第7回●岩本良子『先生まるちょうだい』
時代の心と身体に効く本

市川 陽

 神奈川県小田原市の一郭に、岩本教室という学習塾がある。『先生まるちょうだい』は、その岩本教室でご主人と共に子供たちを教えている岩本良子さんが、岩本教室とはどんな塾か、どんな子供たちが、どんな風に、何を学んでいったのかを書き綴った本である。岩本さんはかの地の教育界のリーダーといった方ではないだろうし、著作集を持つ教育者でもない。小学校の校長先生の娘として生まれ、大学卒業後に教師となり、キリスト教の伝道者を志していた現在のご主人と結婚し、母となり、そして塾を始めて25年。1995年に還暦を迎えられたという。そしてここに描かれた岩本教室は「小学一年から六年までの国語、算数、中学一年から三年の英語、数学」を教えている、一見どこにでもありそうな市井の塾である。
 しかしここに描かれた子供たちと岩本さんの心の交流のありさまを読む時、テレビの仕事などしていて情報には相当スレッカラシになっている僕のような人間も、何度も胸が熱くなる思いがした。ここには、今という時代がどこかに置き忘れてきてしまったものが確実にある。
 子供たちをめぐる世界が不気味にざわめきだしてすでに久しい。学級崩壊とか登校拒否などという事態はすでに珍しくもない日常茶飯事となってしまったかのようだ。子どもを当事者とした胸の悪くなるような陰惨な出来事がここ数年続き、終わる気配が見えない。過剰なマスコミの報道に、輪をかけて過剰に反応する必要はないけれど、今、子供たちがごく普通の意味で生きていくことが、ある困難さを伴うものになってしまったことは事実だろう。子供だけではない。子供を取り囲む大人たちの一部もなにがしかの異常な心理を抱え込んでしまっていることは、東京の文京区音羽の地名を有名にした事件を持ち出すまでもない。こういう時代に心理学者や精神病理学者の乾いた分析の言葉をいくら積み重ねられても、ちっとも明るい気分にはなれない。
 こういう時代だからこそこの本のような、優れて実践に基づき、慎ましやかではあっても確固とした自信に裏付けられた言葉によって人は励まされもし、元気にもなれる。
 岩本さんがご主人とふたりで学習塾を始めたのは1975年。玄関先に掲げた看板に、「家庭学習のお手伝いをする岩本教室」と書き記した。ここに岩本さんの、教室に対する基本的な思いが込められている。岩本さんはかつて教師であり、同時に小さな子供たちの母親でもあった。教師としては、放課後ももっと生徒たちに教えてあげたいのに会議その他の雑用で思うにまかせなかった。母親としては、自分の子供たちが学習面で何か困ってはいないか気になるものの、仕事と家事に追われて細かく気遣うことができなかった。「二つの立場で充分果たせなかった想いを、教室に通って来る子供達に向けることが出来たら」と、岩本さんは考えた。それが塾を始めた動機だった。岩本教室が受験のための進学塾とははっきりと一線を画した塾だということが分かる。
 岩本教室では、原則として予習をしない。「学校で新しい単元に取り組む時、その導入に先生方がどんなに力を注いでおられるか、生徒達もまた新しい事柄との出会いに驚き、興味をおぼえることを知っていますので、この新鮮な体験だけは学校で味わってほしいと思ったからでした」とある。元学校教師の岩本さんらしい考え方だが、このことをもう少し突き詰めると以下のようになる。岩本さんは「学校vs塾」という対立構造をマスコミが書き立てることに反対なのだ。

学校は表舞台で、私の仕事は裏の仕事です。学校と張り合ったり、学校の邪魔になるなど思ったこともありません。学校という全人格を形成する大きな使命の前に私の存在など小さなもので、手仕事で細かな縫い物をするようなものです。

 実に謙虚な言い方ながら、ここには岩本さんの、自身の仕事に対する強い矜持が述べられていると思う。慎ましやかではあっても確固とした自信に裏付けられた言葉と書いたのは、こういう言葉を指したつもりだ。
 本書にはたくさんの子供たちが登場する。和久君、里子ちゃん、泰子ちゃん、長谷川君、吉田君、秀雄君、昭夫君、畠中理恵ちゃん、瞳ちゃん、俊君、良太、そして光男君。みんな歴代の生徒たちの本名なのだろう。成績のいい子ばかりとは限らない。むしろ名前をあげた子供たちはみんな、様々な問題を抱えた子供たちだった。岩本さんも苦労の多かった子供たちのことが記憶に強く残るらしく、本書は一方から見れば、以上のような子供たちを相手にした岩本さんの、激闘の記録である。
 エピソードをひとつだけ紹介する。
 本田和久君(小学三年)は教室で消しゴムを切り刻んで飛ばしたり、「ばか」「アホ」などと書いた紙切れを投げたりして騒ぎ、他の子のじゃまばかりしている問題児だった。岩本さんも「『どうしたら静かに勉強してくれるだろう?』と疲れがどっと出てこちらが泣きたくなってしまうのでした」と書くほど悩んでいた。その和久君がある日、新しく始まった単元のかけ算をしている。見るとよくできていた。

