| 第12回●南方熊楠など |
| 一工作員の楽しみ |
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小林繁雄 |
| 私が青空文庫に関わり初めてから丁度二年になります。私の「この一作」は、入力・校正を通じて感じたことを書いてみたいと思います。 青空文庫工作員(!)として初めて入力したのが、南方熊楠の「十二支考」でした。当初、南方全集に取り組もうと思ったのですが編集者の著作権の問題がありそう、ということで岩波文庫版の「十二支考」に決定しました。 なぜ熊楠だったのか。今にして思えば、熊楠の「和漢三才図会」の筆写本や大英博物館に籠もってとった筆写ノートを見たことが尾を引いていたのかもしれません。 和歌山県白浜の、海水浴で有名な白良浜からは少し北にはずれた半島の突端に、南方熊楠記念館はひっそりと建っています。その展示物の中にこの二つがありました。 「和漢三才図会」の方は横長の、昔の大福帳のようなものに墨で書かれてあります。原本にある絵までが丁寧に描かれており、これが小さい子供のしたことかと驚くばかりです。一方「ロンドン抜き書き帳」は大学ノートに万年筆で書かれたもので、さりげなく積み上げられたノートの数は半端ではありません。 私は、入力は現代の「筆写」であると思っています。ですから、OCRの能力がどんどん進歩していますが、私は必ず手入力することにしています。時代に逆行したかたくななやり方だとは思いますが、一方、この楽しみは捨て難くも感じています。 さて、熊楠の「十二支考」です。博覧強記といわれる熊楠だけあり、引用が多彩で、その引用の話がまた面白い。時に猥雑に陥り、この猥雑さというのは南方の文章の一つの特徴でもあるのですが、後にその事が柳田国男をして悩ましめたというのは有名な逸話です。 入力に際して、「酉陽雑俎」など中国の文献の引用が多く、とにかく「漢字」に悩まされました。書き写すのと違い、ワープロでは文字に限りがあります。ワープロでは出てこない外字の山でした。初めての入力でしたので、これが旧字旧仮名版であったら、とうにお手上げ状態だったでしょう。でもこの漢字探しがまた楽しみの一つになる、というのは思い掛けない発見でした。普通に読むだけでは、ただ漫然と読み飛ばしていたことでしょうが、入力しなければならないので、まず字の検索をし、なければ辞書を調べる。遅々とした歩みでしたが、次第に「筆写」の魅力に取り憑かれていくのがわかりました。 「十二支考」を終え、次に取り組んだのは、「圓朝全集」でした。紆余曲折があったのですが、これは新字新仮名に改めて入力しています。校正のかとうかおりさんと二人三脚で進めています。 元々私は落語好きで、大阪の人間だからでしょうか、東京の落語に比べて、上方落語の方が好きです。それは、大阪弁の方がしっくりくるからだろうと思います。また、上方落語はどちらかというと「お笑い」の勝ったものが多いようです。一方、圓朝の作品は、落語とはいいながら、上方落語には少ない(無いと言っていいかも知れません)「人情噺」と呼ばれるものがほとんどです。私の頭の中にある、いわゆる「落語」というイメージからは圓朝は少しはずれているようです(関東の方にはそういうイメージはないのかもしれませんが)。 そのちょっとイメージの違う落語に対する好奇心と、有名な坪内逍遙が二葉亭四迷に読むように勧めた話、「累ヶ淵」「牡丹灯籠」って映画では見たことがあるけれど、原作はどんなものなんだろうという興味、そんな思いがないまぜになって取り組み始めました。 意外だったのが、「牡丹灯籠」。映画などで有名なお話はほんのさわりの部分の出来事にしか過ぎませんでした。残りは延々と仇討ちに繋がる因縁話が続くのです。また、「累ヶ淵」などの怪談については、怖ろしい私の体験談があるのですが、それは、また、別の話。 命が尽きるまでに何とか圓朝全集のテキスト化をやり遂げたいと思っています。 入力作品はほぼ自分自身の選択で決めるのですが、時には思い掛けない縁で未知の人の作品に取り組む事もあります。松平維秋さんの旅紀行入力がそれでした。 これは実に楽しい体験でした。いろんな方との共同作業でしたが、その、あれよあれよと進んでいく完成へのプロセスは、プロデューサーである浜野さんのもと、みなさんの熱がひしひしと感じられました。 松平さんの「風の旅の記録」(『松平維秋の仕事』)はただの旅行記ではありません。その土地土地に息づく人々の姿が、様々なタッチで書き分けられています。その才能には舌を巻くばかりです。是非一読していただきたいものです。ふらりと旅に出かけたくなるに違いありません。 さて、校正の話も少し。 校正に際しても、この作品を校正したいという校正者の希望はかなえられると思うのですが、私の場合、特に希望は出さず、青空文庫の世話人をなさっている野口さんから送ってもらったものを校正するようにしています。というのは、新しい「出会い」が校正の楽しみでもあるからです。 そんなに読書量の多くない私には知らない作家、作品が多いのです。ですから大抵は初めて接する作品になります。 嘉村礒多の一連の作品は、校正することがなければまず読むことはなかっただろうと思います。礒多は昭和初期の私小説作家です。梶井基次郎とほぼ同年代の人ですが、梶井ほど有名ではないと思います。私は、不明にして礒多の名さえ知りませんでした。 「業苦」「崖の下」と続く作品は、妻子を捨て、ある女性と東京に駆け落ちしてきてからの生活を描いています。妻の結婚前の男性関係を疑い、我が子にまで嫉妬心を覚える様など、うんざりするような内容なのですが、これが不思議と飽きさせないのです。 私は校正する場合、パソコンの画面上で行っていますが、手許に底本のコピーを置いて、一度目はコピーに訂正の赤字入れとファイルの訂正、二度目は校正履歴作り、三度目は最後のチェックという風にしています。 この最後のチェックはきついものがあるのですが、礒多の場合、それがちっとも苦になりませんでした。この「味」は何だろうと、今でも不思議に思っています。これが礒多の魅力なんだろうか、私にはよくわからないのですが、「読む」だけでは体験できない、「校正」ならではの発見のような気がしています。 以上、私の経験を通じて感じたままを書きました。最近、小熊秀雄という作家と出会う機会を与えられて、また楽しい時間を過ごしています。私の知らなかった世界とのつながりは、これからどのように拡がっていくのでしょうか。青空文庫は、私にわくわくする体験を与えてくれました。惜しむらくは、目の前に拡がる大海原を探検するにはあまりに時間が少ないことです。 |