月に照らされると
月のひかりに
こころがうたれて
芋の洗ったのや
すすきや豆腐をならべたくなる
お月見だお月見だとさわぎたくなる
月にてらされると
ひとりでに遊びたくなってくる
そっと涙をながしたり
にこにこしたりしておどりたくなる
一
月夜に七人の子供が歩いておりました。
大きい子供も小さい子供もまじっておりました。
月は、上から照らしておりました。子供たちの影は短かく地(じ)べたにうつりました。
子供たちはじぶんじぶんの影を見て、ずいぶん大頭で、足が短いなあと思いました。
そこで、おかしくなって、笑い出す子もありました。あまりかっこうがよくないので二、三歩はしって見る子もありました。
こんな月夜には、子供たちは何か夢みたいなことを考えがちでありました。
子供たちは小さい村から、半里ばかりはなれた本郷(ほんごう)へ、夜のお祭を見にゆくところでした。
切通しをのぼると、かそかな春の夜風にのって、ひゅうひゃらりゃりゃと笛の音(ね)が聞えて来ました。
子供たちの足はしぜんにはやくなりました。
すると一人の子供がおくれてしまいました。
「文六(ぶんろく)ちゃん、早く来い」
とほかの子供が呼びました。
文六ちゃんは月の光でも、やせっぽちで、色の白い、眼玉の大きいことのわかる子供です。できるだけいそいでみんなに追いつこうとしました。
「んでも俺(おれ)、おっ母(か)ちゃんの下駄(げ た)だもん」
と、とうとう鼻をならしました。なるほど細長いあしのさきには大きな、大人(おとな)の下駄がはかれていました。
二
本郷にはいるとまもなく、道ばたに下駄屋さんがあります。
子供たちはその店にはいってゆきました。文六ちゃんの下駄を買うのです。文六ちゃんのお母さんに頼まれたのです。
「あののイ、小母(お ば)さん」
と、義則(よしのり)君が口をとがらして下駄屋の小母さんにいいました。
「こいつのイ、樽屋(たるや)の清(せい)さの子供だけどのイ、下駄を一足やっとくれや。あとから、おっ母さんが銭(ぜに)もってくるげなで」
みんなは、樽屋の清さの子供がよく見えるように、まえへ押しだしました。それは文六ちゃんでした。文六ちゃんは二つばかり眼(ま)ばたきしてつっ立っていました。
小母さんは笑い出して、下駄を棚(たな)からおろしてくれました。
どの下駄が足によくあうかは、足にあてて見なければわかりません。義則君が、お父さんか何ぞのように、文六ちゃんの足に下駄をあてがってくれました。何しろ文六ちゃんは、一人きりの子供で、甘えん坊でした。
ちょうど文六ちゃんが、新しい下駄をはいたときに、腰のまがったお婆(ばあ)さんが下駄屋さんにはいって来ました。そしてお婆さんはふとこんなことをいうのでした。
「やれやれ、どこの子だか知らんが、晩げに新しい下駄をおろすと狐(きつね)がつくというだに」
子供たちはびっくりしてお婆さんの顔を見ました。
「嘘(うそ)だい、そんなこと」
とやがて義則君がいいました。
「迷信だ」
とほかの一人がいいました。
それでも子供たちの顔には何か心配な色がただよっていました。
「ようし、そいじゃ、小母さんがまじないしてやろう」
と、下駄屋の小母さんが口軽くいいました。
小母さんは、マッチを一本するまねして、文六ちゃんの新しい下駄のうらに、ちょっと触(さわ)りました。
「さあ、これでよし。これでもう、狐も狸(たぬき)もつきゃしん」
そこで子供たちは下駄屋さんを出ました。
三
子供たちは綿(わた)菓子(が し)を喰(た)べながら、稚(ち)児(ご)さんが二つの扇を、眼にもとまらぬ速さでまわしながら、舞台の上で舞うのを見ていました。その稚児さんは、お白粉(しろい)をぬりこくって顔をいろどっているけれど、よく見ると、お多福(たふく)湯(ゆ)のトネ子でありましたので、
「あれ、トネ子だよ、ふふ」
とささやきあったりしました。
稚児さんを見てるのに飽くと、くらいところにいって、鼠花火(ねずみはなび)をはじかせたり、かんしゃく玉を石垣(いしがき)にぶつけたりしました。
舞台を照らすあかるい電燈には、虫がいっぱい来て、そのまわりをめぐっていました。見ると、舞台の正面のひさしのすぐ下に、大きな、あか土色の蛾(が)がぴったりはりついていました。
山車(だ し)の鼻先のせまいところで、人形の三番叟(さんばそう)が踊りはじめる頃は、すこし、お宮の境内(けいだい)の人も少(すくな)くなったようでした。花火や、ゴム風船の音もへったようでした。
子供たちは山車の鼻の下にならんで、仰向いて、人形の顔を見ていました。
人形は大人(おとな)とも子供ともつかぬ顔をしています。その黒い眼は生きているとしか思えません。ときどき、またたきするのは、人形を踊らす人がうしろで糸をひくのです。子供たちはそんなことはよく知っています。しかし、人形がまたたきすると、子供たちは、何だか、ものがなしいような、ぶきみなような気がします。
するととつぜん、パクッと人形が口をあきペロッと舌を出し、あっというまに、もとのように口をとじてしまいました。まっかな口の中でした。
これも、うしろで糸をひく人がやったことです。子供たちはよく知っているのです。ひるまなら、子供たちは面白がって、ゲラゲラ笑うのです。
けれど子供たちは、いまは笑いませんでした。提灯(ちょうちん)の光の中で、――影の多い光の中で、まるで生きている人間のように、まばたきしたり、ペロッと舌を出したりする人形……何というぶきみなものでしょう。
――子供たちは思い出しました、文六ちゃんの新しい下駄のことを。晩げに新しい下駄をおろすものは狐につかれるといったあの婆さんのことを。
子供たちは、じぶんたちが、ながく遊びすぎたことにも気がつきました。じぶんたちにはこれから帰ってゆかねばならない、半里の、野中の道があったことにも気がつきました。
四
かえりも月夜でありました。
しかし、かえりの月夜は、なんとなくつまらないものです。子供たちは、だまって――ちょうど一人一人が、じぶんのこころの中をのぞいてでもいるように、だまって歩いていました。
切通し坂の上に来たとき、一人の子が、もう一人の子の耳に口を寄せて何かささやきました。するとささやかれた子は別の子のそばにいって何かささやきました。その子はまた別の子にささやきました。――こうして、文六ちゃんのほか、子供たちは何か一つのことを、耳から耳へいいつたえました。
それはこういうことだったのです。「下駄屋さんの小母(おば)さんは文六ちゃんの下駄に、ほんとうにマッチをすっておまじないをしやしんだった。まねごとをしただけだった」
それから子供たちはまたひっそりして歩いてゆきました。ひっそりしているとき子供たちは考えておりました。
――狐につかれるというのはどんなことかしらん。文六ちゃんの中に狐がはいることだろうか。文六ちゃんの姿や形はそのままでいて、心は狐になってしまうことだろうか。そうすると、いまもう、文六ちゃんは狐につかれているかもしれないわけだ。文六ちゃんは黙っているからわからないが、心の中はもう狐になってしまっているかもしれないわけだ。
おなじ月夜で、おなじ野中の道では、誰でもおなじようなことを考えるものです。そこでみんなの足はしぜんにはやくなりました。
ぐるりを低い桃の木でとりまかれた池のそばへ、道が来たときでした。子供たちの中で誰かが、
「コン」
と小さい咳(せき)をしました。
ひっそりして歩いているときなので、みんなは、その小さい音でさえ、聞きおとすわけにはゆきませんでした。
そこで子供たちは、今の咳は誰がしたか、こっそり調べました。すると――文六ちゃんがしたということがわかりました。
文六ちゃんがコンと咳をした! それなら、この咳にはとくべつの意味があるのではないかと子供たちは考えました。よく考えて見るとそれは咳ではなかったようでした。狐の鳴声のようでした。
「コン」
とまた文六ちゃんがいいました。
文六ちゃんは狐になってしまったと子供たちは思いました。わたしたちの中には狐が一匹はいっていると、みんなは恐ろしく思いました。
五
樽屋(たるや)の文六ちゃんの家は、みんなの家とは少しはなれたところにありました。ひろい、蜜柑畑(みかんばたけ)になっている屋敷にかこわれて、一軒きり、谷地(やち)にぽつんと立っていました。子供たちはいつも、水車のところから少し廻りみちして、文六ちゃんを、その家の門口(かどぐち)まで送ってやることにしていました。なぜなら、文六ちゃんは樽屋の清六さんの一人きりの大事な坊(ぼっ)ちゃんで、甘えん坊だからです。文六ちゃんのお母さんが、よく、蜜柑やお菓子をみんなにくれて、文六ちゃんと遊んでやってくれとたのみに来るからです。今晩も、お祭にゆくときには、その門口まで、文六ちゃんを迎えに行ってやったのでした。
さてみんなは、とうとう、水車のところに来ました。水車の横から細い道がわかれて草の中を下へおりてゆきます。それが文六ちゃんの家にゆく道です。
ところが、今夜は誰も、文六ちゃんのことを忘れてしまったかのように、送ってゆこうとするものがありません。忘れたどころではありません、文六ちゃんがこわいのです。
甘えん坊の文六ちゃんは、それでも、いつも親切な義則君だけは、こちらへ来てくれるだろうと思って、うしろをむきむき、水車のかげになってゆきました。
とうとう、だれも文六ちゃんといっしょにゆきませんでした。
さて文六ちゃんは、ひとりで、月にあかるい谷地へおりてゆく細道をくだりはじめました。どこかで、蛙(かえる)がくくみ声で鳴いていました。
文六ちゃんは、ここから、じぶんの家までは、もうじきだから、誰も送ってくれなくても、困るわけではないのです。だが、いつもは送ってくれたのです、今夜にかぎっておくってくれないのです。
文六ちゃんは、ぼけんとしているようでも、もうちゃんと知っているのです、みんなが、じぶんの下駄のことで何といいかわしたか、また、じぶんが咳(せき)をしたためにどういうことになったかを。
祭にゆくまでは、あんなに、じぶんに親切にしてくれたみんなが、じぶんが、夜新しい下駄をはいて狐にとりつかれたかしれないために、もう誰一人かえりみてくれない、それが文六ちゃんにはなさけないのでした。
義則君なんか文六ちゃんより四年級も上だけれど親切な子で、いつもなら、文六ちゃんが寒そうにしていると、洋服の上に着ている羽織(はおり)をぬいでかしてくれたものでした(田舎(いなか)の少年は寒い時、洋服の上に羽織を着ています)。それだのに、今夜は、文六ちゃんが、いくら咳をしていても羽織を貸してやろうとはいいませんでした。
文六ちゃんの屋敷の外囲いになっている槙(まき)の生垣(いけがき)のところに来ました。背(せ)戸口(どぐち)の方の小さい木戸をあけて中にはいりながら、文六ちゃんは、じぶんの小さい影法師(かげぼうし)を見てふと、ある心配を感じました。
――ひょっとすると、じぶんはほんとうに狐につかれているかもしれない、ということでした。そうすると、お父さんやお母さんはじぶんをどうするだろうということでした。
六
お父さんが樽屋さんの組合へいつて、今晩はまだ帰らないので、文六ちゃんとお母さんはさきに寝(やす)むことになりました。
文六ちゃんは初等科三年生なのにまだお母さんといっしょに寝るのです。ひとり子ですからしかたないのです。
「さあ、お祭の話を、母ちゃんにきかしておくれ」
とお母さんは、文六ちゃんのねまきのえりを合わせてやりながらいいました。
文六ちゃんは、学校から帰れば学校のことを、町にゆけば町のことを、映画を見てくれば映画のことをお母さんにきかれるのです。文六ちゃんは話が下手(へ た)ですから、ちぎれちぎれに話をします。それでもお母さんは、とても面白がって、よろこんで文六ちゃんの話をきいてくれるのでした。
「神子(み こ)さんね、あれよく見たら、お多福湯のトネ子だったよ」
と文六ちゃんは話しました。
お母さんは、そうかい、といって、面白そうに笑って、
「それから、もう誰が出たかわからなかったかい」
とききました。
文六ちゃんはおもいだそうとするように、眼を大きく見ひらいて、じっとしていましたが、やがて、祭の話はやめて、こんなことをいいだしました。
「母ちゃん、夜、新しい下駄おろすと、狐につかれる?」
お母さんは、文六ちゃんが何をいい出したかと思って、しばらく、あっけにとられて文六ちゃんの顔を見ていましたが、今晩、文六ちゃんの身の上に、おおよそどんなことが起ったか、けんとうがつきました。
「誰がそんなことをいった?」
文六ちゃんはむきになって、じぶんのさきの問いをくりかえしました。
「ほんと?」
「嘘(うそ)だよ、そんなこと。昔の人がそんなことをいっただけだよ」
「嘘だね?」
「嘘だとも」
「きっとだね」
「きっと」
しばらく文六ちゃんは黙っていました。黙っている間に、大きい眼玉が二度ぐるりぐるりとまわりました。それからいいました。
「もし、ほんとだったらどうする?」
「どうするって、何を?」
とお母さんがききかえしました。
「もし、僕が、ほんとに狐になっちゃったらどうする?」
お母さんは、しんからおかしいように笑いだしました。
「ね、ね、ね」
と文六ちゃんは、ちょっとてれくさいような顔をして、お母さんの胸を両手でぐんぐん押しました。
「そうさね」と、お母さんはちょっと考えていてからいいました。「そしたら、もう、家におくわけにゃいかないね」
文六ちゃんは、それをきくと、さびしい顔つきをしました。
「そしたら、どこへゆく?」
「鴉根山(からすねやま)の方にゆけば、今でも狐がいるそうだから、そっちへゆくさ」
「母ちゃんや父ちゃんはどうする?」
するとお母さんは、大人(おとな)が子供をからかうときにするように、たいへんまじめな顔で、しかつべらしく、
「父ちゃんと母ちゃんは相談をしてね、かあいい文六が、狐になってしまったから、わしたちもこの世に何のたのしみもなくなってしまったで、人間をやめて、狐になることにきめますよ」
「父ちゃんも母ちゃんも狐になる?」
「そう、二人で、明日(あした)の晩げに下駄屋さんから新しい下駄を買って来て、いっしょに狐になるね。そうして、文六ちゃんの狐をつれて鴉根の方へゆきましょう」
文六ちゃんは大きい眼をかがやかせて、
「鴉根って、西の方?」
「成岩(なるわ)から西南の方の山だよ」
「深い山?」
「松の木が生(は)えているところだよ」
「猟師はいない?」
「猟師って鉄砲打ちのことかい? 山の中だからいるかも知れんね」
「猟師が撃ちに来たら、母ちゃんどうしよう?」
「深い洞穴(ほらあな)の中にはいって三人で小さくなっていれば見つからないよ」
「でも、雪が降ると餌(えさ)がなくなるでしょう。餌を拾いに出たとき猟師の犬に見つかったらどうしよう」
「そしたら、いっしょうけんめい走って逃げましょう」
「でも、父ちゃんや母ちゃんは速いでいいけど、僕は子供の狐だもん、おくれてしまうもん」
「父ちゃんと母ちゃんが両方から手をひっぱってあげるよ」
「そんなことをしてるうちに、犬がすぐうしろに来たら?」
お母さんはちょっと黙っていました。それから、ゆっくりいいました。もうしんからまじめな声でした。
「そしたら、母ちゃんは、びっこをひいてゆっくりいきましょう」
「どうして?」
「犬は母ちゃんに噛(か)みつくでしょう、そのうちに猟師が来て、母ちゃんをしばってゆくでしょう。その間に、坊やとお父ちゃんは逃げてしまうのだよ」
文六ちゃんはびっくりしてお母さんの顔をまじまじと見ました。
「いやだよ、母ちゃん、そんなこと。そいじゃ、母ちゃんがなしになってしまうじゃないか」
「でも、そうするよりしようがないよ、母ちゃんはびっこをひきひきゆっくりゆくよ」
「いやだったら、母ちゃん。母ちゃんがなくなるじゃないか」
「でもそうするよりしようがないよ、母ちゃんは、びっこをひきひきゆっくりゆっくり……」
「いやだったら、いやだったら、いやだったら!」
文六ちゃんはわめきたてながら、お母さんの胸にしがみつきました。涙がどっと流れて来ました。
お母さんも、ねまきのそででこっそり眼のふちをふきました、そして文六ちゃんがはねとばした、小さい枕(まくら)を拾って、あたまの下にあてがってやりました。
美しいものになら ほほゑむがよい
涙よ いつまでも かはかずにあれ
陽は 大きな景色のあちらに沈みゆき
あのものがなしい 月が燃え立つた
つめたい!光にかがやかされて
さまよひ歩くかよわい生き者たちよ
己は どこに住むのだらう――答へておくれ
夜に それとも昼に またうすらあかりに?
