日々の歌
四季を歌う

◆目次

春歌九景
夏歌九景
秋歌九景
冬歌九景

〈付〉
雲の九景
亀之助六景

春歌九景

選:LUNA CAT


春歌九景−1
春の朝
ロバアト・ブラウニング
上田敏訳


時は春、
日は朝(あした)、
朝(あした)は七時、
片岡(かたをか)に露みちて、
揚雲雀(あげひばり)なのりいで、
蝸 牛(かたつむり) 枝(えだ)に這(は)ひ、
神、そらに知ろしめす。
すべて世は事も無し。


●作品について
青空文庫に登録されている上田敏訳詩集『海潮音』の中の一作。
『赤毛のアン』のラストシーンに引用されていることでも有名である。

底本:新潮文庫『海潮音 上田敏訳詩集』新潮社
   一九七七(昭和五二)年六月三〇日35刷
入力:山口美佐
校正:Juki


春歌九景−2
風景 純銀もざいく
山村暮鳥


いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
かすかなるむぎぶえ
いちめんのなのはな

いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
ひばりのおしやべり
いちめんのなのはな

いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
やめるはひるのつき
いちめんのなのはな。


●作品について
青空文庫に登録されている『聖三稜玻璃』の中の一作。

底本:『山村暮鳥全集第一巻』筑摩書房
 一九八九(平成元)年六月九日初版第1刷発行
底本の親本:『聖三稜玻璃』人魚詩社
 一九一五(大正四)年一二月一〇日発行
入力:泉井小太郎
校正:泉井小太郎、富田倫生


春歌九景−3

薄田泣菫


きのふは桃の花が咲き、
けふは燕が巣にかへる。
雛の節句が来てからは、
いそがしぶりの増すばかり、
せめて一日寝てゐたい。


●作者について
一八七七―一九四五。一八九九(明治三二)年、第一詩集『暮笛集』で登場し、一九〇六(明治三九)年、第五詩集『白羊宮』で定評を得る。詩のみならず『茶話』等のエッセーでも知られる。

底本:岩波文庫『泣菫詩抄』岩波書店
   一九九九(平成一一)年二月九日第25刷発行
底本の親本:『泣菫詩集』
   一九二四(大正一四)年発行
入力:LUNA CAT


春歌九景−4
何が欲しいか
加藤介春


そのうつくしいめでもない、
そのもゆるくちびるでもない、
わたしはなにがほしいのだらう、
おそらくそのいづれでもない、
おまへのもつなにものでもない、
そしていちばんうつくしいもの、こころよいもの、
おそらくはおまへじしんもしらぬであらう
おまへのすべてで
そしていちばんうつくしいもの、こころよいもの、
それはおまへじしんでもない
たとへばはるのひざしのやうなものだらう。


●作者について
一八八五年、福岡県に生まれる。相馬御風、人見東明、三木露風、野口雨情らと早稲田新社をおこし、その後、山村暮鳥らと自由詩社を始める。詩集に『獄中哀歌』『梢を仰ぎて』『眼と眼』。一九四六年没。

底本:『日本の詩 明治・大正の詩』ほるぷ出版
   一九八三(昭和五八)年一二月一日第2版発行
入力:LUNA CAT


春歌九景−5
春宵感懐
中原中也


雨が、あがつて、風が吹く。
 雲が、流れる、月かくす。
みなさん、今夜は、春の宵(よひ)。
 なまあつたかい、風が吹く。

なんだか、深い、溜息が、
 なんだかはるかな、幻想が、
湧くけど、それは、掴(つか)めない。
 誰にも、それは、語れない。

誰にも、それは、語れない
 ことだけれども、それこそが、
いのちだらうぢやないですか、
 けれども、それは、示(あ)かせない……

かくて、人間、ひとりびとり、
 こころで感じて、顔見合せれば
につこり笑ふといふほどの
 ことして、一生、過ぎるんですねえ

雨が、あがつて、風が吹く。
 雲が、流れる、月かくす。
みなさん、今夜は、春の宵。
 なまあつたかい、風が吹く。


●作品について
青空文庫に登録されている『在りし日の歌』の中の一作。

底本:岩波文庫『中原中也詩集』岩波書店
   一九九七年一二月五日第37刷
入力者:浜野安紀子


春歌九景−6
春の歌 七首
芥川龍之介


やはらかく深紫の天鵞絨(ビロウド)をなづる心地か春の暮れゆく

いそいそと燕もまへりあたゝかく郵便馬車をぬらす春雨

ほの赤く岐阜提灯もともりけり「二つ巴」の春の夕ぐれ(明治座三月狂言)

戯奴(ジヨーカー)の紅き上衣に埃の香かすかにしみて春はくれにけり

なやましく春は暮れゆく踊り子の金紗の裾に春は暮れゆく

春漏の水のひゞきかあるはまた舞姫のうつとほき鼓か(京都旅情)

