惑に囚えられたのである。……こんな風に云うと或は井深君を誤解する人があるかも知れない。併し実際は稀にみる温厚の士で、その年になって未だ茶屋酒の味はおろか、飯を食べに這入るカフェだって白粉の臭のしそうな家はひたに[#「ひたに」に傍点]敬遠している程の井深君である。ただ、おそろしく気まぐれでその上並々ならぬ空想癖をもっていたために、それが偶々(たまたま)こうした思いがけない調子外れの行為となって現われる迄の事であった。
 井深君は外套の襟を深く立て、ついていた蛇紋樹(スネエキウッド)のステッキを小脇にかい込むやもう一町も先の方へ小さく薄れて行くオレンジ色のジャケツを追いかけ始めた。井深君は人並より背の高い方であったし、女の足の一町程ならば容易に取り返すことが出来た。が、そう早く追い付いてしまったところで、さてどうにもならない話なのである。井深君は少くとも五間の間隔を残して置かなければならなかった。娘はと云うのに、何も気が付かないらしい様で、無論そんな莫迦な事はあるべくもないのだが、とにかく決して背後に心を配るような素振なぞは見せもせずに真直に歩いて行く。そして何時の間にか、今しがたまであれ程派手で威勢のよかったのに引きかえ、後姿ながらひどく元気を失い如何にも悲しげな恰好に首や肩をまるまるとすぼめているのであった。
 二人は間もなく山下町の河岸に出た。黒くよどんだ河水は乏しい街燈が凍えて映って暗く淋しかった。そして悪いことに到頭雪が降って来たのである。しびれを切らしていたような勢いではげしく降って来た。
 井深君は、みるみる雪のために、帽子もかぶらないお河童の頭とオレンジ色のジャケツが白く塗れて行くのを眺めているうちに、少々変な気持がし出した。
(はてな! これは見損いをしたかな――)
 だが、殆ど同時に娘もそれと同じことを考えたらしかった。そして俄に踵を返すと、まともに井深君の前へ立ちふさがった。
「?……」今にも泣き出しそうな子供の大きな眼で見上げた。
「今晩は――」と井深君は辛うじて云った。
「あたし、寒くて、それにお腹が空いて……」と娘はさもさもそんな風な声で云うのであった。
「何処か、この付近にいい家がある? それとももう一ぺん銀座迄戻りましょうか。」
「いいえ、この直き裏の通りにあたしの知っている家があるわ。」と娘は赤くかじかんでしまった指で指さしながら云った。
「そう、じゃ其処へ行きましょう。」
 井深君は娘を連れてその家へ行った。狭い路地を這入ったところにある見るからに不景気そうな家で、青い花電気のさしている見世窓のガラスへ弓形にローマ字でカフェ・マンゲツとしるしてあった。
(マンゲツ……満月と云う意味かしら)
 と井深君はそんな事を思い乍ら雪をはらって其処の二階へ上がった。お客は他に一人もなかった。それでも仕合せなことに、ガス・ストオヴが薔薇色の炎を輝し乍ら盛にたかれているのを見て井深君はホッとした。
「召上り物は?」
 更紗の前かけをかけたひねこびたような女給が、二人がストオヴの傍の食卓へ着くのを待ってそう云った。
「何?――」と井深君は娘に訊いた。
「何でも――」と娘はつつましやかに答えた。
 井深君は少しく勝手が違っているように思った。娘が「あたしの知っている家」と云った以上、そんな女給ともよく識り合っていて、食べ物は勿論万事さぞ気儘に振舞ってみせるだろうと考えていたのに、全くそうではなかったのである。そしてまた女給にしろ、娘に対してどんな特別な親しさをも、或は怪しさをも示さなかった。してみると、娘が知っていると云ったのは単にその家の所在を意味するだけのことらしい。二人は全くフリのお客に過ぎなかった。
 そこで井深君は、自分でも未だ夕飯前だったので、兎に角あまり上等ではないその家の料理を娘につき合って食べた。娘はいかにもおずおずと振舞いはしたものの、彼女の胃袋は井深君の二倍の食慾をもってむさぼり食べた。井深君はその様子を決して不愉快ではない、むしろ或る愛情をもって観察した。年恰好は十六七位の見かけなのだが、それでも本当はもっと余計なのかも知れない。マシマロのように豊かな顔の輪廓に思い切り短く刈り上げてしまったお河童がちっとも不自然でなくよくうつっていた。目鼻立ちもわりに品があってそう悪くはなかった。殊に眼は、物を食べ乍ら時々見上げては極り悪そうに笑う眼は、睫毛が長く散りひろがって、少しばかりやぶ睨みで、ひどく子供っぽい表情になって可愛らしかった。だがさて着ているオレンジ色のジャケツは、銀座通りでひょっと見た時には随分花やかで立派だったのに、よく見るともうすっかり古びてしまって肩のあたりには大きな穴が三つもあいているのであった。(おやおや、これはひどい――)と井深君は何だか急に果無(はかな)いものを見たような気がした。
 やがて食事が終ると女給は張り合いの無さそうな挨拶をして階下へ降りてしまった。
「さあ、御飯がすんだら、少し火のそばで暖まろう――」
 井深君はそう云い乍ら椅子をガス・ストオヴの前へ引き寄せた。
「ええ。」娘もおとなしく井深君の真似をした。
「君、外套がほしいだろう?……」と井深君は薔薇色をしたストオヴの中を見たままで云った。
「ええ。」
「五十円もあれば買えるかな?……」
「そりゃあ、買えてよ……」
 井深君はそこで黙ってふところから沢山の紙幣束を呑んで大きく膨らんだ紙入を出すとその中から五枚の草色をした紙幣を引き抜いて傍のテェブルに置いた。しかし、娘はそれを見ると周章てて井深君の手をおさえて云うのであった。