私らはたたずむであらう 霧のなかに
霧は山の沖にながれ 月のおもを
投箭のやうにかすめ 私らをつつむであらう
灰の帷のやうに
私らは別れるであらう 知ることもなしに
知られることもなく あの出会つた
雲のやうに 私らは忘れるであらう
水脈のやうに
その道は銀の道 私らは行くであらう
ひとりはなれ……(ひとりはひとりを
夕ぐれになぜ待つことをおぼえたか)
私らは二たび逢はぬであらう 昔おもふ
月のかがみはあのよるをうつしてゐると
私らはただそれをくりかへすであらう
お手紙によりますと、あなたはK君の溺(でき)死(し)について、それが過失だったろうか、自殺だったろうか、自殺ならば、それが何に原因しているのだろう、あるいは不治の病をはかなんで死んだのではなかろうかと様さまに思い悩んでいられるようであります。そしてわずか一(ひ)と月ほどの間に、あの療養地のN海岸で偶然にも、K君と相識ったというような、一面識もない私にお手紙をくださるようになったのだと思います。私はあなたのお手紙ではじめてK君の彼地(かのち)での溺死を知ったのです。私はたいそうおどろきました。と同時に「K君はとうとう月世界へ行った」と思ったのです。どうして私がそんな奇異なことを思ったか、それを私は今ここでお話しようと思っています。それはあるいはK君の死の謎を解く一つの鍵であるかも知れないと思うからです。
それはいつ頃だったか、私がNへ行ってはじめての満月の晩です。私は病気の故(せい)でその頃夜がどうしても眠れないのでした。その晩もとうとう寝床を起きてしまいまして、幸い月夜でもあり、旅館を出て、錯落とした松樹の影を踏みながら砂浜へ出て行きました。引きあげられた漁船や、地引網を捲(ま)く轆轤(ろくろ)などが白い砂に鮮かな影をおとしているほか、浜には何の人影もありませんでした。干潮で荒い浪が月光に砕けながらどうどうと打ち寄せていました。私は煙草をつけながら漁船のとも[#「とも」に傍点]に腰を下して海を眺めていました。夜はもうかなり更(ふ)けていました。
しばらくして私が眼を砂浜の方に転じましたとき、私は砂浜に私以外のもう一人の人を発見しました。それがK君だったのです。しかしその時はK君という人を私はまだ知りませんでした。その晩、それから、はじめて私達は互いに名乗り合ったのですから。
私は折りおりその人影を見返りました。そのうちに私はだんだん奇異の念を起こしてゆきました。というのは、その人影――K君――は私と三四十歩も距(へだた)っていたでしょうか、海を見るというのでもなく、全く私に背を向けて、砂浜を前に進んだり、後に退いたり、と思うと立ち留ったり、そんなことばかりしていたのです。私はその人がなにか落し物でも捜しているのだろうかと思いました。首は砂の上を視凝(みつ)めているらしく、前に傾いていたのですから。しかしそれにしては跼(かが)むこともしない、足で砂を分けて見ることもしない。満月でずいぶん明るいのですけれど、火を点けて見る様子もない。
私は海を見ては合間合間に、その人影に注意し出しました。奇異の念はますます募(つの)ってゆきました。そしてついには、その人影が一度もこちらを見返らず、全く私に背を向けて動作しているのを幸い、じっとそれを見続けはじめました。不思議な戦慄(せんりつ)が私を通り抜けました。その人影のなにか魅かれているような様子が私に感じたのです。私は海の方に向き直って口笛を吹きはじめました。それがはじめは無意識にだったのですが、あるいは人影になにかの効果を及ぼすかもしれないと思うようになり、それは意識的になりました。私ははじめシューベルトの「海辺にて」を吹きました。ご存じでしょうが、それはハイネの詩に作曲したもので、私の好きな歌の一つなのです。それからやはりハイネの詩の「ドッペルゲンゲル」。これは「二重人格」というのでしょうか。これも私の好きな歌なのでした。口笛を吹きながら、私の心は落ちついて来ました。やはり落し物だ、と思いました。そう思うよりほか、その奇異な人影の動作を、どう想像することができましょう。そして私は思いました。あの人は煙草を喫(の)まないから燐寸(マッチ)がないのだ。それは私が持っている。とにかくなにか非常に大切なものを落としたのだろう。私は燐寸を手に持ちました。そしてその人影の方へ歩きはじめました。その人影に私の口笛は何の効果もなかったのです。相変わらず、進んだり、退いたり、立ち留ったり、の動作を続けているのです。近寄ってゆく私の足音にも気がつかないようでした。ふと私はビクッとしました。あの人は影を踏んでいる。もし落し物なら影を背にしてこちらを向いて捜すはずだ
天心をややに外(はず)れた月が私の歩いて行く砂の上にも一尺ほどの影を作っていました。私はきっとなにか[#「なにか」に傍点]だとは思いましたが、やはり人影の方へ歩いてゆきました。そして二三間手前で、思い切って、
「何か落し物をなさったのですか」
とかなり大きい声で呼びかけてみました。手の燐寸(マッチ)を示すようにして。
「落し物でしたら燐寸がありますよ」
次にはそう言うつもりだったのです。しかし落し物ではなさそうだと悟(さと)った以上、この言葉はその人影に話しかける私の手段に過ぎませんでした。
最初の言葉でその人は私の方を振り向きました。「のっぺらぽー」そんなことを不(しら)知不識(ずしらず)の間に思っていましたので、それは私にとって非常に怖ろしい瞬間でした。
月光がその人の高い鼻を滑りました。私はその人の深い瞳を見ました。と、その顔は、なにか極(き)まり悪気な貌に変わってゆきました。
「なんでもないんです」
澄んだ声でした。そして微笑がその口のあたりに漾(ただよ)いました。
私とK君とが口を利いたのは、こんなふうな奇異な事件がそのはじまりでした。そして私達はその夜から親しい間柄になったのです。
しばらくして私達は再び私の腰かけていた漁船のとも[#「とも」に傍点]へ返りました。そして、
「ほんとうにいったい何をしていたんです」
というようなことから、K君はぼつぼつそのことを説き明かしてくれました。でも、はじめの間はなにか躊躇(ちゅうちょ)していたようですけれど。
K君は自分の影を見ていた、と申しました。そしてそれは阿片(あへん)のごときものだ、と申しました。
あなたにもそれが突飛でありましょうように、それは私にも実に突飛でした。
夜光虫が美しく光る海を前にして、K君はその不思議な謂(い)われをぼちぼち話してくれました。
影ほど不思議なものはないとK君は言いました。君もやってみれば、必ず経験するだろう。影をじーっと視凝(みつ)めておると、そのなかにだんだん生物の相があらわれて来る。ほかでもない自分自身の姿なのだが。それは電燈の光線のようなものでは駄目だ。月の光が一番いい。何故ということは言わないが、――というわけは、自分は自分の経験でそう信じるようになったので、あるいは私自身にしかそうであるのに過ぎないかもしれない。またそれが客観的に最上であるにしたところで、どんな根拠でそうなのか、それは非常に深遠なことと思います。どうして人間の頭でそんなことがわかるものですか。――これがK君の口調でしたね。何よりもK君は自分の感じに頼り、その感じの由(よ)って来たる所を説明のできない神秘のなかに置いていました。
ところで、月光による自分の影を視凝(みつ)めているとそのなかに生物の気配があらわれて来る。それは月光が平行光線であるため、砂に写った影が、自分の形と等しいということがあるが、しかしそんなことはわかり切った話だ。その影も短いのがいい。一尺二尺くらいのがいいと思う。そして静止している方が精神が統一されていいが、影は少し揺れ動く方がいいのだ。自分が行ったり戻ったり立ち留ったりしていたのはそのためだ。雑穀屋が小豆(あずき)の屑を盆の上で捜すように、影を揺ってごらんなさい。そしてそれをじーっと視凝(みつ)めていると、そのうちに自分の姿がだんだん見えて来るのです。そうです、それは「気配」の域を越えて「見えるもの」の領分へ入って来るのです。――こうK君は申しました。そして、
「先刻あなたはシューベルトの『ドッペルゲンゲル』を口笛で吹いてはいなかったですか」
「ええ。吹いていましたよ」
と私は答えました。やはり聞こえてはいたのだ、と私は思いました。
「影と『ドッペルゲンゲル』。私はこの二つに、月夜になれば憑かれるんですよ。この世のものでないというような、そんなものを見たときの感じ。――その感じになじんでいると、現実の世界が全く身に合わなく思われて来るのです。だから昼間は阿片喫煙者のように倦怠(けんたい)です」
とK君は言いました。
自分の姿が見えて来る。不思議はそればかりではない。だんだん姿があらわれて来るに随(したが)って、影の自分は彼自身の人格を持ちはじめ、それにつれてこちらの自分はだんだん気持が杳(はる)かになって、ある瞬間から月へ向かって、スースーッと昇って行く。それは気持で何物とも言えませんが、まあ魂とでも言うのでしょう。それが月から射し下ろして来る光線を溯(さかのぼ)って、それはなんとも言えぬ気持で、昇天してゆくのです。
K君はここを話すとき、その瞳はじっと私の瞳に魅(みい)り非常に緊張した様子でした。そしてそこで何かを思いついたように、微笑でもってその緊張を弛(ゆる)めました。
「シラノが月へ行く方法を並べたてるところがありますね。これはその今一つの方法ですよ。でも、ジュール・ラフォルグの詩にあるように
哀れなるかな、イカルスが幾人も来ては落っこちる。
私も何遍やってもおっこちるんですよ」
そう言ってK君は笑いました。
その奇異な初対面の夜から、私達は毎日訪ね合ったり、一緒に散歩したりするようになりました。月が欠けるに随(したが)って、K君もあんな夜更けに海へ出ることはなくなりました。
ある朝、私は日の出を見に海辺に立っていたことがありました。そのときK君も早起きしたのか、同じくやって来ました。そして、ちょうど太陽の光の反射のなかへ漕ぎ入った船を見たとき、
「あの逆光線の船は完全に影絵じゃありませんか」
と突然私に反問しました。K君の心では、その船の実体が、逆に影絵のように見えるのが、影が実体に見えることの逆説的な証明になると思ったのでしょう。
「熱心ですね」
と私が言ったら、K君は笑っていました。
K君はまた、朝海の真向(まっこう)から昇る太陽の光で作ったのだという、等身のシルウェットを幾枚か持っていました。
そしてこんなことを話しました。
「私が高等学校の寄宿舎にいたとき、よその部屋でしたが、一人美少年がいましてね、それが机に向かっている姿を誰が描いたのか、部屋の壁へ、電燈で写したシルウェットですね。その上を墨でなすって描いてあるのです。それがとてもヴィヴィッドでしてね、私はよくその部屋へ行ったものです」
そんなことまで話すK君でした。聞きただしてはみなかったのですが、あるいはそれがはじまりかもしれませんね。
私があなたのお手紙で、K君の溺死を読んだとき、最も先に私の心象に浮かんだのは、あの最初の夜の、奇異なK君の後姿でした。そして私はすぐ、
「K君は月へ登ってしまったのだ」
と感じました。そしてK君の死体が浜辺に打ちあげられてあった、その前日は、まちがいもなく満月ではありませんか。私はただ今本暦を開いてそれを確かめたのです。
私がK君と一緒にいました一と月ほどの間、そのほかにこれと言って自殺される原因になるようなものを、私は感じませんでした。でも、その一と月ほどの間に私がやや健康を取り戻し、こちらへ帰る決心ができるようになったのに反し、K君の病気は徐々に進んでいたように思われます。K君の瞳はだんだん深く澄んで来、頬はだんだんこけ、あの高い鼻柱が目に立って硬く秀でてまいったように覚えています。