片恋のわが世さみしくヒヤシンスうすむらさきににほひそめけり


●作品について
青空文庫に登録されている『芥川龍之介歌集』の中から、春を歌った作品を選んだ。

底本:『芥川龍之介全集 第一巻』岩波書店
   一九九五(平成七)年一一月八日発行
入力:もりみつじゅんじ
校正:本木まゆみ


春歌九景−7
小詩
島崎藤村


くめどつきせぬ
わかみづを
きみとくまゝし
かのいづみ

かわきもしらぬ
わかみづを
きみとのまゝし
かのいづみ

かのわかみづと
みをなして
はるのこゝろに
わきいでん

かのわかみづと
みをなして
きみとながれん
花のかげ


●著者について
一八七二―一九四三。詩人、小説家。
青空文庫には『新生』などの小説作品が登録されている。

底本:新潮文庫『藤村詩集』新潮社
   一九九三年六月三〇日第37刷発行
入力者:LUNA CAT


春歌九景−8

萩原朔太郎


桜のしたに人あまたつどひ居ぬ
なにをして遊ぶならむ
われも桜の木の下に立ちてみたれども
わがこころはつめたくして
花びらの散りておつるにも涙こぼるるのみ。
いとほしや
いま春の日のまひるどき
あながちに悲しきものをみつめたる我にしもあらぬを。


●著者について
一八八六―一九四二。明治一九(一八八六)年一一月一日群馬県前橋市に生まれる。大正六(一九一七)年、『月に吠える』を刊行。青空文庫には他に、散文詩集『田舎の時計他十二篇』、小説『猫町』が収録されている。
底本:岩波文庫『萩原朔太郎詩集』岩波書店
   一九九九年四月二六日第64刷発行
入力者:LUNA CAT


春歌九景−9
春の鳥
北原白秋


鳴きそな鳴きそ春の鳥、
昇菊の紺と銀との肩ぎぬに。
鳴きそな鳴きそ春の鳥、
歌澤(うたざは)の夏のあはれとなりぬべき
大川の金(きん)と青とのたそがれに。
鳴きそな鳴きそ春の鳥。


●著者について
詩人、童謡作家、歌人。一八八五年一月二五日、福岡県の柳河(現在の柳川)に生まれる。代表作に「雲母集」(歌集)、「からたちの花」(童謡集)など。一九四二年一一月二日没。
青空文庫には翻訳作品の『まざあ・ぐうす』が登録されている。

底本:『白秋詩集』アルス社
   一九二八年七月二〇日発行
入力者:LUNA CAT

夏歌九景

選:浜野 智

夏歌九景−1
いちじくの葉
中原中也


夏の午前よ、いちじくの葉よ、
葉は、乾いてゐる、ねむげな色をして
風が吹くと揺れてゐる、
よわい枝をもつてゐる……

僕は睡(ねむ)らうか……
電線は空を走る
その電線からのやうに遠く蝉は鳴いてゐる

葉は乾いてゐる、
風が吹いてくると揺れてゐる
葉は葉で揺れ、枝としても揺れてゐる

僕は睡らうか……
空はしづかに青く、
陽は雲の中に這入(はい)つてゐる、
電線は打つづいてゐる
蝉の声は遠くでしてゐる
懐しきものみな去ると。


底本:岩波文庫『中原中也詩集』岩波書店
   一九九七年一二月五日第37刷
テキスト入力:浜野 智


夏歌九景−2
夏の白昼
薄田泣菫


野苺(いちご)の葉がくれ光よけて、
蜥蜴も眠れる夏の真昼、
静かに南の窓にもたれ、
黒髪ながきを思ひ慕ふ。
をりから草笛(くさぶえ)ゆるに響き、
野山のしらべの聞ゆるにぞ、
つひにはこらへず庭におりて、
木闇(こぐれ)の小路に隠れ入りぬ。
ああ野の小羊水を飲むと、
ぬるめる流れに走る頃を、
似つや恋ふる身は心かはき、
君があたりへとあくがれ寄る。
若きぞ悲しや、うらぶれては、
心なぐさむる術(すべ)もしらね。