「いらないわ、いらないわ。……あたし、そんなにはどっさり、あんたからは貰おうなんて思わないわ。……五十円なんて!――五円もあれば沢山。ほんとに五円もあればいいの……そうすればこの毛糸の上衣の穴が隠れる位の襟巻が買えるから。」
 そうして娘は両手をジャケツの穴のところへ当てて、巧みに目ばたきをさせながら笑って見せたのである。井深君はそれを見ると一層ひどく可哀相になった。
「私が上げたくて上げるのだから、ヘんな風に遠慮なんかするものではないよ。ね、取ってお置き。」
「嫌。あたし、ほんとに要らないんですもの。……まあ、あなた! とてもいいネクタイピンをしていらっしゃるわね。」
 娘は両手を肩に当てた儘、その肱をテーブルの上につき乍ら井深君の胸に目をつけてふとそんなくっ着かない事を云った。
「これかい?――」
「ええ。ダイヤモンドでしょう。あなた、なかなかおしゃれね。」
「――そんな事はどうだっていいじゃないか。それよりも早くこのお金をおしまいなさい。」
「嫌。あたし、そんなに沢山嫌よ。下さるのなら五円でいいの。」
「強情っぱりだね。けれども私だってもっと強情っぱりだ。どうしても取らなけりゃ承知しないよ。――なぜと云って、これには私としてみれば立派な理由(わけ)があるのだからね……」そう云って、井深君は急に真面目な顔をした。
「理由?」
「うん。……君は今、私のタイピンの事を云ったね。このタイピンがその理由なのだ。まあ聞きたまえ。面白い話なのだから……」
「え、聞かして――」娘もちょっと面喰った様子で、井深君の顔とそのネクタイピンをば見くらベた。
「去年の春だよ。或る日、日が暮れたばかりでね、私はやっぱり銀座通りを散歩していた……」と井深君は両手の指を膝の上でくみ合せ乍らストオヴの方へ向いたまま話しはじめた。
「何時ものように、一っぺん新橋の橋の袂迄行き尽して、また引き返そうとした時だった。私はふとあすこの博品館の横手の薄暗がりの中に、ぼんやり立って、どうやら泣いているらしい恰度君位の背恰好の女の子の姿を見出したのだ。身形はと云うと、お河童で橙色のジャケツを着て――つまり、君の今のなりと同じようなのだね。悪く思っちゃいけないよ。大して変った風と云うわけじゃなし、同じ身形の人が一人や二人いたって、ちっとも不思議はないさ。――で、ともかく私はその女の子のそばへ行ってきいてみた。女の子はやっぱり泣いていた。そして、姉さんと一緒に銀座迄買物に来たのだが、はぐれてしまって、電車賃もないし、家へ帰れない――とこう云うのだ。……なぜ妙な顔をするのだね? そりゃあ、無論その女の子は嘘を吐いたのさ。併し、私はその時はそれを嘘だと思わなかった。その泣き乍ら物を云う様子は、どうしたって、私の心にそんな冷めたい疑いをさしはさめる程の余裕なぞ与えなかったのだもの。私はすっかり同情してしまって、その子に一円のお金を貸してやった。するとその子は非常に喜んでね。そうしてそのお礼にと云って、持っていた伊太利(イタリー)革の手提の中から一本のネクタイピンを――とり出すと、私がどんなに断っても、自分の手で私のネクタイにさしてくれると云い張って聞かないのだ。私はそれで為方なく、(何と云う無邪気な面白い子なのだろう……)と笑い乍ら、どうせそんな年のいかない女の子が持っているのだから、二十銭位のおもちゃかも知れないそのピンをさして貰うために、腰を屈めて首を差し出した。ところが、どうだろう。女の子はピンをさし終えるが早いか、突然いやに冷めたい手で私の両耳にぶら下がると、私の唇に接吻して、どんどん暗やみの方へ逃げて行ってしまったではないか。私は呆気に取られて茫然としていた。……ところが、それから暫くして気が付いたのだが、私はその女の子のためにふところの紙入を掏られていた。つまり、一本のネクタイピンと素早いキスの代価をうまうまと支払わせられたわけになるのだね。……が、それはそう企んだ先方のとんだ見当違いでね。と云うのは、お恥しい話だが、私はその頃或る事情で甚だお金に困っていた。それで紙入にお腹を空かせて置くのも私の性分でへんにみっともない気がしたので、新聞紙をお紙幣の大きさに切ってどっさり入れて置いたのだよ。本物のお金と来たら五円も入っていなかったろう。……いいかね。そして、それに引きかえて、二十銭位だろうと思ったネクタイピンは後でしらべてみると、どうして立派な物で大丈夫五十円の値打はあると云う品物だった。……尤もその女の子だって、何れもともとは何処からか不当な取引で手に入れたのだろうから、それ程高価な品物とは気が付いていなかったかも知れないのだが。……それにしても、私はどうも気の毒でならないのだ。私にはどうしてもあの女の子がそう大外れた悪者とは思えないのだがね。あんな無邪気らしい――と云っても何分暗かったので顔は到頭はっきり見る事が出束なかったのだけれども。ひどく冷めたい手をしていた事だけは覚えている。一体手の冷めたい人間と云うものは、西洋の小説なぞにもよく書いてあることだが、たいてい内気でおとなしいものだ。屹度付近の物蔭にあの子を操っている悪い奴が隠れていたのに違いないと思う。……話と云うのはそれだけだよ。で、つまり私はその時以来、このネクタイピンに対する相応の代価を、その女の子に遇ったならば返してやろうと心がけていたのだ。だが、それはどうも無駄らしい。もう時日も大分経ってしまったし、そうかと云って、警察に頼める性質のものではなし、それに第一肝心なその子の人相が私自身にすらはっきりと見とめられてはいなかったのだから。……そうしてみれば、その子に、たとい身なりだけなりと似通っている君に、――そしてまた、変な事を云うようだが、その子だってどうせ銀座辺にそうしていたのだから、やっぱり君たちの知合かも知れない――その君に、この五十円を上げるのは満更無意味でもなかろう。……どうだい?ね、わかったろう。だから、遠慮しないでこれを全部持って行く方がいいよ。」