K君は、影は阿片のごときものだ、と言っていました。もし私の直感が正鵠(せいこく)を射抜いていましたら、影がK君を奪ったのです。しかし私はその直感を固執するのでありません。私自身にとってもその直感は参考にしか過ぎないのです。ほんとうの死因、それは私にとっても五里霧中であります。
しかし私はその直感を土台にして、その不幸な満月の夜のことを仮に組み立ててみようと思います。
その夜の月齢は十五・二であります。月の出が六時三十分。十一時四十七分が月の南中する時刻と本暦には記載されています。私はK君が海へ歩み入ったのはこの時刻の前後ではないかと思うのです。私がはじめてK君の後姿を、あの満月の夜に砂浜に見出したのもほぼ南中の時刻だったのですから。そしてもう一歩想像を進めるならば、月が少し西へ傾きはじめた頃と思います。もしそうとすればK君のいわゆる一尺ないし二尺の影は北側といってもやや東に偏した方向に落ちるわけで、K君はその影を追いながら海岸線を斜に海へ歩み入ったことになります。
K君は病と共に精神が鋭く尖(とが)り、その夜は影がほんとうに「見えるもの」になったのだと思われます。肩が現われ、頸(くび)が顕われ、微かな眩暈(めまい)のごときものを覚えると共に、「気配」のなかからついに頭が見えはじめ、そしてある瞬間が過ぎて、K君の魂は月光の流れに逆らいながら、徐々に月の方へ登ってゆきます。K君の身体はだんだん意識の支配を失い、無意識な歩みは一歩一歩海へ近づいて行くのです。影の方の彼はついに一箇の人格を持ちました。K君の魂はなお高く昇天してゆきます。そしてその形骸は影の彼に導かれつつ、機械人形のように海へ歩み入ったのではないでしょうか。次いで干潮時の高い浪がK君を海中へ仆(たお)します。もしそのとき形骸に感覚が蘇(よみが)えってくれば、魂はそれと共に元へ帰ったのであります。
哀れなるかな、イカルスが幾人も来ては落っこちる。
K君はそれを墜落と呼んでいました。もし今度も墜落であったなら、泳ぎのできるK君です。溺れることはなかったはずです。
K君の身体は仆(たお)れると共に沖へ運ばれました。感覚はまだ蘇えりません。次の浪が浜辺へ引き摺(ず)りあげました。感覚はまだ帰りません。また沖へ引き去られ、また浜辺へ叩きつけられました。しかも魂は月の方へ昇天してゆくのです。
ついに肉体は無感覚で終わりました。干潮は十一時五十六分と記載されています。その時刻の激浪に形骸の翻弄(ほんろう)を委(ゆだ)ねたまま、K君の魂は月へ月へ、飛翔(ひしょう)し去ったのであります。
落ちかかる月を観てゐるに一人
よい湯からよい月へ出た
月が昇つて何を待つでもなく
雲がいそいでよい月にする
お月さまが地蔵さまにお寒くなりました
月も水底に旅空がある
まこと山国の、山ばかりなる月の
ほつかり覚めてまうへの月を感じてゐる
籔にいちにちの風がをさまると三日月
日が山に、山から月が、柿の実たわわ
明治倶楽部とて芝区桜田本郷町のお堀辺に西洋作の余り立派ではないが、それでも可なりの建物があった、建物は今でもある、しかし持主が代って、今では明治倶楽部その者はなくなって了った。
この倶楽部が未だ繁盛していた頃のことである、或年の冬の夜、珍らしくも二階の食堂に燈火が点いていて、時々高く笑う声が外面に漏れていた。元来この倶楽部は夜分人の集っていることは少ないので、ストーブの煙は平常も昼間ばかり立ちのぼっているのである。
然るに八時は先刻打っても人々は未だなかなか散じそうな様子も見えない。人力車が六台玄関の横に並んでいたが、車夫どもは皆な勝手の方で例の一六勝負最中らしい。
すると一人の男、外套の襟を立てて中折帽を面深に被ったのが、真暗な中からひょっくり現われて、いきなり手荒く呼鈴を押した。
内から戸が開くと、
「竹内君は来てお出ですかね」と低い声の沈重いた調子で訊ねた。
「ハア、お出で御座います、貴様は?」と片眼の細顔の、和服を着た受付が丁寧に言った。
「これを」と出した名刺には五号活字で岡本誠夫としてあるばかり、何の肩書もない。受付はそれを受取り急いで二階に上って去ったが間もなく降りて来て
「どうぞ此方へ」と案内した、導かれて二階へ上ると、煖炉を熾に燃いていたので、ムッとする程温かい。煖炉の前には三人、他の三人は少し離れて椅子に寄っている。傍の卓子にウイスキーの壜が上ていてこっぷの飲み干したるもあり、注いだままのもあり、人々は可い加減に酒が廻わっていたのである。
岡本の姿を見るや竹内は起って、元気よく
「まアこれへ掛け給え」と一の椅子をすすめた。
岡本は容易に坐に就かない。見廻すとその中の五人は兼て一面識位はある人であるが、一人、色の白い中肉の品の可い紳士は未だ見識らぬ人である。竹内はそれと気がつき、
「ウン貴様は未だこの方を御存知ないだろう、紹介しましょう、この方は上村君と言って北海道炭鉱会社の社員の方です、上村君、この方は僕の極く旧い朋友で岡本君……」
と未だ言い了らぬに上村と呼ばれし紳士は快活な調子で
「ヤ、初めて……お書きになった物は常に拝見していますので……今後御懇意に……」
岡本は唯だ「どうかお心安く」と言ったぎり黙って了った。そして椅子に倚った。
「サアその先を……」と綿貫という背の低い、真黒の頬髭を生している紳士が言った。
「そうだ! 上村君、それから?」と井山という眼のしょぼしょぼした頭髪の薄い、痩方の紳士が促した。
「イヤ岡本君が見えたから急に行りにくくなったハハハハ」と炭鉱会社の紳士は少し羞にかんだような笑方をした。
「何ですか?」
岡本は竹内に問うた。
「イヤ至極面白いんだ、何かの話の具合で我々の人生観を話すことになってね、まア聴いて居給え名論卓説、滾々として尽きずだから」
「ナニ最早大概吐き尽したんですよ、貴様は我々俗物党と違がって真物なんだから、幸貴様のを聞きましょう、ね諸君!」
と上村は逃げかけた。
「いけないいけない、先ず君の説を終え給え!」
「是非承わりたいものです」と岡本はウイスキーを一杯、下にも置かないで飲み干した。
「僕のは岡本君の説とは恐らく正反対だろうと思うんでね、要之、理想と実際は一致しない、到底一致しない……」
「ヒヤヒヤ」と井山が調子を取った。
「果して一致しないとならば、理想に従うよりも実際に服するのが僕の理想だというのです」
「ただそれだけですか」と岡本は第二の杯を手にして唸るように言った。
「だってねエ、理想は喰べられませんものを!」と言った上村の顔は兎のようであった。
「ハハハハビフテキじゃアあるまいし!」と竹内は大口を開けて笑った。
「否ビフテキです、実際はビフテキです、スチューです」
「オムレツかね!」と今まで黙って半分眠りかけていた、真紅な顔をしている松木、坐中で一番年の若そうな紳士が真面目で言った。
「ハッハッハッハッ」と一坐が噴飯だした。
「イヤ笑いごとじゃアないよ」と上村は少し躍起になって、
「例えてみればそんなものなんで、理想に従がえば芋ばかし喰っていなきゃアならない。ことによると馬鈴薯も喰えないことになる。諸君は牛肉と馬鈴薯とどっちが可い?」
「牛肉が可いねエ!」と松木は又た眠むそうな声で真面目に言った。
「然しビフテキに馬鈴薯は附属物だよ」と頬髭の紳士が得意らしく言った。
「そうですとも! 理想は則ち実際の附属物なんだ! 馬鈴薯も全きり無いと困る、しかし馬鈴薯ばかりじゃア全く閉口する!」
と言って、上村はやや満足したらしく岡本の顔を見た。
「だって北海道は馬鈴薯が名物だって言うじゃアありませんか」と岡本は平気で訊ねた。
「その馬鈴薯なんです、僕はその馬鈴薯には散々酷い目に遇ったんです。ね、竹内君は御存知ですが僕はこう見えても同志社の旧い卒業生なんで、矢張その頃は熱心なアーメンの仲間で、言い換ゆれば大々的馬鈴薯党だったんです!」
「君が?」とさも不審そうな顔色で井山がしょぼしょぼ眼を見張った。
「何も不思議は無いサ、その頃はウラ若いんだからね、岡本君はお幾歳かしらんが、僕が同志社を出たのは二十二でした。十三年も昔なんです。それはお目に掛けたいほど熱心なる馬鈴薯党でしたがね、学校に居る時分から僕は北海道と聞くと、ぞくぞくするほど惚れていたもんで、清教徒を以て任じていたのだから堪らない!」
「大変な清教徒だ!」と松木が又た口を入れたのを、上村は一寸と腮で止めて、ウイスキーを嘗めながら
「断然この汚れたる内地を去って、北海道自由の天地に投じようと思いましたね」と言った時、岡本は凝然と上村の顔を見た。
「そしてやたらに北海道の話を聞いて歩いたもんだ。伝道師の中に北海道へ往って来たという者があると直ぐ話を聴きに出掛けましたよ。ところが又先方は甘いことを話して聞かすんです。やれ自然がどうだの、石狩川は洋々とした流れだの、見渡すかぎり森又た森だの、堪ったもんじゃアない! 僕は全然まいッちまいました。そこで僕は色々と聞きあつめたことを総合して如此ふうな想像を描いていたもんだ。……先ず僕が自己の額に汗して森を開き林を倒し、そしてこれに小豆を撒く、……」
「その百姓が見たかったねエハッハッハッハッハッハッ」と竹内は笑いだした。
「イヤ実地行ったのサ、まア待ち給え、追い追い其処へ行くから……、その内にだんだんと田園が出来て来る、重に馬鈴薯を作る、馬鈴薯さえ有りゃア喰うに困らん……」
「ソラ馬鈴薯が出た!」と松木は又た口を入れた。
「其処で田園の中央に家がある、構造は極めて粗末だが一見米国風に出来ている、新英洲殖民地時代そのままという風に出来ている、屋根がこう急勾配になって物々しい煙突が横の方に一ツ。窓を幾個附けたものかと僕は非常に気を揉んだことがあったッけ……」
「そして真個にその家が出来たのかね」と井山は又しょぼしょぼ眼を見張った。
「イヤこれは京都に居た時の想像だよ、窓で気を揉んだのは……そうだそうだ若王寺へ散歩に往って帰る時だった!」
「それからどうしました?」と岡本は真面目で促がした。
「それから北の方へ防風林を一区劃、なるべくは林を多く取って置くことにしました。それから水の澄み渡った小川がこの防風林の右の方からうねり出て屋敷の前を流れる。無論この川で家鴨や鵞鳥がその紫の羽や真白な背を浮べてるんですよ。この川に三寸厚サの一枚板で橋が懸かっている。これに欄干を附けたものか附けないものかと色々工夫したが矢張り附けないほうが自然だというんで附けないことに定めました……まア構造はこんなものですが、僕の想像はこれで満足しなかったのだ……先ず冬になると……」
「ちょッとお話の途中ですが、貴様はその『冬』という音にかぶれやアしませんでしたか?」と岡本は訊ねた。
上村は驚ろいた顔色をして
「貴様はどうしてそれを御存知です、これは面白い! さすが貴様は馬鈴薯党だ! 冬と聞いては全く堪りませんでしたよ、何だかその冬則ち自由というような気がしましてねエ! それに僕は例の熱心なるアーメンでしょうクリスマス万歳の仲間でしょう、クリスマスと来るとどうしても雪がイヤという程降って、軒から棒のような氷柱が下っていないと嘘のようでしてねエ。だから僕は北海道の冬というよりか冬則ち北海道という感が有ったのです。北海道の話を聴ても『冬になると……』とこういわれると、身体がこうぶるぶるッとなったものです。それで例の想像にもです、冬になると雪が全然家を埋めて了う、そして夜は窓硝子から赤い火影がチラチラと洩れる、折り折り風がゴーッと吹いて来て林の梢から雪がばたばたと墜ちる、牛部屋でホルスタイン種の牝牛がモーッと唸る!」
「君は詩人だ!」と叫けんで床を靴で蹶たものがある。これは近藤といって岡本がこの部屋に入って来て後も一言を発しないで、唯だウイスキーと首引をしていた背の高い、一癖あるべき顔構をした男である。