底本:岩波文庫『泣菫詩抄』岩波書店
   一九九九年二月九日第25刷
※原文の旧字は新字に変更した。
テキスト入力校正:浜野 智


夏歌九景−3
坐つて見てゐる
尾形亀之助


青い空に白い雲が浮いてゐる
蝉が啼いてゐる

風が吹いてゐない

湯屋の屋根と煙突と蝶
葉のうすれた梅の木

あかくなつた畳
昼飯の侘しい匂ひ

豆腐屋を呼びとめたのはどこの家か
豆腐屋のラツパは黄色いか

生垣を出て行く若い女がある


底本:現代詩文庫版『尾形亀之助詩集』思潮社
   一九九六年七月一日第4刷
テキスト入力:浜野 智


夏歌九景−4
黄昏
島崎藤村


つと立(た)ちよれば垣根(かきね)には
露草(つゆくさ)の花さきにけり
さまよひくれば夕雲(ゆふぐも)や
これぞこひしき門辺(かどべ)なる

瓦の屋根に烏(からす)啼(な)き
烏(からす)帰(かへ)りて日は暮れぬ
おとづれもせず去(い)にもせで
蛍と共にこゝをあちこち


底本:角川文庫『島崎藤村詩集』角川書店
   平成一一年一月二五日初版)
テキスト入力:浜野 智


夏歌九景−5
〔夜をま青き藺むしろに〕
宮沢賢治


夜をま青き藺(い)むしろに、  ひとびとの影さゆらげば、

遠き山ばた谷のはた、   たばこのうねの想ひあり。


夏のうたげにはべる身の、 声をちぢれの髪をはぢ、

南かたぶく天の川、    ひとりたよりとすかし見る。


底本:角川文庫版『宮沢賢治詩集』角川書店
   平成九年五月二五日改版5版
テキスト入力:浜野 智


夏歌九景−6
青いとんぼ
北原白秋


青いとんぼの眼を見れば
緑の、銀の、エメロウド、
青いとんぼの薄き翅(はね)
燈心草(たうしんさう)の穂に光る。

青いとんぼの飛びゆくは
魔法つかひの手練(てだれ)かな。
青いとんぼを捕ふれば
女役者の肌ざはり。

青いとんぼの奇麗さは
手に触(さは)るすら恐ろしく
青いとんぼの落(おち)つきは
眼にねたきまで憎々し

青いとんぼをきりきりと
夏の雪駄で蹈(ふ)みつぶす。


底本:角川文庫『北原白秋詩集』角川書店
   平成一一年一月二五日初版
テキスト入力:浜野 智


夏歌九景−7
夏の歌五首
長塚 節


蓮の葉にわたる夕風すゞしけば池のほとりに人つどひけり
(明治三十三年)

あまの川棚引きわたる眞下には糸瓜の尻に露したゞるも
(明治三十六年)

合歡の木は夕粧ひの向かしきに何を面なみしをれて見ゆらむ
(明治三十九年)

すみやけく人も癒えよと待つ時に夾竹桃は綻びにけり
(大正三年)

水打てば青鬼灯の袋にも滴りぬらむ黄昏にけり
(大正三年)


底本:『長塚節名作選三』春陽堂書店
   昭和六二年八月二〇日発行
テキスト入力:町野修三
テキスト校正:浜野 智


夏歌九景−8
しなびた船
大手拓次


海がある、
お前の手のひらの海がある。
苺(いちご)の実の汁を吸ひながら、
わたしはよろける。
わたしはお前の手のなかへ捲きこまれる。
逼塞(ひつそく)した息はお腹(なか)の上へ墓標(はかじるし)をたてようとする。
灰色の謀叛よ、お前の魂を火皿(ほざら)の心(しん)にささげて、
清浄に、安らかに伝道のために死なうではないか。

底本:岩波文庫『大手拓次詩集』原子朗編 岩波書店
   一九九一年一一月一八日第1刷
テキスト入力:浜野 智


夏歌九景−9
扇風器の歌
小熊秀雄


あゝ、扇風器はまはれども
人造の風は悲し
恋をするには
なまぬるく
アクビをするには力なし


底本:『新版・小熊秀雄全集第二巻』創樹社
   一九九〇年一二月一五日新版・第1刷
テキスト入力:八巻美惠
テキスト校正:浜野 智

秋歌九景

選:八巻美恵
  LUNA CAT
  浜野 智


秋歌九景−1
また落葉林で
立原道造


いつの間に もう秋! 昨日は
夏だつた……おだやかな陽気な
陽ざしが 林のなかに ざわめいてゐる
ひとところ 草の葉のゆれるあたりに

おまへが私のところからかへつて行つたときに
あのあたりには うすい紫の花が咲いてゐた
そしていま おまへは 告げてよこす
私らは別離に耐へることが出来る と

澄んだ空に 大きなひびきが
鳴りわたる 出発のやうに
私は雲を見る 私はとほい山脈(やまなみ)を見る

おまへは雲を見る おまへはとほい山脈を見る
しかしすでに 離れはじめた ふたつの眼(まな)ざし……
かへつて来て みたす日は いつかへり来る?