 井深君は、そう語り終えて娘の方を見た。
 すると、おどろいたことに、娘は両手を顔におし当てて、シクシクと泣いているではないか。そして泣きじゃくりながら云うのである。
「――あたし、……あたし……なんて悪い子なんでしょう。……すみません、すみません。あなたみたいな良い方にそんな事をするなんて……」
 井深君はびっくりした。
「おや、君は何を云い出すのだ? 何を泣くんだ?……」
「あたし……あたしがその悪い子だったのよ。」
「え、君が?!」
 井深君はハタと当惑した。なぜと云って、井深君の今話して聞かせたのは、便宜上、そして無論揶揄半分の気持も手伝って喋った全然根も葉もない井深君一流の作り噺だったのだから。タイピンは、つい一月程前に新しく買ったものである。
(どこまでも途方もない小娘なのだろう……)
 遉の井深君も呆れ返ってしまった。が、なんぼなんでも今更自分でそれをぶち壊わすわけにも行かない。井深君はまるで魔法にでもかかったような頼りない気持で娘の肩に手をかけて云ったのである。
「――もういい。もういい。泣くのはお止し。私は最早や何とも思ってやしないのだから。……いや、それどころか、今も云った通り私はむしろ気の毒にさえ感じていたのだ。」
「すみません。すみません。……あんた本当にいい方ね。あの時だってそう思ったのだけれど。……だけど、あの時のあたしの顔を思い出せないなんてないわ。ねえ、あたしだったでしょう?……あたしの顔、よく見て。ねえ、もっとそばでよく見てちょうだい。……」娘はそう云い乍ら目や鼻や顔が涙ですっかり濡れ輝いている頬を井深君の顔のすぐ前まで持って来た。そして井深君の両手をつかんで、
「それから、あたしの手? ね、ほら、冷めたいでしょう。まるで氷のようだわ……でも、今は冬だから当にならないこと?……」
「うん、……ほんとに、君だったかも知れない。いや、全く君だったようだ。」と井深君はほとほと弱って云った。「しかし、そう判ったらなおのこと結構だ。このお金は当然君の物と云えるわけだ。だから早く蔵いなさい。私はもう帰らなければならないのだよ。」
「嫌だわ、あたし、嫌だわ。あたしはもう五円のお金だって欲しくないの一銭もいらないの……」
「これ程事の道理がはっきりわかってもかい? 何という聞きわけのない子だろう!」
「どうしても嫌だわ。なんでもかんでも貰わなければいけないのなら、いっそそのネクタイピンを貰うわ。」
「莫迦な、こんなピン十円にもなりやしない……」
「あら! でも、あんた、今五十円位するってそう云ったでしょう。」
「うん、それは、併し、買値の話だよ。売るとなるとなかなかそうはいかない。」
「あたし売りやしなくってよ。だから、それをちょうだい。」
「わからずやの子だね――」
 井深君はそれでも為方がないので、タイピンをば取って娘に渡した。
「まあ、素敵!……ちょいと、あたしにだって似合うでしょう。」
 娘は心から喜ばしそうに、そのピンを橙色の胸にさして、ちょっとポーズをしてみせながら明るい蓮葉な声で笑った。
「さあ、ほんとにそれでいいかね。……それでは、それでいいものとして、私はもう帰るよ。」
「待って。あたしも帰るわ。」
 それから二人はその家をカフェ・マンゲツを出た。おもてには雪がさかんに降りしきっていて地ベたはもう隙なく塗りつぶされてしまった。二人とも傘がなかったので、再び雪に塗れ乍ら電車道まで歩いた。娘のお河童頭とオレンジ色のジャケツとは忽ち真白になった。
(あんなタイピンなんか貰うよりも、なぜ外套でも買うことをしないのだろう! 考えれば考える程へんな娘だ――)
 井深君は娘のその痛々しい有様を何とも云えない心持で眺めたのであった。
 電車道に出ると、ふと娘は立ち止まった。そして、ひどく愁しそうな顔をして井深君を見上げて云ったのである。
「あたし、やっぱりお返しするわ、このピン……」
「うん、それがいい。それがいい。そして、やはりお金を持っておいで――」
 井深君は、ほっとした気持で、直ぐ外套と上衣の釦を外してふところに手を差し入れた。すると娘はあわただしくそれを押え止めて、
「嫌よ、嫌よ。お金なんか!……あたし、つまんないわ。」と殆ど泣きそうな声でそう云うのである。
「だって、それでは可笑しいじゃないか――」
「いいの。その代り、お願いがあるのよ。このピンを、もう一っぺん私の手であなたにささせて下さらないこと?……おいや?」
「ちっとも嫌なことはないが、しかし……」
「有難う!」
 娘はちょっと背延びをし乍ら、井深君の首に片腕を巻きつけて、そしてそのタイピンをさした。それからそれが済むと、両手で井深君の耳をひっぱって、井深君に雪だらけの目と鼻と口とで接吻するが早いか、「サヨナラ!」と叫んで、威勢よく雪の中を駆け出して消えてしまったのである……