「ねエ岡本君!」と言い足した。岡本はただ、黙言て首肯いたばかりであった。
「詩人? そうサ、僕はその頃は詩人サ、『山々霞み入合の』ていうグレーのチャルチャードの飜訳を愛読して自分で作ってみたものだアね、今日の新体詩人から見ると僕は先輩だアね」
「僕も新体詩なら作ったことがあるよ」と松木が今度は少し乗地になって言った。
「ナーニ僕だって二ツ三ツ作たものサ」と井山が負けぬ気になって真面目で言った。
「綿貫君、君はどうだね?」と竹内が訊ねた。
「イヤお恥しいことだが僕は御存知の女気のない通り詩人気は全くなかった、『権利義務』で一貫して了った、どうだろう僕は余程俗骨が発達してるとみえる!」と綿貫は頭を撫てみた。
「イヤ僕こそ甚だお恥しい話だがこれで矢張り作たものだ、そして何かの雑誌に二ツ三ツ載せたことがあるんだ! ハッハッハッハッハッ」
「ハッハッハッハッハッ」と一同が噴飯して了った。
「そうすると諸君は皆詩人の古手なんだね、ハッハッハッハッハッ奇談々々!」と綿貫が叫んだ。
「そうか、諸君も作たのか、驚ろいた、その昔は皆な馬鈴薯党なんだね」と上村は大に面目を施こしたという顔色。
「お話の先を願いたいものです」と岡本は上村を促がした。
「そうだ、先をやり給え!」と近藤は殆ど命令するように言った。
「宜しい! それから僕は卒業するや一年ばかり東京でマゴマゴしていたが、断然と北海道へ行ったその時の心持といったら無いね、何だかこう馬鹿野郎! というような心持がしてねエ、上野の停車場で汽車へ乗って、ピューッと汽笛が鳴って汽車が動きだすと僕は窓から頭を出して東京の方へ向いて唾を吐きかけたもんだ。そして何とも言えない嬉しさがこみ上げて来て人知れずハンケチで涙を拭いたよ真実に!」
「一寸と君、一寸と『馬鹿野郎!』というような心持というのが僕には了解が出来ないが……そのどういうんだね?」と権利義務の綿貫が真面目で訊ねた。
「唯だ東京の奴等を言ったのサ、名利に汲々としているその醜態は何だ! 馬鹿野郎! 乃公を見ろ! という心持サ」と上村もまた真面目で註解を加えた。
「それから道行は抜にして、ともかく無事に北海道は札幌へ着いた、馬鈴薯の本場へ着いた。そして苦もなく十万坪の土地が手に入った。サアこれからだ、所謂る額に汗するのはこれからだというんで直に着手したねエ。尤も僕と最初から理想を一にしている友人、今は矢張僕と同じ会社へ出ているがね、それと二人で開墾事業に取掛ったのだ、そら、竹内君知っておるだろう梶原信太郎のことサ……」
「ウン梶原君が!? あれが矢張馬鈴薯だったのか、今じゃア豚のように肥ってるじゃアないか」と竹内も驚いたようである。
「そうサ、今じゃア鬼のような顔をして、血のたれるビフテキを二口に喰って了うんだ。ところが先生僕と比較すると初から利口であったねエ、二月ばかりも辛棒していたろうか、或日こんな馬鹿気たことは断然止うという動議を提出した、その議論は何も自からこんな思をして隠者になる必要はない自然と戦うよりか寧ろ世間と格闘しようじゃアないか、馬鈴薯よりか牛肉の方が滋養分が多いというんだ。僕はその時大に反対した、君止すなら止せ、僕は一人でもやると力味んだ。すると先生やるなら勝手にやり給え、君もも少しすると悟るだろう、要するに理想は空想だ、痴人の夢だ、なんて捨台辞を吐いて直ぐ去って了った。取残された僕は力味んではみたものの内内心細かった、それでも小作人の一人二人を相手にその後、三月ばかり辛棒したねエ。豪いだろう!」
「馬鹿なんサ!」と近藤が叱るように言った。
「馬鹿? 馬鹿たア酷だ! 今から見れば大馬鹿サ、然しその時は全く豪かったよ」
「矢張馬鹿サ、初から君なんかの柄にないんだ、北海道で馬鈴薯ばかり食うなんていう柄じゃアないんだ、それを知らないで三月も辛棒するなア馬鹿としか言えない!」
「馬鹿なら馬鹿でもよろしいとして、君のいう『柄にない』ということは次第に悟って来たんだ。難有いことには僕に馬鈴薯の品質が無かったのだ。其処で夏も過ぎて楽しみにしていた『冬』という例の奴が漸次近づいて来た、その露払が秋、第一秋からして思ったよりか感心しなかったのサ、森とした林の上をパラパラと時雨て来る、日の光が何となく薄いような気持がする、話相手はなしサ食うものは一粒幾価と言いそうな米を少しばかりと例の馬の鈴、寝る処は木の皮を壁に代用した掘立小屋」
「それは貴様覚悟の前だったでしょう!」と岡本が口を入れた。
「其処ですよ、理想よりか実際の可いほうが可いというのは。覚悟はしていたものの矢張り余り感服しませんでしたねエ。第一、それじゃア痩せますもの」
上村は言って杯で一寸と口を湿して
「僕は痩せようとは思っていなかった!」
「ハッハッハッハッハッハッ」と一同笑いだした。
「そこで僕はつくづく考えた、なるほど梶原の奴の言った通りだ、馬鹿げきっている、止そうッというんで止しちまったが、あれであの冬を過ごしたら僕は死でいたね」
「其処でどういうんです、貴様の目下のお説は?」と岡本は嘲るような、真面目な風で言った。
「だから馬鈴薯には懲々しましたというんです。何でも今は実際主義で、金が取れて美味いものが喰えて、こうやって諸君と煖炉にあたって酒を飲んで、勝手な熱を吹き合う、腹が減たら牛肉を食う……」
「ヒヤヒヤ僕も同説だ、忠君愛国だってなんだって牛肉と両立しないことはない、それが両立しないというなら両立さすことが出来ないんだ、其奴が馬鹿なんだ」と綿貫は大に敦圉いた。
「僕は違うねエ!」と近藤は叫んだ、そして煖炉を後に椅子へ馬乗になった。凄い光を帯びた眼で坐中を見廻しながら
「僕は馬鈴薯党でもない、牛肉党でもない! 上村君なんかは最初、馬鈴薯党で後に牛肉党に変節したのだ、即ち薄志弱行だ、要するに諸君は詩人だ、詩人の堕落したのだ、だから無暗と鼻をぴくぴくさして牛の焦る臭を嗅いで行く、その醜体ったらない!」
「オイオイ、他人を悪口する前に先ず自家の所信を吐くべしだ。君は何の堕落なんだ」と上村が切り込んだ。
「堕落? 堕落たア高い処から低い処へ落ちたことだろう、僕は幸にして最初から高い処に居ないからそんな外見ないことはしないんだ! 君なんかは主義で馬鈴薯を喰ったのだ、嗜きで喰ったのじゃアない、だから牛肉に餓えたのだ、僕なんかは嗜きで牛肉を喰うのだ、だから最初から、餓えぬ代り今だってがつがつしない、……」
「一向要領を得ない!」と上村が叫けんだ。近藤は直に何ごとをか言い出さんと身構をした時、給使の一人がつかつかと近藤の傍に来てその耳に附いて何ごとをか囁いた。すると
「近藤は、この近藤はシカク寛大なる主人ではない、と言ってくれ!」と怒鳴った。
「何だ?」と坐中の一人が驚いて聞いた。
「ナニ、車夫の野郎、又た博奕に敗けたから少し貸してくれろと言うんだ。……要領を得ないたア何だ! 大に要領を得ているじゃアないか、君等は牛肉党なんだ、牛肉主義なんだ、僕のは牛肉が最初から嗜きなんだ、主義でもヘチマでもない!」
「大に賛成ですなア」と静に沈重いた声で言った者がある。
「賛成でしょう!」と近藤はにやり笑って岡本の顔を見た。
「至極賛成ですなア、主義でないと言うことは至極賛成ですなア、世の中の主義って言う奴ほど愚なものはない」と岡本はその冴え冴えした眼光を座上に放った。
「その説を承たまわろう、是非願いたい!」と近藤はその四角な腮を突き出した。
「君は何方なんです、牛と薯、エ、薯でしょう?」と上村は知った顔に岡本の説を誘うた。
「僕も矢張、牛肉党に非ず、馬鈴薯党にあらずですなア、然し近藤君のように牛肉が嗜きとも決っていないんです。勿論例の主義という手製料理は大嫌ですが、さりとて肉とか薯とかいう嗜好にも従うことが出来ません」
「それじゃア何だろう?」と井山がその尤もらしいしょぼしょぼ眼をぱちつかした。
「何でもないんです、比喩は廃して露骨に申しますが、僕はこれぞという理想を奉ずることも出来ず、それならって俗に和して肉慾を充して以て我生足れりとすることも出来ないのです、出来ないのです、為ないのではないので、実をいうと何方でも可いから決めて了ったらと思うけれど何という因果か今以て唯った一つ、不思議な願を持ているからそのために何方とも得決めないでいます」
「何だね、その不思議な願と言うのは?」と近藤は例の圧しつけるような言振で問うた。
「一口には言えない」
「まさか狼の丸焼で一杯飲みたいという洒落でもなかろう?」
「まずそんなことです。……実は僕、或少女に懸想したことがあります」と岡本は真面目で語り出した。
「愉快々々、談愈々佳境に入って来たぞ、それからッ?」と若い松木は椅子を煖炉の方へ引寄た。
「少し談が突然ですがね、まず僕の不思議の願というのを話すにはこの辺から初めましょう。その少女はなかなかの美人でした」
「ヨウ! ヨウ!」と松木は躍上らんばかりに喜こんだ。
「どちらかと言えば丸顔の色のくっきり白い、肩つきの按排は西洋婦人のように肉附が佳くってしかもなだらかで、眼は少し眠むいような風の、パチリとはしないが物思に沈んでるという気味があるこの眼に愛嬌を含めて凝然と睇視られるなら大概の鉄腸漢も軟化しますなア。ところで僕は容易にやられて了ったのです。最初その女を見た時は別にそうも思っていなかったが、一度が二度、三度目位から変に引つけられるような気がして、妙にその女のことが気になって来ました。それでも僕は未だ恋したとは思いませんでしたねえ。
「或日僕がその女の家へ行きますと、両親は不在で唯だ女中とその少女と妹の十二になるのと三人ぎりでした。すると少女は身体の具合が少し悪いと言って鬱いで、奥の間に独、つくねんと座っていましたが、低い声で唱歌をやっているのを僕は縁辺に腰をかけたまま聴いていました。
『お栄さん僕はそんな声を聴かされると何だか哀れっぽくなって堪りません』と思わず口に出しますと
『小妹は何故こんな世の中に生きているのか解らないのよ』と少女がさもさも頼なさそうに言いました、僕にはこれが大哲学者の厭世論にも優って真実らしく聞えたが、その先は詳わしく言わないでも了解りましょう。
「二人は忽ち恋の奴隷となって了ったのです。僕はその時初めて恋の楽しさと哀しさとを知りました、二月ばかりというものは全で夢のように過ぎましたが、その中の出来事の一二お安価ない幕を談すと先ずこんなこともありましたっケ、
「或日午後五時頃から友人夫婦の洋行する送別会に出席しましたが僕の恋人も母に伴われて出席しました。会は非常な盛会で、中には伯爵家の令嬢なども見えていましたが夜の十時頃漸く散会になり僕はホテルから芝山内の少女の宅まで、月が佳いから歩るいて送ることにして母と三人ぶらぶらと行って来ると、途々母は口を極めて洋行夫婦を褒め頻と羨ましそうなことを言っていましたが、その言葉の中には自分の娘の余り出世間的傾向を有しているのを残念がる意味があって、かかる傾向を有するも要するにその交際する友に由ると言わぬばかりの文句すら交えたので、僕と肩を寄せて歩るいていた娘は、僕の手を強く握りました、それで僕も握りかえした、これが母へ対するはかない反抗であったのです。
「それから山内の森の中へ来ると、月が木間から蒼然たる光を洩して一段の趣を加えていたが、母は我々より五歩ばかり先を歩るいていました。夜は更けて人の通行も稀になっていたから四辺は極めて静に僕の靴の音、二人の下駄の響ばかり物々しゅう反響していたが、先刻の母の言草が胸に応えているので僕も娘も無言、母も急に真面目くさって黙って歩るいていました。
「森影暗く月の光を遮った所へ来たと思うと少女は卒然僕に抱きつかんばかりに寄添って