●作品について
青空文庫に登録されている『優しき歌』の中の一編。

底本:岩波文庫『立原道造詩集』杉浦明平編 岩波書店
   一九九七年九月五日第14刷
入力:山口美佐


秋歌九景−2

竹内浩三


さいげんなく
ざんござんごと
雨がふる
まっくらな空から
ざんござんごと
おしよせてくる

ぼくは
傘もないし
お金もない
雨にまけまいとして
がちんがちんと
あるいた

お金をつかうことは
にぎやかだからすきだ
ものをたべることは
にぎやかだからすきだ
ぼくは にぎやかなことがすきだ

さいげんなく ざんござんごと
雨がふる
ぼくは 傘もないし お金もない

きものはぬれて
さぶいけれど
誰もかまってくれない
ぼくは一人で
がちんがちんとあるいた
あるいた


●作品について
竹内浩三(一九二一―一九四五)三重県出身。一九四二年、戦争のため日大専門部映 画科を半年繰り上げて卒業後、即入営。フィリピンで戦死した。「雨」は中学時代の 友人と作った「伊勢文学」第二号(一九四二年)に初出。
底本:『竹内浩三全集1 骨のうたう』新評論
   一九八四年八月三〇日初版第3刷
テキスト入力:八巻美惠


秋歌九景−3
故国
テオドル・オオバネル
上田敏訳


小鳥でさへも巣は恋し、
まして青空、わが国よ、
うまれの里の波羅葦増雲(パウ)。


●作品について
青空文庫に登録されている上田敏訳詩集『海潮音』の中の1作。青空文庫のためのような詩だ。
波羅葦増雲(パウ)とあるは、文禄慶長年間、葡萄牙(ポルトガル)語より転じて一時、わが日本語化したる基督教法に所謂(いはゆる)天国の意なり。」(訳者)

底本:新潮文庫『海潮音 上田敏訳詩集』新潮社
   一九七七年六月三〇日35刷
入力:山口美佐
校正:Juki


秋歌九景−4
与謝蕪村 秋の句
萩原朔太郎選


門(かど)を出て故人に逢(あ)ひぬ秋の暮

秋の燈(ひ)やゆかしき奈良の道具市

おのが身の闇(やみ)より吠(ほ)えて夜半(よわ)の秋

月天心(つきてんしん)貧しき町を通りけり

恋さまざま願(ねがい)の糸も白きより

うら枯やからきめ見つる漆(うるし)の樹(き)

柳(やなぎ)散り清水(しみず)かれ石ところところ

●作品について
萩原朔太郎『郷愁の詩人 与謝蕪村』の秋の部にとりあげられている句から選んだ。

底本:岩波文庫『郷愁の詩人 与謝蕪村』岩波書店
   一九九八年四月一五日第14刷
入力:八巻美惠


秋歌九景−5
秋歌四首
大伴家持


ひさかたの雨間もおかず雲隠り
          鳴きぞ行くなる早田雁がね

雲隠り鳴くなる雁の行きて居む
          秋田の穂立繁くし思ほゆ

雨隠り心いぶせみ出で見れば
          春日の山は色づきにけり

雨霽れて清く照りたる此の月夜
          又更にして雲なたなびき

右四首天平八年丙子秋九月作

●作品について
大伴家持、十九歳の折りの作品。

出典:澤潟久孝『萬葉集注釋』中央公論社
入力・校正:町野修三


秋歌九景−6
素朴(そぼく)な琴(こと)
八木重吉


この明るさのなかへ
ひとつの素朴な琴をおけば
秋の美くしさに耐えかね
琴はしずかに鳴りいだすだろう


●作品について
青空文庫に登録されている『貧しき信徒』の中の一編。

底本:『八木重吉詩集』白凰社
テキスト入力:j.utiyama
テキスト校正:丹羽倫子


秋歌九景−7
飛行機
石川啄木


見よ、今日も、かの蒼空(あをぞら)に
飛行機の高く飛べるを。

給仕づとめの少年が
たまに非番の日曜日、
肺病やみの母親とたった二人の家にゐて、
ひとりせっせとリイダアの独学をする眼の疲れ……

見よ、今日も、かの蒼空に
飛行機の高く飛べるを。


●作品について
青空文庫に登録されている『石川啄木詩集』の中の一編。

底本:日本文学全集十二『国木田独歩・石川啄木集』集英社
   一九七二年九月一〇日9版
テキスト入力:j.utiyama
テキスト校正:八巻美惠


秋歌九景−8
秋の日はうすくして
大手拓次


秋の日は うすくして
衣に透(す)けり
秋の日は
みえざるごとく とほくして
思ひのかげを うごかせり


●作品について
青空文庫に登録されている『蛇の花嫁』の中の一編。

底本:世界の詩28『大手拓次詩集』彌生書房
   一九八一年六月五日7版発行
テキスト入力:湯地光弘
テキスト校正:瀬戸さえ子


秋歌九景−9
秋日小情他
北原白秋

[秋日小情]

妹よそなたにはきこえぬか秋のといきが

ふけゆくものは茶の利休ほのかに座るわがこころ

光る木によぢよ子どもよ寂しくばその光る木をゆすれよ

日もうらら風もうららよ麗(うら)らかに落つる木の葉や

眼(め)をあげ百姓枯木に雀がこぼるるぞ
(「真珠抄」より)

[鉦]