    *    *    *

「……僕は、それで呆然としてしばらく其場に佇んでいた。……」と井深君は鳥渡言葉を切って、軽い溜息を一つ吐いた。
「なんだ。それでお終いかい? いやはや! 僕たちは何も君のローマンスを聞く筈ではなかったのだが――」と聴き手の一人が苦情を申し立てた。
「それでお終いにしてもいい。――それだと、それっきりだと誠に可憐でいいではないか。……が、残念なことに未だ少しあとがある。……それは、なぜ僕がその場に雪だるまのようになり乍ら呆然と立ち尽してしまったかと云うことだ。君たちに解るかね?」
「なぜだ?」
「つまり、僕は自分の愚しい思い付きの嘘から、そのオレンジ色の娘に如何にして僕のふところの紙入を盗み取るかを教えてしまったからさ――」
「なる程!小娘のために見事にしてやられたのだね。……が、ところで、どっこい、その紙入の中はまた古新聞の束ばかりだったと云うのだろう! こいつあ傑作だね。は、は、は、は……」と始終探偵小説ばかりを愛読している友がしたり顔に云って笑った。
「いやいや、早合点をしてくれては困る。それ程あくどい洒落ではない。――それに、そんな酷い細工をするには、相手はあまりに可愛らしい好い子だった。ざっと二千円。紙入の紙幣は全部本物だったよ……」井深君はそう云って口を噤んだ。
「すっかり本物だって? 二千円!……」不思議な不安の影が居合せた人々の顔に行き渡った。
 井深君は、そこでこうつけ加えた。
「諸君、そんなに妙な顔をするものではない。紙幣は正しく全部本物だったが、安心したまえ。――この話全体は僕が考え出した嘘なのだから。」

底本:「アンドロギュノスの裔」薔薇十字社
   1970(昭和45)年9月1日初版発行
初出:「新青年」1927年3月
入力:森下祐行
校正:もりみつじゅんじ


■外字一覧
断定する事を※躇しなかった


庭を見※して見る


頬(ほゝ)は※(こ)けてゐる


青空文庫作成ファイル:このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
[PR]三井住友海上きらめき生命:医療保険のご案内と資料請求はこちらから