『貴様母の言葉を気にして小妹を見捨ては不可ませんよ』と囁き、その手を僕の肩にかけるが早いか僕の左の頬にべたり熱いものが触て一種、花にも優る香が鼻先を掠めました。突然明い所へ出ると、少女の両眼には涙が一ぱい含んでいて、その顔色は物凄いほど蒼白かったが、一は月の光を浴びたからでも有りましょう、何しろ僕はこれを見ると同時に一種の寒気を覚えて恐いとも哀しいとも言いようのない思が胸に塞えてちょうど、鉛の塊が胸を圧しつけるように感じました。
「その夜、門口まで送り、母なる人が一寸と上って茶を飲めと勧めたを辞し自宅へと帰路に就きましたが、或難い謎をかけられ、それを解くと自分の運命の悲痛が悉く了解りでもするといったような心持がして、決して比喩じゃアない、確にそういう心持がして、気になってならない。そこで直ぐは帰らず山内の淋むしい所を撰ってぶらぶら歩るき、何時の間にか、丸山の上に出ましたから、ベンチに腰をかけて暫時く凝然と品川の沖の空を眺めていました。
『もしかあの女は遠からず死ぬるのじゃアあるまいか』という一念が電のように僕の心中最も暗き底に閃いたと思うと僕は思わず躍り上がりました。そして其所らを夢中で往きつ返りつ地を見つめたまま歩るいて『決してそんなことはない』『断じてない』と、魔を叱するかのように言ってみたが、魔は決して去らない、僕はおりおり足を止めて地を凝視ていると、蒼白い少女の顔がありありと眼先に現われて来る、どうしてもその顔色がこの世のものでないことを示している。
「遂に僕は心を静めて今夜十分眠る方が可い、全く自分の迷だと決心して丸山を下りかけました、すると更に僕を惑乱さする出来事にぶつかりました。というのは上る時は少も気がつかなかったが路傍にある木の枝から人がぶら下っていたことです。驚きましたねエ、僕は頭から冷水をかけられたように感じて、其所に突立って了いました。
「それでも勇気を鼓して近づいてみると女でした、無論その顔は見えないが、路にぬぎ捨てある下駄を見ると年若の女ということが分る……僕は一切夢中で紅葉館の方から山内へ下りると突当にあるあの交番まで駈けつけてその由を告げました……」
「その女が君の恋していた少女であったというのですかね」と近藤は冷ややかに言た。
「それでは全で小説ですが、幸に小説にはなりませんでした。
「翌々日の新聞を見ると年は十九、兵士と通じて懐胎したのが兵士には国に帰って了われ、身の処置に窮して自殺したものらしいと書いてありました、ともかく僕はその夜殆ど眠りませんでした。
「然かし能くしたもので、その翌日少女の顔を見ると平常に変っていない、そしてそのうっとりした眼に笑を含んで迎えられると、前夜からの心の苦悩は霧のように消えて了いました。それから又一月ばかりは何のこともなく、ただうれしい楽しいことばかりで……」
「なるほどこれはお安価くないぞ」と綿貫が床を蹶って言った。
「まア黙って聴きたまえ、それから」と松木は至極真面目になった。
「其先を僕が言おうか、こうでしょう、最後にその少女が欠伸一つして、それで神聖なる恋が最後になった、そうでしょう?」と近藤も何故か真面目で言った。
「ハッハッハッハッハッハッ」と二三人が噴飯して了った。
「イヤ少なくとも僕の恋はそうであった」と近藤は言い足した。
「君でも恋なんていうことを知っているのかね」これは井山の柄にない言草。
「岡本君の談話の途中だが僕の恋を話そうか? 一分間で言える、僕と或少女と乙な中になった、二人は無我夢中で面白い月日を送った、三月目に女が欠伸一つした、二人は分れた、これだけサ。要するに誰の恋でもこれが大切だよ、女という動物は三月たつと十人が十人、飽きて了う、夫婦なら仕方がないから結合いている。然しそれは女が欠伸を噛殺してその日を送っているに過ぎない、どうです君はそう思いませんか?」
「そうかも知れません、然し僕のは幸にその欠伸までに達しませんでした、先を聴いて下さい。
「僕もその頃、上村君のお話と同様、北海道熱の烈しいのに罹っていました、実をいうと今でも北海道の生活は好かろうと思っています。それで僕も色々と想像を描いていたので、それを恋人と語るのが何よりの楽でした、矢張上村君の亜米利加風の家は僕も大判の洋紙へ鉛筆で図取までしました。しかし少し違うのは冬の夜の窓からちらちらと燈火を見せるばかりでない、折り折り楽しそうな笑声、澄んだ声で歌う女の唱歌を響かしたかったのです、……」
「だって僕は相手が無かったのですもの」と上村が情けなそうに言ったので、どっと皆が笑った。
「君が馬鈴薯党を変節したのも、一はその故だろう」と綿貫が言った。
「イヤそれは嘘言だ、上村君にもし相手があったら北海道の土を踏ぬ先に変節していただろうと思う、女と言う奴が到底馬鈴薯主義を実行し得るもんじゃアない。先天的のビフテキ党だ、ちょうど僕のようなんだ。女は芋が嗜好きなんていうのは嘘サ!」と近藤が怒鳴るように言った。その最後の一句で又た皆がどっと笑った。
「それで二人は」と岡本が平気で語りだしたので漸々静まった。
「二人は将来の生活地を北海道と決めていまして、相談も漸く熟したので僕は一先故郷に帰り、親族に托してあった山林田畑を悉く売り飛ばし、その資金で新開墾地を北海道に作ろうと、十日間位の積で国に帰ったのが、親族の故障やら代価の不折合やらで思わず二十日もかかりました。 すると或日少女の母から電報が来ました、驚いて取る物も取あえず帰京してみると、少女は最早死んでいました」
「死んで?」と松木は叫けんだ。
「そうです、それで僕の総ての希望が悉く水の泡となって了いました」と岡本の言葉が未だ終らぬうち近藤は左の如く言った、それが全で演説口調、
「イヤどうも面白い恋愛談を聴かされ我等一同感謝の至に堪えません、さりながらです、僕は岡本君の為めにその恋人の死を祝します、祝すというが不穏当ならば喜びます、ひそかに喜びます、寧ろ喜びます、却て喜びます、もしもその少女にして死ななんだならばです、その結果の悲惨なる、必ず死の悲惨に増すものが有ったに違いないと信ずる」
とまでは頗る真面目であったが、自分でも少し可笑しくなって来たか急に調子を変え、声を低うし笑味を含ませて、
「何となれば、女は欠伸をしますから……凡そ欠伸に数種ある、その中尤も悲むべく憎くむ可きの欠伸が二種ある、一は生命に倦みたる欠伸、一は恋愛に倦みたる欠伸、生命に倦みたる欠伸は男子の特色、恋愛に倦みたる欠伸は女子の天性、一は最も悲しむべく、一は尤も憎むべきものである」
と少し真面目な口調に返り、
「則ち女子は生命に倦むということは殆どない、年若い女が時々そんな様子を見せることがある、然しそれは恋に渇しているより生ずる変態たるに過ぎない、幸にしてその恋を得る、その後幾年月かは至極楽しそうだ、真に楽しそうだ、恐らく楽という字の全意義はかかる女子の境遇に於て尽されているだろう。然し忽ち倦で了う、則ち恋に倦でしまう、女子の恋に倦だ奴ほど始末にいけないものは決して他にあるまい、僕はこれを憎むべきものと言ったが実は寧ろ憐れむべきものである、ところが男子はそうでない、往々にして生命そのものに倦むことがある、かかる場合に恋に出遇う時は初めて一方の活路を得る。そこで全き心を捧げて恋の火中に投ずるに至るのである。かかる場合に在ては恋則ち男子の生命である」
と言って岡本を顧み、
「ね、そうでしょう。どうです僕の説は穿っているでしょう」
「一向に要領を得ない!」と松木が叫けんだ。
「ハッハッハッハッ要領を得ない? 実は僕も余り要領を得ていないのだ、ただ今のように言ってみたいので。どうです岡本君、だから僕は思うんだ君が馬鈴薯党でもなくビフテキ党でもなく唯だ一の不思議なる願を持っているということは、死んだ少女に遇いたいというんでしょう」
「否!」と一声叫けんで岡本は椅子を起った。彼は最早余程酔っていた。
「否と先ず一語を下して置きます。諸君にしてもし僕の不思議なる願というのを聴いてくれるなら談しましょう」
「諸君は知らないが僕は是非聴く」と近藤は腕を振った。衆皆は唯だ黙って岡本の顔を見ていたが松木と竹内は真面目で、綿貫と井山と上村は笑味を含んで。
「それでは否の一語を今一度叫けんで置きます。
「なるほど僕は近藤君のお察の通り恋愛に依て一方の活路を開いた男の一人である。であるから少女の死は僕に取ての大打撃、殆ど総ての希望は破壊し去ったことは先程申上げた通りです、もし例の返魂香とかいう価物があるなら僕は二三百斤買い入れたい。どうか少女を今一度僕の手に返したい。僕の一念ここに至ると身も世もあられぬ思がします。僕は平気で白状しますが幾度僕は少女を思うて泣いたでしょう。幾度その名を呼で大空を仰いだでしょう。実にあの少女の今一度この世に生き返って来ることは僕の願です。
「しかし、これが僕の不思議なる願ではない。僕の真実の願ではない。僕はまだまだ大なる願、深い願、熱心なる願を以ています。この願さえ叶えば少女は復活しないでも宜しい。復活して僕の面前で僕を売っても宜しい。少女が僕の面前で赤い舌を出して冷笑しても宜しい。
「朝に道を聞かば夕に死すとも可なりというのと僕の願とは大に意義を異にしているけれど、その心持は同じです。僕はこの願が叶わん位なら今から百年生きていても何の益にも立ない、一向うれしくない、寧ろ苦しゅう思います。
「全世界の人悉くこの願を有ていないでも宜しい、僕独りこの願を追います、僕がこの願を追うたが為めにその為めに強盗罪を犯すに至ても僕は悔いない、殺人、放火、何でも関いません、もし鬼ありて僕に保証するに、爾の妻を与えよ我これを姦せん爾の子を与えよ我これを喰わん然らば我は爾に爾の願を叶わしめんと言えば僕は雀躍して妻あらば妻、子あらば子を鬼に与えます」
「こいつは面白い、早くその願というものを聞きたいもんだ!」と綿貫がその髯を力任かせに引て叫けんだ。
「今に申します。諸君は今日のようなグラグラ政府には飽きられただろうと思う、そこでビスマークとカブールとグラッドストンと豊太閤みたような人間をつきまぜて一鋼鉄のような政府を形り、思切った政治をやってみたいという希望があるに相違ない、僕も実にそういう願を以ています、しかし僕の不思議なる願はこれでもない。
「聖人になりたい、君子になりたい、慈悲の本尊になりたい、基督や釈迦や孔子のような人になりたい、真実にそうなりたい。しかしもし僕のこの不思議なる願が叶わないで以て、そうなるならば、僕は一向聖人にも神の子にもなりたくありません。
「山林の生活! と言ったばかりで僕の血は沸きます。則ち僕をして北海道を思わしめたのもこれです。僕は折り折り郊外を散歩しますが、この頃の冬の空晴れて、遠く地平線の上に国境をめぐる連山の雪を戴いているのを見ると、直ぐ僕の血は波立ちます。堪らなくなる! 然しです、僕の一念ひとたびかの願に触れると、こんなことは何でもなくなる。もし僕の願さえ叶うなら紅塵三千丈の都会に車夫となっていてもよろしい。
「宇宙は不思議だとか、人生は不思議だとか。天地創生の本源は何だとか、やかましい議論があります。科学と哲学と宗教とはこれを研究し闡明し、そして安心立命の地をその上に置こうと悶いている、僕も大哲学者になりたい、ダルウィン跣足というほどの大科学者になりたい。もしくは大宗教家になりたい。しかし僕の願というのはこれでもない。もし僕の願が叶わないで以て、大哲学者になったなら僕は自分を冷笑し自分の顔に『偽』の一字を烙印します」
「何だね、早く言いたまえその願というやつを!」と松木はもどかしそうに言った。
「言いましょう、喫驚しちゃアいけませんぞ」
「早く早く!」
岡本は静に
「喫驚したいというのが僕の願なんです」
「何だ! 馬鹿々々しい!」
「何のこった!」
「落語か!」
人々は投げだすように言ったが、近藤のみは黙言て岡本の説明を待ているらしい。
「こういう句があります、
Awake, poor troubled sleeper: shake off
thy torpid night-mare dream.