人みな往にぬ、うすらひぬ。
森の御寺の夕づく日、
ほの照り黄ばむさみしらに
やがて鉦うつ一人の
その夜ぞこひし、野も暮れよ、
あはれ初秋、日もゆふべ、
落穂ふみつゝ身はまよふ。
(「朱泥の馬」より)

[秋の日]

小さいその兒があかあかと
とんぼがへりや、皿まはし……
小さいその兒はしなしなと身體(からだ)反(そ)らして逆(さか)さまに、
足を輪にして、手に受けて、
顔を踵(かゝと)にちよと挾む、
足のあひだにその顔の坐(すは)るかなしさ、生(なま)じろさ。
落つる夕日のまんまろな光ながめてひと雫(しづく)。

あかい夕日のまんまろな光眺めてまじまじと、
足を輪にして、顔据ゑて、小さいその兒はまた涙。
傍(そば)にや親爺(おやぢ)が眞面目(まめ)がほ、
鉦(かね)や太鼓でちんからと、俵くづしの輕業(かるわざ)の
浮いた囃子(はやし)がちんからと。

知らぬ他國の潟海(がたうみ)に鴨の鳴くこゑほのじろく、
魚市場(さかないちば)の夕映(ゆふばえ)が血なまぐさそに照るばかり、
人立ちもないけうとさに秋も過ぎゆく、ちんからと。――

小さいその兒がただひとり、
とんぼがへりや、皿まはし……
(「思ひ出」より)

[小景]

   動坂の二階の窓より


大きな桐の枯れつ葉が、たつた一枚、
ゆらりかさりとするたびに、
跳ねとばされたり、止まつたり、
ちよんほりともんどりうつ、
小さい赤い五重の塔。
ああ、秋だ。
何処やらで日本の笛の音がする。

(「青燈集」より)


●著者について
一八八五―一九四二。福岡県柳河(現在の柳川市)生まれ。代表作に「雲母集」(歌集)、「からたちの花」(童謡集)など。一九四二年一一月二日没。
青空文庫には翻訳作品の『まざあ・ぐうす』が登録されている。

底本:『白秋詩集』アルス
   一九二八(昭和三)年七月二〇日発行
入力:LUNA CAT

冬歌九景

選:浜野 智

冬歌九景−1
冬の夕暮
千家元麿

夕暮の澄んだ微光の中に
静まり返つた原の中に
枯木が安らかに五六本立つてゐる
幹と枝とが実にやさしく
少しも動かずいゝ姿勢で
暮色の中に溶け入りさうに立つてゐる
その気品!


●作品について
大正一五年発行の詩集『夏草』中の1編。

●作者について
一八八八(明治二一)年、東京市に生まれる。出雲大社の宮司、埼玉・静岡両県及び東京府の知事、司法大臣などを歴任した男爵、千家尊福の庶子。青年期から学業になじめずに町を遊び歩き、短歌と俳句から文学に入った。一九一六(大正五)年頃から詩作に専念。人道主義的作風が武者小路実篤や長与善郎、高村光太郎らに愛され、親交を結んだ。一九四八(昭和二三)年、東京で没。享年六一。

底本:『日本の詩歌13』中央公論社
   一九八八年六月二五日新訂再版発行


冬歌九景−2
小景
千家元麿

冬が来た
夜は冷える
けれども星は毎晩キラキラ輝く
赤ん坊にしつこをさせるお母さんが
戸を明ければ
爽(さは)やかに冷たい空気が
サッと家の内に流れこみ
海の上で眼がさめたやう
大洋のやうな夜の上には
星がキラキラ
赤ん坊はぬくとい
股引(ももひき)のまゝで
円い足を空に向けて
お母さんの腕の上に
すつぽりはまつて
しつこする。


●作品について
大正七年発行の著者第一詩集『自分は見た』中の1編。

底本:『日本の詩歌13』中央公論社
   一九八八年六月二五日新訂再版発行


冬歌九景−3
冬の田舎
千家元麿


薮蔭の木賃宿に熊が泊つてゐる
障子の内では機(はた)の音がする
山には木を伐(き)る人があり
峡中の岩蔭では氷を切つてゐる男があり
両岸の森から鴨(かも)が啼きかはし
冬の真昼は閑寂として
河原に沿つて子供を背負つた女が
流れ木や枯葉を拾つて歩いてゐた