 「先生かけ算面白いね」
とにっこり。その笑顔の可愛いこと。
「そう」私も嬉しくて頭を撫でながら
「学校でよーく先生のお話聞いていたんでしょう。偉かったね。勉強面白いでしょう」
「うん」
「良かった。良かった」
と言いながら隣の子供の席に移る私の胸は喜びでいっぱいで、ついつい説明に熱がこもってしまいました。
 
 そしてこう結ぶのである。
 
どんなに遊びざかりの子供達にとっても理解できれば勉強は面白いものなのだな。和久君が今まで騒いで勉強しなかったのは分からなかったからなんだ。
 
 岩本さんは、こういう優しい目で子供たちと接してきたのだ。普通は逆に考えてしまうのではないか。勉強しないで騒いでばかりいるからできなくなるのだと。しかしそう言ってしまったらそこでおしまい。この子は救われない。救われない先がどこまで行きついてしまうか、誰にも予想できない。岩本さんは和久君本人の努力を(学校で先生の説明をよく聞く努力をしたことを)誉める。分かればおもしろいのだし、おもしろければ騒ぐ必要もなくなるのだと納得する。そして彼が救われたことを自分の大きな喜びともする。この本はそんなエピソードに満ちている。
 
私はドリルの答えに×を付けないことにしています。・・・間違えても説明の後で正解になったら二重マル。「よく考えたね」とか「むつかしかったね」と言いながら労をねぎらう想いで二重マル、三重マルを付けます。

 この本がなぜ「先生まるちょうだい」と題されたかを語るエピソードがこの数行先にあるが、そこはご自分で読んでいただきたい。子供の(人間のと言ってもいいが)心というものがどんなに柔らかく、そして熱いものか。ほんの2〜3行の記述に、僕は不覚にも泣いてしまった。

子供が教室に入って来るとまず顔を見ます。・・・つまらなそうな、時には涙顔で入って来た時、しばらくそうっとしておいて話しかけます。心を無視して勉強を押し付けても決して入って行かないからです。

「今、一番私を必要としているのは、誰かしら」と、我が家にやって来る子供たちに気を配っています。

 岩本さんのこうした言葉が示しているのはたったひとつのことだろう。それは岩本さんが、それぞれに違うひとりひとりの子供たちときわめて具体的に接し続けてきたのだということ。この「具体的に」ということが、たとえば家庭では意外に難しい。親は子に対してなかなか客観的になれないから。個別の事柄に対して具体的にやろうとしてもつい常日頃の主観的な感情が先走ってしまいがちだ。それでは算数の問題ひとつ解決しない。岩本さんも書いている。
 
私に出来ることは、この場の形成に邪魔になる、やる気のなさ、おしゃべり、劣等感、人のことばかり気になる心、そんなものを排除するよう心掛けながら、具体的な学習の手助けをすることくらいです。
 
 そう、岩本教室は学習塾として勉強を教えているのであって、人生を教える場などではない。しかし子供にとって「勉強する」ことはいわば彼らの人生の宿命であって、そこをそれぞれのやり方でうまくクリアできるかどうかは、その後の生き方に大きく関わってくるだろう。学校が荒れ、子供の心がすさみ、大人の心も揺れている今、求められているのは子供の心理を解剖することなんかじゃなくて、こうした「具体的な手助け」なのではないか。「子供たち自身の中に伸びる力が内在しているのだなあ」と実感しながら、岩本さんは「具体的な」実践を四半世紀の間、重ねてきた。まさに「手仕事で細かな縫い物をするよう」に。かつてサリンジャーの小説の中でホールデン少年が夢見た「ライ麦畑のキャッチャー」の本物が、小田原市の中里という住宅街に実在していたのだ。
 岩本良子著『先生まるちょうだい』は、時代に効く。時代の心と身体に効く本である。

●執筆者プロフィール
1952年神奈川県出身。1976年にテレビマンユニオンに参加。ドキュメンタリーを中心にテレビ番組の制作に従事。現在はCSチャンネルの編成と制作に携わりつつ、テレビの番組も作り続けている。

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