即ち僕の願とは夢魔を振い落したいことです!」
「何のことだか解らない!」と綿貫は呟やくように言った。
「宇宙の不思議を知りたいという願ではない、不思議なる宇宙を驚きたいという願です!」
「愈々以て謎のようだ!」と今度は井山がその顔をつるりと撫でた。
「死の秘密を知りたいという願ではない、死ちょう事実に驚きたいという願です!」
「イクラでも君勝手に驚けば可いじゃアないか、何でもないことだ!」と綿貫は嘲るように言った。
「必ずしも信仰そのものは僕の願ではない、信仰無くしては片時たりとも安ずる能わざるほどにこの宇宙人生の秘義に悩まされんことが僕の願であります」
「なるほどこいつは益々解りにくいぞ」と松木は呟やいて岡本の顔を穴のあくほど凝視ている。
「寧ろこの使用い古るした葡萄のような眼球を※(えぐ)り出したいのが僕の願です!」と岡本は思わず卓を打った。
「愉快々々!」と近藤は思わず声を揚げた。
「オルムスの大会で王侯の威武に屈しなかったルーテルの胆は喰いたく思わない、彼が十九歳の時学友アレキシスの雷死を眼前に視て死そのものの秘義に驚いたその心こそ僕の欲するところであります。
「勝手に驚けと言われました綿貫君は。勝手に驚けとは至極面白い言葉である、然し決して勝手に驚けないのです。
「僕の恋人は死ました。この世から消えて失なりました。僕は全然恋の奴隷であったからかの少女に死なれて僕の心は掻乱されてたことは非常であった。しかし僕の悲痛は恋の相手の亡なったが為の悲痛である。死ちょう冷刻なる事実を直視することは出来なかった。即ち恋ほど人心を支配するものはない、その恋よりも更に幾倍の力を人心の上に加うるものがあることが知られます。
「曰く習慣の力です。
Our birth is but asleep and forgetting.
この句の通りです。僕等は生れてこの天地の間に来る、無我無心の小児の時から種々な事に出遇う、毎日太陽を見る、毎夜星を仰ぐ、ここに於てかこの不可思議なる天地も一向不可思議でなくなる。生も死も、宇宙万般の現象も尋常茶番となって了う。哲学で候うの科学で御座るのと言って、自分は天地の外に立ているかの態度を以てこの宇宙を取扱う。
Full soon thy soul shall have her earthly freight,
And custom lie upon thee with a weight,
Heavy as frost, and deep almost as life !
この通りです、この通りです!
「即ち僕の願はどうにかしてこの霜を叩き落さんことであります。どうにかしてこの古び果てた習慣の圧力から脱がれて、驚異の念を以てこの宇宙に俯仰介立したいのです。その結果がビフテキ主義となろうが、馬鈴薯主義となろうが、将た厭世の徒となってこの生命を咀うが、決して頓着しない!
「結果は頓着しません、源因を虚偽に置きたくない。習慣の上に立つ遊戯的研究の上に前提を置きたくない。
「ヤレ月の光が美だとか花の夕が何だとか、星の夜は何だとか、要するに滔々たる詩人の文字は、あれは道楽です。彼等は決して本物を見てはいない、まぼろしを見ているのです、習慣の眼が作るところのまぼろしを見ているに過ぎません。感情の遊戯です。哲学でも宗教でも、その本尊は知らぬことその末代の末流に至ては悉くそうです。
「僕の知人にこう言った人があります。吾とは何ぞや((What am I ?))なんちょう馬鹿な問を発して自から苦ものがあるが到底知れないことは如何にしても知れるもんでない、とこう言って嘲笑を洩らした人があります。世間並からいうとその通りです、然しこの問は必ずしもその答を求むるが為めに発した問ではない。実にこの天地に於けるこの我ちょうものの如何にも不思議なることを痛感して自然に発したる心霊の叫である。この問その物が心霊の真面目なる声である。これを嘲るのはその心霊の麻痺を白状するのである。僕の願は寧ろ、どうにかしてこの問を心から発したいのであります。ところがなかなかこの問は口から出ても心からは出ません。
「我何処より来り、我何処にか往く、よく言う言葉であるが、矢張りこの問を発せざらんと欲して発せざるを得ない人の心から宗教の泉は流れ出るので、詩でもそうです、だからその以外は悉く遊戯です虚偽です。
「もう止しましょう! 無益です、無益です、いくら言っても無益です。……アア疲労た! しかし最後に一言しますがね、僕は人間を二種に区別したい、曰く驚く人、曰く平気な人……」
「僕は何方へ属するのだろう!」と松木は笑いながら問うた。
「無論、平気な人に属します、ここに居る七人は皆な平気の平三の種類に属します。イヤ世界十幾億万人の中、平気な人でないものが幾人ありましょうか、詩人、哲学者、科学者、宗教家、学者でも、政治家でも、大概は皆な平気で理窟を言ったり、悟り顔をしたり、泣いたりしているのです。僕は昨夜一の夢を見ました。
「死んだ夢を見ました。死んで暗い道を独りでとぼとぼ辿って行きながら思わず『マサカ死うとは思わなかった!』と叫びました。全くです、全く僕は叫びました。
「そこで僕は思うんです、百人が百人、現在、人の葬式に列したり、親に死なれたり子に死れたりしても、矢張り自分の死んだ後、地獄の門でマサカ自分が死うとは思わなかったと叫んで鬼に笑われる仲間でしょう。ハッハッハッハッハッハッハッハッ」
「人に驚かして貰えばしゃっくりが止るそうだが、何も平気で居て牛肉が喰えるのに好んで喫驚したいというのも物数奇だねハハハハ」と綿貫はその太い腹をかかえた。
「イヤ僕も喫驚したいと言うけれど、矢張り単にそう言うだけですよハハハハ」
「唯だ言うだけかアハハハハ」
「唯だ言うだけのことか、ヒヒヒヒ」
「そうか! 唯だお願い申してみる位なんですねハッハッハッハッ」
「矢張り道楽でさアハッハッハハッ」と岡本は一所に笑ったが、近藤は岡本の顔に言う可からざる苦痛の色を見て取った。
■本文で使われている外字
ぬすつと犬めが、
くさつた波止場の月に吠えてゐる。
たましひが耳をすますと、
陰気くさい声をして、
黄いろい娘たちが合唱してゐる、
合唱してゐる。
波止場のくらい石垣で。
いつも、
なぜおれはこれなんだ、
犬よ、
青白いふしあはせの犬よ。
およぐひとのからだはななめにのびる、
二本の手はながくそろへてひきのばされる、
およぐひとの心臓はくらげのやうにすきとほる、
およぐひとの瞳はつりがねのひびきをききつつ、
およぐひとのたましひは水のうへの月をみる。
一
信子は女子大学にゐた時から、才媛(さいゑん)の名声を担(にな)つてゐた。彼女が早晩作家として文壇に打つて出る事は、殆(ほとんど)誰も疑はなかつた。中には彼女が在学中、既に三百何枚かの自叙伝体小説を書き上げたなどと吹聴(ふいちやう)して歩くものもあつた。が、学校を卒業して見ると、まだ女学校も出てゐない妹の照子と彼女とを抱へて、後家(ごけ)を立て通して来た母の手前も、さうは我儘(わがまま)を云はれない、複雑な事情もないではなかつた。そこで彼女は創作を始める前に、まづ世間の習慣通り、縁談からきめてかかるべく余儀なくされた。
彼女には俊吉(しゆんきち)と云ふ従兄(いとこ)があつた。彼は当時まだ大学の文科に籍を置いてゐたが、やはり将来は作家仲間に身を投ずる意志があるらしかつた。信子はこの従兄の大学生と、昔から親しく往来してゐた。それが互に文学と云ふ共通の話題が出来てからは、愈(いよいよ)親しみが増したやうであつた。唯、彼は信子と違つて、当世流行のトルストイズムなどには一向敬意を表さなかつた。さうして始終フランス仕込みの皮肉や警句ばかり並べてゐた。かう云ふ俊吉の冷笑的な態度は、時々万事真面目な信子を怒らせてしまふ事があつた。が、彼女は怒りながらも俊吉の皮肉や警句の中に、何か軽蔑(けいべつ)出来ないものを感じない訳には行かなかつた。
だから彼女は在学中も、彼と一しよに展覧会や音楽会へ行く事が稀ではなかつた。尤(もつと)も大抵そんな時には、妹の照子も同伴(いつしよ)であつた。彼等三人は行きも返りも、気兼ねなく笑つたり話したりした。が、妹の照子だけは、時々話の圏外へ置きざりにされる事もあつた。それでも照子は子供らしく、飾窓の中のパラソルや絹のシヨオルを覗き歩いて、格別閑却された事を不平に思つてもゐないらしかつた。信子はしかしそれに気がつくと、必(かならず)話頭を転換して、すぐに又元の通り妹にも口をきかせようとした。その癖まづ照子を忘れるものは、何時(いつ)も信子自身であつた。俊吉はすべてに無頓着なのか、不相変(あひかはらず)気の利いた冗談(じょうだん)ばかり投げつけながら、目まぐるしい往来の人通りの中を、大股にゆつくり歩いて行つた。……
信子と従兄との間がらは、勿論誰の眼に見ても、来るべき彼等の結婚を予想させるのに十分であつた。同窓たちは彼女の未来をてんでに羨んだり妬(ねた)んだりした。殊に俊吉を知らないものは、(滑稽と云ふより外はないが、)一層これが甚(はなはだ)しかつた。信子も亦一方では彼等の推測を打ち消しながら、他方ではその確な事をそれとなく故意に仄(ほのめ)かせたりした。従つて同窓たちの頭の中には、彼等が学校を出るまでの間に、何時か彼女と俊吉との姿が、恰(あたか)も新婦新郎の写真の如く、一しよにはつきり焼きつけられてゐた。
所が学校を卒業すると、信子は彼等の予期に反して、大阪の或商事会社へ近頃勤務する事になつた、高商出身の青年と、突然結婚してしまつた。さうして式後二三日してから、新夫と一しよに勤め先きの大阪へ向けて立つてしまつた。その時中央停車場へ見送りに行つたものの話によると、信子は何時(いつ)もと変りなく、晴れ晴れした微笑を浮べながら、ともすれば涙を落し勝ちな妹の照子をいろいろと慰めてゐたと云ふ事であつた。
同窓たちは皆不思議がつた。その不思議がる心の中には、妙に嬉しい感情と、前とは全然違つた意味で妬ましい感情とが交つてゐた。或者は彼女を信頼して、すべてを母親の意志に帰した。又或ものは彼女を疑つて、心がはりがしたとも云ひふらした。が、それらの解釈が結局想像に過ぎない事は、彼等自身さへ知らない訳ではなかつた。彼女はなぜ俊吉と結婚しなかつたか? 彼等はその後暫くの間、よるとさはると重大らしく、必(かならず)この疑問を話題にした。さうして彼是(かれこれ)二月ばかり経つと――全く信子を忘れてしまつた。勿論彼女が書く筈だつた長篇小説の噂なぞも。
信子はその間に大阪の郊外へ、幸福なるべき新家庭をつくつた。彼等の家はその界(かい)隈(わい)でも最も閑静な松林にあつた。松脂(まつやに)の匂と日の光と、――それが何時でも夫の留守は、二階建の新しい借家の中に、活(い)き活きした沈黙を領してゐた。信子はさう云ふ寂しい午後、時々理由もなく気が沈むと、きつと針箱の引出しを開けては、その底に畳んでしまつてある桃色の書簡箋をひろげて見た、書簡箋の上にはこんな事が、細々とペンで書いてあつた。
「――もう今日かぎり御姉様と御一しよにゐる事が出来ないと思ふと、これを書いてゐる間でさへ、止め度なく涙が溢れて来ます。御姉様。どうか、どうか私を御赦(おゆる)し下さい。照子は勿体ない御姉様の犠牲の前に、何と申し上げて好いかもわからずに居ります。