●作品について
昭和六年発行の詩集『霰』中の1編。

底本:『日本の詩歌13』中央公論社
   一九八八年六月二五日新訂再版発行


冬歌九景−4
冬の日
千家元麿


寒い風が奮然と林や野を逞(たくま)しく吹く時、
自分も奮然として風の中を歩くのが好きだ。
吹き曝(さ)らしの裸の畠や野や林の
蕭条(せうでう)とした道を、落葉の音や、枯草の戦(おのの)き立つ音をきき
黒いマントに凍(こご)えた躯を包(くる)んで
霜に荒れた土を踏むで悒鬱(いふうつ)な寂しさのために
風景が強く、鮮やかに冴えて厳(おごそ)かに清澄に見える厳冬の日を
独り偉大な寂寥に触れて歩くのだ
群集の中にゐるのを嫌つて
市井(しせい)を脱(のが)れて野へ来る時
孤独を見出したよろこび
野は蕭殺と変つた姿や
華やかに夏の日を憶(おも)ひ
花もなく放縦の趣きが消えて
素朴な冬となつた
閑寂に心惹(ひ)かれる。


●作品について
昭和一一年発行の著者生前最後の詩集『蒼海詩集』中の1編。

底本:『日本の詩歌13』中央公論社
   一九八八年六月二五日新訂再版発行


冬歌九景−5
干鮭吊して
新美南吉


干鮭吊して
小屋に
アイヌは冬を
越した。

白樺林の
凍る
谷間の冬を
越した。

子供等 ろばたに
寝てゝ
沼の伝説(はなし)を
きいた。

干鮭吊した
影は
さみしく 小屋に
揺れた。

 小鳥の来る日は
 まだか……
 白樺林(はし)の芽ぶくは
 まだか……

谷間に埋れた
小屋に
アイヌは春を
待つた。


底本:『新美南吉全集8巻』大日本図書
   一九八八年三月二五日第3刷発行
テキスト入力:浜野 智


冬歌九景−6
苔人形
新美南吉

苔人形は
つくられた、
木の実や苔や
白樺で。

ランプのかげに
つくられた、
シベリア樅の
森のかげ。

いろんな顔に
えがかれた、
ほだの消えてく
寒い夜に。

こつこつこつと
けづられた、
木こりや娘や
妻たちに。

赤いシャッポも
つけられた、
春に売られて
行くように。
コペイカ銅貨に
なるように。

そして貧しい
森かげの
きこりが暮して
行くように。

苔人形は
つくられた、
吹雪の音を
ききながら。


底本:『新美南吉全集8巻』大日本図書
   一九八八年三月二五日第3刷発行
テキスト入力:浜野 智


冬歌九景−7
早春の賦
新美南吉

弟よ
山羊曳くならバ
松丘の
みなみにゆかむ

こぞの雪
松の根方に
うそ寒く
いまだ残れど

弟よ
あのなく声は
はや春の
あほじならずや

この指に
きよくふるゝは
はや春の
風にあらずや

弟よ
山羊曳くならば
松丘のなぞへを
ゆかむ
口笛をならしつ
ゆかむ


底本:『新美南吉全集8巻』大日本図書
   一九八八年三月二五日第3刷発行
テキスト入力:浜野 智


冬歌九景−8
煖炉
小熊秀雄


ダクダクダク×××胸
この暖気の中から女が生れる
ダクダクダク×××胸
この暖気の中から情慾が生れる
鉄瓶は踊る
蓋を廻る、湯気…………白輪
爪先から這ひ上る肌よ
強烈な酒を盛つたカップよ
テーブルを辷(すべ)つて来い
この聖者の魂の壁を
きまぐれに刻む
カリ××カリ…………と刻む
サタンよ、去れ
まだ……まだ、あいつは
煖炉の上でバタを溶かして居るな


底本:岩波文庫版『小熊秀雄詩集』岩田宏編 岩波書店
   一九九〇年一〇月一六日第4刷
テキスト入力:浜野 智


冬歌九景−9
雪の夕餉
小熊秀雄


背後から紫色にまた
いくつもの紅の輪を重ねた風が
小児のやうに馳ける。

黄昏どきの雪の街
ほのぼのと魚の片腹身を焼く
夕餉の匂ひが煙つて来た。

私の病患は実に淑やかに
北方の白い沼地に沈むやうだ
失はれてゆく色濃い雪のやうに
厚い毛皮の重たさに張りつけられ。

夜の暗がりは真先に私を射て
激しい青ざめた獣の
枯れた樹間の寝床は
淋しい霜に閉ぢこめられる。


底本:岩波文庫『小熊秀雄詩集』岩田宏編 岩波書店
   一九九〇年一〇月一六日第4刷
テキスト入力:浜野 智

雲の九景

選:泉井小太郎

雲の九景―1
空に眞赤な
北原白秋


空に眞赤(まつか)な雲のいろ。
玻璃(はり)に眞赤(まつか)な酒のいろ。
なんでこの身(み)が悲しかろ。
空に眞赤(まつか)な雲のいろ。


●著者について
一八八五―一九四二。福岡県柳河(現在の柳川市)生まれ。
処女詩集『邪宗門』(一九〇九)、第二詩集『思ひ出』(一九一一)で一躍時代の寵児となる。短歌・童謡にも天才を発揮、多くの作品を残した。「空に眞赤な」はよく愛誦された詩で、曲も付けられている。
青空文庫には翻訳作品の『まざあ・ぐうす』が登録されている。