「御姉様は私の為に、今度の御縁談を御きめになりました。さうではないと仰有(おつしや)つても、私にはよくわかつて居ります。何時ぞや御一しよに帝劇を見物した晩、御姉様は私に俊さんは好きかと御尋(おき)きになりました。それから又好きならば、御姉様がきつと骨を折るから、俊さんの所へ行けとも仰有いました。あの時もう御姉様は、私が俊さんに差上げる筈の手紙を読んでいらしつたのでせう。あの手紙がなくなつた時、ほんたうに私は御姉様を御恨(おうら)めしく思ひました。(御免遊ばせ。この事だけでも私はどの位申し訳がないかわかりません。)ですからその晩も私には、御姉様の親切な御言葉も、皮肉のやうな気さへ致しました。私が怒つて御返事らしい御返事も碌(ろく)に致さなかつた事は、もちろん御忘れになりもなさりますまい。けれどもあれから二三日経つて、御姉様の御縁談が急にきまつてしまつた時、私はそれこそ死んででも、御詑びをしようかと思ひました。御姉様も俊さんが御好きなのでございますもの。(御隠しになつてはいや。私はよく存じて居りましてよ。)私の事さへ御かまひにならなければ、きつと御自分が俊さんの所へいらしつたのに違ひこざいません。それでも御姉様は私に、俊さんなぞは思つてゐないと、何度も繰返して仰有いました。さうしてとうとう心にもない御結婚をなすつて御しまひになりました。私の大事な御姉様。私が今日鶏を抱いて来て、大阪へいらつしやる御姉様に、御挨拶をなさいと申した事をまだ覚えていらしつて? 私は飼つてゐる鶏にも、私と一しよに御姉様へ御詑びを申して貰ひたかつたの。さうしたら、何にも御存知ない御母様まで御泣きになりましたのね。
「御姉様。もう明日は大阪へいらしつて御しまひなさるでせう。けれどもどうか何時までも、御姉様の照子を見捨てずに頂戴、照子は毎朝鶏に餌をやりながら、御姉様の事を思ひ出して、誰にも知れず泣いてゐます。……」
信子はこの少女らしい手紙を読む毎に、必(かならず)涙が滲(にじ)んで来た。殊に中央停車場から汽車に乗らうとする間際、そつとこの手紙を彼女に渡した照子の姿を思ひ出すと、何とも云はれずにいぢらしかつた。が、彼女の結婚は果して妹の想像通り、全然犠牲的なそれであらうか。さう疑を挾む事は、涙の後の彼女の心へ、重苦しい気持ちを拡げ勝ちであつた。信子はこの重苦しさを避ける為に、大抵はぢつと快い感傷の中に浸つてゐた。そのうちに外の松林へ一面に当つた日の光が、だんだん黄ばんだ暮方の色に変つて行くのを眺めながら。
二
結婚後彼是(かれこれ)三月ばかりは、あらゆる新婚の夫婦の如く、彼等も亦幸福な日を送つた。
夫は何処(どこ)か女性的な、口数を利(き)かない人物であつた。それが毎日会社から帰つて来ると、必晩飯後の何時間かは、信子と一しよに過す事にしてゐた。信子は編物の針を動かしながら、近頃世間に騒がれてゐる小説や戯曲の話などもした。その話の中には時によると、基督教(キリストけう)の匂のする女子大学趣味の人生観が織りこまれてゐる事もあつた。夫は晩酌の頬を赤らめた儘、読みかけた夕刊を膝へのせて、珍しさうに耳を傾けてゐた。が、彼自身の意見らしいものは、一言も加へた事がなかつた。
彼等は又殆(ほとんど)日曜毎に、大阪やその近郊の遊覧地へ気散じな一日を暮しに行つた。信子は汽車電車へ乗る度に、何処でも飲食する事を憚(はばか)らない関西人が皆卑しく見えた。それだけおとなしい夫の態度が、格段に上品なのを嬉しく感じた。実際身綺麗な夫の姿は、そう云ふ人中に交つてゐると、帽子からも、背広からも、或は又赤皮の編上げからも、化粧石鹸の匂に似た、一種清新な雰囲気(ふんゐき)を放散させてゐるやうであつた。殊に夏の休暇中、舞子(まひこ)まで足を延した時には、同じ茶屋に来合せた夫の同僚たちに比べて見て、一層誇りがましいやうな心もちがせずにはゐられなかつた。が、夫はその下卑(げひ)た同僚たちに、存外親しみを持つてゐるらしかつた。
その内に信子は長い間、捨ててあつた創作を思ひ出した。そこで夫の留守の内だけ、一二時間づつ机に向ふ事にした。夫はその話を聞くと、「愈(いよいよ)女流作家になるかね。」と云つて、やさしい口もとに薄笑ひを見せた。しかし机には向ふにしても、思ひの外ペンは進まなかつた。彼女はぼんやり頬杖をついて、炎天の松林の蝉の声に、我知れず耳を傾けてゐる彼女自身を見出し勝ちであつた。
所が残暑が初秋へ振り変らうとする時分、夫は或日会社の出がけに、汗じみた襟を取変へようとした。が、生憎(あいにく)襟は一本残らず洗濯屋の手に渡つてゐた。夫は日頃身綺麗なだけに、不快らしく顔を曇らせた。さうしてズボン吊を掛けながら、「小説ばかり書いてゐちや困る。」と何時になく厭味を云つた。信子は黙つて眼を伏せて、上衣の埃を払つてゐた。
それから二三日過ぎた或夜、夫は夕刊に出てゐた食糧問題から、月月の経費をもう少し軽減出来ないものかと云ひ出した。「お前だつて何時までも女学生ぢやあるまいし。」――そんな事も口へ出した。信子は気のない返事をしながら、夫の襟飾の絽刺(ろざ)しをしてゐた。すると夫は意外な位執拗に、「その襟飾にしてもさ、買ふ方が反(かへ)つて安くつくぢやないか。」と、やはりねちねちした調子で云つた。彼女は猶更(なほさら)口が利けなくなつた。夫もしまひには白けた顔をして、つまらなさうに商売向きの雑誌か何かばかり読んでゐた。が、寝室の電燈を消してから、信子は夫に背を向けた儘、「もう小説なんぞ書きません。」と、囁くやうな声で云つた。夫はそれでも黙つてゐた。暫くして彼女は、同じ言葉を前よりもかすかに繰返した。それから間もなく泣く声が洩れた。夫は二言三言彼女を叱つた。その後でも彼女の啜泣(すすりな)きは、まだ絶え絶えに聞えてゐた。が、信子は何時の間にか、しつかりと夫にすがつてゐた。……
翌日彼等は又元の通り、仲の好い夫婦に返つてゐた。
と思ふと今度は十二時過ぎても、まだ夫が会社から帰つて来ない晩があつた。しかも漸(やうや)く帰つて来ると、雨外套(あまぐわいたう)も一人では脱げない程、酒臭い匂を呼吸してゐた。信子は眉をひそめながら、甲斐甲斐(かひがひ)しく夫に着換へさせた。夫はそれにも関らず、まはらない舌で皮肉さへ云つた。「今夜は僕が帰らなかつたから、余つ程小説が捗取(はかど)つたらう。」――さう云ふ言葉が、何度となく女のやうな口から出た。彼女はその晩床にはいると、思はず涙がほろほろ落ちた。こんな処を照子が見たら、どんなに一しよに泣いてくれるであらう。照子。照子。私が便りに思ふのは、たつたお前一人ぎりだ。――信子は度々心の中でかう妹に呼びかけながら、夫の酒臭い寝息に苦しまされて、殆(ほとんど)夜中まんじりともせずに、寝返りばかり打つてゐた。
が、それも亦翌日になると、自然と仲直りが出来上つてゐた。
そんな事が何度か繰返される内に、だんだん秋が深くなつて来た。信子は何時か机に向つて、ペンを執る事が稀になつた。その時にはもう夫の方も、前程彼女の文学談を珍しがらないやうになつてゐた。彼等は夜毎に長火鉢を隔てて、瑣末(さまつ)な家庭の経済の話に時間を殺す事を覚え出した。その上又かう云ふ話題は、少くとも晩酌後の夫にとつて、最も興味があるらしかつた。それでも信子は気の毒さうに、時々夫の顔色を窺(うかが)つて見る事があつた。が、彼は何も知らず、近頃延した髭を噛みながら、何時もより余程快活に、「これで子供でも出来て見ると――」なぞと、考へ考へ話してゐた。
するとその頃から月々の雑誌に、従兄(いとこ)の名前が見えるやうになつた。信子は結婚後忘れたやうに、俊吉との文通を絶つてゐた。唯、彼の動静は、――大学の文科を卒業したとか、同人雑誌を始めたとか云ふ事は、妹から手紙で知るだけであつた。又それ以上彼の事を知りたいと云ふ気も起さなかつた。が、彼の小説が雑誌に載つてゐるのを見ると、懐しさは昔と同じであつた。彼女はその頁をはぐりながら、何度も独り微笑を洩らした。俊吉はやはり小説の中でも、冷笑と諧謔(かいぎやく)との二つの武器を宮本武蔵のやうに使つてゐた。彼女にはしかし気のせゐか、その軽快な皮肉の後(うしろ)に、何か今までの従兄にはない、寂しさうな捨鉢(すてばち)の調子が潜んでゐるやうに思はれた。と同時にさう思ふ事が、後めたいやうな気もしないではなかつた。
信子はそれ以来夫に対して、一層優しく振舞ふやうになつた。夫は夜寒の長火鉢の向うに、何時も晴れ晴れと微笑してゐる彼女の顔を見出した。その顔は以前より若々しく、化粧をしてゐるのが常であつた。彼女は針仕事の店を拡げながら、彼等が東京で式を挙げた当時の記憶なぞも話したりした。夫にはその記憶の細かいのが、意外でもあり、嬉しさうでもあつた。「お前はよくそんな事まで覚えてゐるね。」――夫にかう調戯(からか)はれると、信子は必(かならず)無言の儘、眼にだけ媚(こび)のある返事を見せた。が、何故それ程忘れずにゐるか、彼女自身も心の内では、不思議に思ふ事が度々あつた。
それから程なく、母の手紙が、信子に妹の結納(ゆひなふ)が済んだと云ふ事を報じて来た。その手紙の中には又、俊吉が照子を迎へる為に、山の手の或郊外へ新居を設けた事もつけ加へてあつた。彼女は早速母と妹とへ、長い祝ひの手紙を書いた。「何分当方は無人故、式には不本意ながら参りかね候へども……」そんな文句を書いてゐる内に、(彼女には何故かわからなかつたが、)筆の渋る事も再三あつた。すると彼女は眼を挙げて、必(かならず)外の松林を眺めた。松は初冬の空の下に、簇簇(そうそう)と蒼黒く茂つてゐた。
その晩信子と夫とは、照子の結婚を話題にした。夫は何時もの薄笑ひを浮べながら、彼女が妹の口真似をするのを、面白さうに聞いてゐた。が、彼女には何となく、彼女自身に照子の事を話してゐるやうな心もちがした。「どれ、寝るかな。」――二三時間の後、夫は柔(やはらか)な髭を撫でながら、大儀さうに長火鉢の前を離れた。信子はまだ妹へ祝つてやる品を決し兼ねて、火箸で灰文字を書いてゐたが、この時急に顔を挙げて、「でも妙なものね、私にも弟が一人出来るのだと思ふと。」と云つた。「当り前ぢやないか、妹もゐるんだから。」――彼女は夫にかう云はれても、考深い眼つきをした儘、何とも返事をしなかつた。
照子と俊吉とは、師走(しはす)の中旬に式を挙げた。当日は午(ひる)少し前から、ちらちら白い物が落ち始めた。信子は独り午の食事をすませた後、何時までもその時の魚の匂が、口について離れなかつた。「東京も雪が降つてゐるかしら。」――こんな事を考へながら、信子はぢつとうす暗い茶の間の長火鉢にもたれてゐた。雪が愈(いよいよ)烈しくなつた。が、口中の生臭さは、やはり執念(しふね)く消えなかつた。……
三
信子はその翌年の秋、社命を帯びた夫を一しよに、久しぶりで東京の土を踏んだ。が、短い日限内に、果すべき用向きの多かつた夫は、唯彼女の母親の所へ、来※々(きそうそう)顔を出した時の外は、殆一日も彼女をつれて、外出する機会を見出さなかつた。彼女はそこで妹夫婦の郊外の新居を尋ねる時も、新開地じみた電車の終点から、たつた一人俥(くるま)に揺られて行つた。
彼等の家は、町並が葱畑(ねぎばたけ)に移る近くにあつた。しかし隣近所には、いづれも借家らしい新築が、せせこましく軒を並べてゐた。のき打ちの門、要(かなめ)もちの垣、それから竿に干した洗濯物、――すべてがどの家も変りはなかつた。この平凡な住居(すまひ)の容子(ようす)は、多少信子を失望させた。
が、彼女が案内を求めた時、声に応じて出て来たのは、意外にも従兄の方であつた。俊吉は以前と同じやうに、この珍客の顔を見ると、「やあ。」と快活な声を挙げた。彼女は彼が何時の間にか、いが栗頭でなくなつたのを見た。「暫らく。」「さあ、御上り。生憎(あいにく)僕一人だが。」「照子は? 留守?」「使に行つた。女中も。」――信子は妙に恥しさを感じながら、派手な裏のついた上衣(コオト)をそつと玄関の隅に脱いだ。
俊吉は彼女を書斎兼客間の八畳へ坐らせた。座敷の中には何処を見ても、本ばかり乱雑に積んであつた。殊に午後の日の当つた障子際の、小さな紫檀(したん)の机のまはりには、新聞雑誌や原稿用紙が、手のつけやうもない程散らかつてゐた。その中に若い細君の存在を語つてゐるものは、唯床の間の壁に立てかけた、新しい一面の琴だけであつた。信子はかう云ふ周囲から、暫らく物珍しい眼を離さなかつた。