底本:岩波文庫『白秋抒情詩抄』吉田一穂編 岩波書店
   一九七三年一一月二〇日第38刷
入力:泉井小太郎


雲の九景―2

八木重吉


あの 雲は くも
あのまつばやしも くも

あすこいらの
ひとびとも
雲であればいいなあ


●作品について
青空文庫に登録されている『貧しき信徒』の中の一編。
底本:『八木重吉詩集』白凰社
入力:j.utiyama
校正:丹羽倫子


雲の九景―3

新美南吉


麒麟(キリン)ノヨウニ
クビガ ナガイ。
カラダハ 生活ノ
ザツバクノナカニ
オキナガラ。
雲ニ アタマヲ
ツッコンデイル。
薔薇イロノ
雲ニ。


●出典について
底本:『新美南吉全集 第八巻』大日本図書
   一九八一年一月三一日初版
入力:泉井小太郎


雲の九景―4
雲の句抄
種田山頭火


あの雲がおとした雨にぬれてゐる

物乞ふ家もなくなり山には雲

寒い雲がいそぐ

雲がいそいでよい月にする

焼場水たまり雲をうつして寒く

死はひややかな空とほく雲のゆく


●作品について
いずれも、青空文庫に登録されている『草木塔』中の作品。

底本:『現代日本文学大系95現代句集 種田山頭火篇』筑摩書房
   一九七三年九月二五日初版第1刷
テキスト入力:j.utiyama
テキスト校正:浜野 智


雲の九景―5
雲の信號
宮澤賢治


あゝいゝな、せいせいするな
風が吹くし
農具はぴかぴか光ってゐるし
山はぼんやり
岩頚(がんけい)だって岩鐘(がんしやう)だって
みんな時間のないころのゆめをみてゐるのだ
そのとき雲の信號は
もう青白い春の
禁欲のそら高く掲(かゝ)げられてゐた
山はぼんやり
きっと四本杉には
今夜は雁もおりてくる


●作品について
青空文庫に登録されている『春と修羅』の中の一作

底本:復刻版『春と修羅』日米教育関係学会
   一九九五年一二月一日
親本:『春と修羅』関根書店
   一九二四年四月二〇日
入力:渡辺宏


雲の九景―6
即興
富永太郎


古池の上に
ぬつと突き出たマドロスパイプ。
下ではあめんぼが
番つたまゝすつと走る。
しやがんだ散策者の
吐き出す煙(けむ)が
池の中で夕焼雲に追ひすがる。


●著者について
一九〇一―一九二五年。東京生まれ。
仙台の二高理科で生物学を、東京外語大でフランス語を学ぶも共に中退。上海に遊び、京都に流れ、『山繭』同人となって大岡昇平、中原中也と相識る。河上徹太郎、小林秀雄とは中学以来の親交がある。ランボーを訳し、象徴主義風の詩を書き、絵にも才を見せたが結核で夭折。没後私家版の『富永太郎詩集』が刊行された。
底本:『富永太郎詩集』創元社
   一九四九年一〇月三〇日)
入力:泉井小太郎


雲の九景―7
雲の歌抄
與謝野晶子


誰ぞ夕(ゆふべ) ひがし生駒(いこま)の 山の上の まよひの雲に この子うらなへ

百の寺 そのひと寺(てら)の 鐘なりぬ 今し江の北 雨雲(あまぐも)ながる

かの空よ 若狹は北よ われ載せて 行く雲なきか 西の京の山

何となき ただ一ひらの 雲に見ぬ みちびきさとし 聖歌(せいか)のにほひ

わがいだく おもかげ君は そこに見ん 春のゆふべの 黄雲(きぐも)のちぎれ

●作品について
青空文庫に登録されている『みだれ髪』から。
底本:『與謝野晶子全集』第一卷 改造社
   一九三三年九月一二日
入力:岡島昭浩


雲の九景―8
落葉林で
立原道造


あのやうに
あの雲が 赤く
光のなかで
死に絶えて行つた

私は 身を凭(もた)せてゐる
おまへは だまつて 脊を向けてゐる
ごらん かへりおくれた
鳥が一羽 低く飛んでゐる

私らに 一日が
はてしなく 長かつたやうに

雲に 鳥に
そして あの夕ぐれの花たちに

私らの 短いいのちが
どれだけ ねたましく おもへるだらうか


●作品について
青空文庫に登録されている『優しき歌 I・II 』の中の一作。
底本:岩波文庫『立原道造詩集』岩波書店
   一九九七年九月五日発行第14刷
親本:『立原道造全集第一巻』角川書店  一九七一年六月
   『立原道造全集第二巻』角川書店  一九七一年八月
テキスト入力: 山口美佐


雲の九景―9
空の青さと雲の白さのために歌ふ
小熊秀雄


空はあくまで青く、
雲はあくまで白く、
私達のために
私達の眼のとどく限り空は展開されてゐた、
ハムレットのセリフではないが
クジラのやうな雲の形は
見る見るラクダのやうに形を変へてゆく。
私はこの自由に移りかはる雲を
引きもどす何の神通力をもつてゐない
だが私の眼は
その雲をどこまでも何処までもと
追つてゆく力がある、

いま世界で
何人の人間がお前を見上げてゐるだらうか、
雲よ、
お前はそれを知つてゐるだらうか――。
あらゆる階級が
あらゆる処から空を仰いでゐるだらう、
幸(しあは)せなもの、
空よ、雲よ、
お前はあくまで我々のために動くものであれ、
その青さと白さの
明瞭さの為めに
私達は何時も
晴れた日のお前たちを
勝利の緞帳(どんちやう)のやうにも見あげる、


●作品について
青空文庫に登録されている『小熊秀雄全集4 詩集(3)小熊秀雄詩集1』の中の1作。
底本:『新版・小熊秀雄全集第2巻』創樹社
   一九九〇年一二月一五日第1刷
入力:八巻美恵
校正:浜野 智

亀之助六景

選:LUNA CAT

亀之助六景―1
猫の眼月
尾形亀之助


嵐がやんで
大きくくぼんだ空に
低く 猫の眼のやうな月が出てゐる

私の静物をぬすんでいつたのはお前にちがひない――
嵐のあとを
お前がいくら猫の眼に化けても

お前に眼鏡をとられるようなことのないやうにさつきから用心してゐる


●作者について
一九〇〇―一九四二。宮城県出身の詩人。『歴程』同人。
資産家の長男として生まれるが、二十歳から四十二歳で死ぬまで、生家とは没交渉で、デラシネの生活をえらんだ。その詩にも、生に対する倦怠感、虚無感がうかがわれる。
詩集に『色ガラスの街』『雨になる朝』『障子のある家』

底本:『日本の詩 明治・大正の詩』ほるぷ出版
   一九八三(昭和五八)年一二月一日第2版発行
入力:LUNA CAT


亀之助六景―2
今日は針の気げんがわるい
尾形亀之助


今日は針の気げんがわるい

三度も指をつついてしまつたし
なかなか 糸もとほらなかつた

プツツ プツツ プツツ プツツ――
針は布をくぐつては気げんのわるい顔を出しました

「お婆さん お茶にしませう」と針が
だが
お婆さんは耳が遠いので聞えません


底本:『日本の詩 明治・大正の詩』ほるぷ出版
   一九八三(昭和五八)年一二月一日第2版発行
入力:LUNA CAT


亀之助六景―3
彼の居ない部屋
尾形亀之助


部屋には洋服がかかつてゐた

右肩をさげて
ぼたんをはづして
壁によりかかつてゐた

それは
行列の中の一人のやうなさびしさがあつた
そして
壁の中にとけこんでゆきさうな不安が隠れてゐた

私は いつも
彼のかけてゐる椅子に坐つてお化けにとりまかれた


底本:『日本の詩 明治・大正の詩』ほるぷ出版
   一九八三(昭和五八)年一二月一日第2版発行
入力:LUNA CAT


亀之助六景―4
夜がさみしい
尾形亀之助


眠れないので夜が更ける

私は電燈をつけたまま仰向けになつて寝床に入つてゐる

電車の音が遠くから聞すてくると急に夜が糸のやうに細長くなつて
その端に電車がゆはへついてゐる


底本:『日本の詩 明治・大正の詩』ほるぷ出版
   一九八三(昭和五八)年一二月一日第2版発行
入力:LUNA CAT


亀之助六景―5
無題詩
尾形亀之助


夜になると訪ねてくるものがある

気づいて見ると
なるほど毎夜訪ねてくる変んなものがある

それは ごく細い髪の毛か
さもなければ遠くの方で土を掘りかへす指だ

さびしいのだ
さびしいから訪ねて来るのだ

訪ねてきてもそのまま消えてしまつて
いつも私の部屋にゐる私一人だ


底本:『日本の詩 明治・大正の詩』ほるぷ出版
   一九八三(昭和五八)年一二月一日第2版発行
入力:LUNA CAT


亀之助六景―6
初夏一週間(恋愛後記)
尾形亀之助


つよい風が吹いて一面に空が曇つてゐる
私はこんな日の海の色を知つてゐる

歯の痛みがこめかみの上まで這ふやうに疼(うづ)いてゐる

私に死を誘ふのは活動写真の波を切つて進んでゐる汽船である
夕暮のやうな色である

     ×

昨日は窓の下に紫陽花(あぢさゐ)を植ゑ 一日晴れてゐた


底本:『日本の詩 明治・大正の詩』ほるぷ出版
   一九八三(昭和五八)年一二月一日第2版発行
入力:LUNA CAT

ちへいせん公開:2001年1月