「来ることは手紙で知つてゐたけれど、今日来ようとは思はなかつた。」――俊吉は巻煙草へ火をつけると、さすがに懐しさうな眼つきをした。「どうです、大阪の御生活は?」「俊さんこそ如何(いかが)? 幸福?」――信子も亦二言三言話す内に、やはり昔のやうな懐しさが、よみ返つて来るのを意識した。文通さへ碌にしなかつた、彼是(かれこれ)二年越しの気まづい記憶は、思つたより彼女を煩(わづら)はさなかつた。
彼等は一つ火鉢に手をかざしながら、いろいろな事を話し合つた。俊吉の小説だの、共通な知人の噂だの、東京と大阪との比較だの、話題はいくら話しても、尽きない位沢山あつた。が、二人とも云ひ合せたやうに、全然暮し向きの問題には触れなかつた。それが信子には一層従兄と、話してゐると云ふ感じを強くさせた。
時々はしかし沈黙が、二人の間に来る事もあつた。その度に彼女は微笑した儘、眼を火鉢の灰に落した。其処(そこ)には待つとは云へない程、かすかに何かを待つ心もちがあつた。すると故意か偶然か、俊吉はすぐに話題を見つけて、何時もその心もちを打ち破つた。彼女は次第に従兄の顔を窺(うかが)はずにはゐられなくなつた。が、彼は平然と巻煙草の煙を呼吸しながら、格別不自然な表情を装つてゐる気色(けしき)も見えなかつた。
その内に照子が帰つて来た。彼女は姉の顔を見ると、手をとり合はないばかりに嬉しがつた。信子も唇は笑ひながら、眼には何時かもう涙があつた。二人は暫くは俊吉も忘れて、去年以来の生活を互に尋ねたり尋ねられたりしてゐた。殊に照子は活き活きと、血の色を頬に透かせながら、今でも飼つてゐる鶏の事まで、話して聞かせる事を忘れなかつた。俊吉は巻煙草を啣(くは)へた儘、満足さうに二人を眺めて、不相変(あひかはらず)にやにや笑つてゐた。
其処へ女中も帰つて来た。俊吉はその女中の手から、何枚かの端書(はがき)を受取ると、早速側の机へ向つて、せつせとペンを動かし始めた。照子は女中も留守だつた事が、意外らしい気色を見せた。「ぢや御姉様がいらしつた時は、誰も家にゐなかつたの。」「ええ、俊さんだけ。」――信子はかう答へる事が、平気を強(し)ひるやうな心もちがした。すると俊吉が向うを向いたなり、「旦那様に感謝しろ。その茶も僕が入れたんだ。」と云つた。照子は姉と眼を見合せて、悪戯(いたづら)さうにくすりと笑つた。が、夫にはわざとらしく、何とも返事をしなかつた。
間もなく信子は、妹夫婦と一しよに、晩飯の食卓を囲むことになつた。照子の説明する所によると、膳に上つた玉子は皆、家の鶏が産んだものであつた。俊吉は信子に葡萄酒をすすめながら、「人間の生活は掠奪(りやくだつ)で持つてゐるんだね。小はこの玉子から」――なぞと社会主義じみた理窟を並べたりした。その癖此処にゐる三人の中で、一番玉子に愛着のあるのは俊吉自身に違ひなかつた。照子はそれが可笑(をか)しいと云つて、子供のやうな笑ひ声を立てた。信子はかう云ふ食卓の空気にも、遠い松林の中にある、寂しい茶の間の暮方を思ひ出さずにゐられなかつた。
話は食後の果物を荒した後も尽きなかつた。微酔を帯びた俊吉は、夜長の電燈の下にあぐらをかいて、盛に彼一流の詭弁(きべん)を弄した。その談論風発が、もう一度信子を若返らせた。彼女は熱のある眼つきをして、「私も小説を書き出さうかしら。」と云つた。すると従兄は返事をする代りに、グウルモンの警句を抛(はふ)りつけた。それは「ミユウズたちは女だから、彼等を自由に虜(とりこ)にするものは、男だけだ。」と云ふ言葉であつた。信子と照子とは同盟して、グウルモンの権威を認めなかつた。「ぢや女でなけりや、音楽家になれなくつて? アポロは男ぢやありませんか。」――照子は真面目にこんな事まで云つた。
その暇に夜が更けた。信子はとうとう泊る事になつた。
寝る前に俊吉は、縁側の雨戸を一枚開けて、寝間着の儘狭い庭へ下りた。それから誰を呼ぶともなく「ちよいと出て御覧。好い月だから。」と声をかけた。信子は独り彼の後から、沓脱(くつぬ)ぎの庭下駄へ足を下した。足袋を脱いだ彼女の足には、冷たい露の感じがあつた。
月は庭の隅にある、痩せがれた檜(ひのき)の梢(こずゑ)にあつた。従兄はその檜の下に立つて、うす明い夜空を眺めてゐた。「大へん草が生えてゐるのね。」――信子は荒れた庭を気味悪さうに、怯(お)づ怯づ彼のゐる方へ歩み寄つた。が、彼はやはり空を見ながら、「十三夜かな。」と呟(つぶや)いただけであつた。
暫く沈黙が続いた後、俊吉は静に眼を返して、「鶏小屋(とりごや)へ行つて見ようか。」と云つた。信子は黙つて頷(うなづ)いた。鶏小屋は丁度檜とは反対の庭の隅にあつた。二人は肩を並べながら、ゆつくり其処まで歩いて行つた。しかし蓆囲(むしろがこ)ひの内には、唯鶏の匂のする、朧(おぼろ)げな光と影ばかりがあつた。俊吉はその小屋を覗いて見て、殆(ほとんど)独り言かと思ふやうに、「寝てゐる。」と彼女に囁(ささや)いた。「玉子を人に取られた鶏が。」――信子は草の中に佇(たたず)んだ儘、さう考へずにはゐられなかつた。……
二人が庭から返つて来ると、照子は夫の机の前に、ばんやり電燈を眺めてゐた。青い横ばひがたつた一つ、笠に這つてゐる電燈を。
四
翌朝俊吉は一張羅の背広を着て、食後※々(そうそう)玄関へ行つた。何でも亡友の一周忌の墓参をするのだとか云ふ事であつた。「好いかい。待つてゐるんだぜ。午頃(ひるごろ)までにやきつと帰つて来るから。」――彼は外套をひつかけながら、かう信子に念を押した。が、彼女は華奢(きやしや)な手に彼の中折(なかをれ)を持つた儘、黙つて微笑したばかりであつた。
照子は夫を送り出すと、姉を長火鉢の向うに招じて、まめまめしく茶をすすめなどした。隣の奥さんの話、訪問記者の話、それから俊吉と見に行つた或外国の歌劇団の話、――その外愉快なるべき話題が、彼女にはまだいろいろあるらしかつた。が、信子の心は沈んでゐた。彼女はふと気がつくと、何時も好い加減な返事ばかりしてゐる彼女自身が其処にあつた。それがとうとうしまひには、照子の眼にさへ止るやうになつた。妹は心配さうに彼女の顔を覗きこんで、「どうして?」と尋ねてくれたりした。しかし信子にもどうしたのだか、はつきりした事はわからなかつた。
柱時計が十時を打つた時、信子は懶(ものう)さうな眼を挙げて、「俊さんは中々帰りさうもないわね。」と云つた。照子も姉の言葉につれて、ちよいと時計を仰いだが、これは存外冷淡に、「まだ――」とだけしか答へなかつた。信子にはその言葉の中に、夫の愛に飽き足りてゐる新妻の心があるやうな気がした。さう思ふと愈(いよいよ)彼女の気もちは、憂欝に傾かずにはゐられなかつた。
「照さんは幸福ね。」――信子は頤(あご)を半襟に埋めながら、冗談のやうにかう云つた。が、自然と其処へ忍びこんだ、真面目な羨望(せんばう)の調子だけは、どうする事も出来なかつた。照子はしかし無邪気らしく、やはり活き活きと微笑しながら、「覚えていらつしやい。」と睨(にら)む真似をした。それからすぐに又「御姉様だつて幸福の癖に。」と、甘えるやうにつけ加へた。その言葉がぴしりと信子を打つた。
彼女は心もち※(まぶた)を上げて、「さう思つて?」と問ひ返した。問ひ返して、すぐに後悔した。照子は一瞬間妙な顔をして、姉と眼を見合せた。その顔にも亦(また)蔽ひ難い後悔の心が動いてゐた。信子は強ひて微笑した。――「さう思はれるだけでも幸福ね。」
二人の間には沈黙が来た。彼等は柱時計の時を刻む下に、長火鉢の鉄瓶がたぎる音を聞くともなく聞き澄ませてゐた。
「でも御兄様は御優しくはなくつて?」――やがて照子は小さな声で、恐る恐るかう尋ねた。その声の中には明かに、気の毒さうな響が籠つてゐた、が、この場合信子の心は、何よりも憐憫(れんびん)を反撥(はんぱつ)した。彼女は新聞を膝の上へのせて、それに眼を落したなり、わざと何とも答へなかつた。新聞には大阪と同じやうに、米価問題が掲げてあつた。
その内に静な茶の間の中には、かすかに人の泣くけはひが聞え出した。信子は新聞から眼を離して、袂を顔に当てた妹を長火鉢の向うに見出した。「泣かなくつたつて好いのよ。」――照子は姉にさう慰められても、容易に泣き止まうとはしなかつた。信子は残酷な喜びを感じながら、暫くは妹の震へる肩へ無言の視線を注いでゐた。それから女中の耳を憚(はばか)るやうに、照子の方へ顔をやりながら、「悪るかつたら、私があやまるわ。私は照さんさへ幸福なら、何より難有(ありがた)いと思つてゐるの。ほんたうよ。俊さんが照さんを愛してゐてくれれば――」と、低い声で云ひ続けた。云ひ続ける内に、彼女の声も、彼女自身の言葉に動かされて、だんだん感傷的になり始めた。すると突然照子は袖を落して、涙に濡れてゐる顔を挙げた。彼女の眼の中には、意外な事に、悲しみも怒りも見えなかつた。が、唯、抑へ切れない嫉妬の情が、燃えるやうに瞳を火照(ほて)らせてゐた。「ぢや御姉様は――御姉様は何故昨夜も――」照子は皆まで云はない内に、又顔を袖に埋めて、発作的に烈しく泣き始めた。……
二三時間の後、信子は電車の終点に急ぐべく、幌俥(ほろぐるま)の上に揺られてゐた。彼女の眼にはひる外の世界は、前部の幌を切りぬいた、四角なセルロイドの窓だけであつた。其処には場末らしい家々と色づいた雑木の梢とが、徐(おもむろ)にしかも絶え間なく、後へ後へと流れて行つた。もしその中に一つでも動かないものがあれば、それは薄雲を漂はせた、冷やかな秋の空だけであつた。
彼女の心は静かであつた。が、その静かさを支配するものは、寂しい諦めに外ならなかつた。照子の発作が終つた後、和解は新しい涙と共に、容易(たやす)く二人を元の通り仲の好い姉妹に返してゐた。しかし事実は事実として、今でも信子の心を離れなかつた。彼女は従兄の帰りも待たずこの俥上に身を託した時、既に妹とは永久に他人になつたやうな心もちが、意地悪く彼女の胸の中に氷を張らせてゐたのであつた。――
信子はふと眼を挙げた。その時セルロイドの窓の中には、ごみごみした町を歩いて来る、杖を抱へた従兄の姿が見えた。彼女の心は動揺した。俥を止めようか。それともこの儘行き違はうか。彼女は動悸(どうき)を抑へながら、暫くは唯幌の下に、空(むな)しい逡巡を重ねてゐた。が、俊吉と彼女との距離は、見る見る内に近くなつて来た。彼は薄日の光を浴びて、水溜りの多い往来にゆつくりと靴を運んでゐた。
「俊さん。」――さう云ふ声が一瞬間、信子の唇から洩れようとした。実際俊吉はその時もう、彼女の俥のすぐ側に、見慣れた姿を現してゐた。が、彼女は又ためらつた。その暇に何も知らない彼は、とうとうこの幌俥とすれ違つた。薄濁つた空、疎(まば)らな屋並、高い木々の黄ばんだ梢、――後には不相変(あひかはらず)人通りの少い場末の町があるばかりであつた。
「秋――」
信子はうすら寒い幌の下に、全身で寂しさを感じながら、しみじみかう思はずにゐられなかつた。
(大正九年三月)
●本文中で使われている外字
※々(そうそう)
![]()
※(まぶた)
![]()
月は空にメダルのやうに、
街角に建物はオルガンのやうに、
遊び疲れた男どち唱ひながらに帰つてゆく。
――イカムネ・カラアがまがつてゐる――
その脣は ききつて
その心は何か悲しい。
頭が暗い土塊になつて、
ただもうラアラア唱つてゆくのだ。
商用のことや祖先のことや
忘れてゐるといふではないが、
都会の夏の夜の更――
死んだ火薬と深くして
眼に外燈の滲みいれば
ただもうラアラア唱つてゆくのだ。
暗き空へと消え行きぬ
わが若き日を燃えし希望は。
夏の夜の星の如くは今もなほ
遐きみ空に見え隠る、今もなほ。
暗き空へと消えゆきぬ
わが若き日の夢は希望は。
今はた此処に打伏して
獣の如くは、暗き思ひす。
そが暗き思ひいつの日
晴れんとの知るよしなくて、
溺れたる夜の海より
空の月、望むが如し。
その浪はあまりに深く
その月はあまりに清く、
あはれわが若き日を燃えし希望の
今ははや暗き空へと消え行きぬ。