| 第8回●秋野 平『ロック、70年代』 |
| 70年代前半、ヒトケタ世代から |
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能地祐子 |
| ふだんはワタクシ、いわゆる“音楽評論家”などと呼ばれる仕事をしており ます。それで、たとえば70年代前半にはヒトケタの年齢だったにもかかわらず、
その頃に発売されたアルバムについて「本盤は、当時の音楽シーンに衝撃を与 えた問題作」とか「70年代前半ならではの混沌を感じさせる名盤」とか、あた
かも見てきたようなコトを書きまくっているわけです。確かに、今、わたしは 70年代のロックについて、少なからずの知識を身につけています。けれどそれ
は、実は、70年代以降に出版された多くの書物や、あるいはインターネットの 発展によって得た情報を吹聴しているに過ぎないのです。当時の熱気や混沌と
いったものを肌で感じて、その感情を言葉にしているわけではないのです。あ あ、恥ずかしい。この評論集『ロック、70年代〜復刻CDに時代を聴く』を読
んでいると、わたしは「秋野平」さんの前で、たとえば新幹線の駅名を得意げ に暗唱してみせるマセガキになったような気分になります。ああ、本当に恥ず
かしい。 80年代中盤から始まったアナログ→コンパクト・ディスクという音楽メディ アの主役交代劇は、過去に発売されたレコードのCD化再発→再評価という文 化を活発にしました。かつて愛聴した名盤をCDで買い直す世代はもちろんの こと、CD化をきっかけに、今まで聞いたことのない古いロックに新鮮な気持 ちで接する若者たちもドッと増えたわけです。このコラム連載が書かれた91年 は、たしか、定番の名盤はひと通り再発化され、たとえば中古盤屋で高値のつ いてマニアックなアルバムなども続々とCD化されたり、それにともなって、 60〜70年代にはあまり知られていなかった音楽がにわかに“隠れた名盤”とし て流行したり……。現在では“再発天国”と呼ばれる日本のレコード業界の基 盤が構築された時期だったように記憶しております。で、この頃の第一次名盤 CD化ブームこそが、70年代の音楽と90年代の音楽を同じように“新譜”とし て聞く世代を生み、結果的に、先述の「見てきたようにモノを言う」クソガキ を増殖させたのです。ああ、お恥ずかしい。 この評論集は1991年、中日(東京)新聞日曜版に合計38回にわたって連載さ れた音楽コラムをまとめたもの。著者“秋野平”とは、この「ちへいせん」を 制作されている浜野サトルさんと、昨年急逝された故・松平維秋さんのおふた りが本コラム執筆のために考えた共同ペンネーム。ただし、原稿に関しては合 作ではなく毎回交代で執筆されていたとのことです。この原稿はどちらの作だ ろう、最初はそんなことを考えながら読んでいました。でも、読み進むうちに、 考えるのを忘れてしまいました。 70年代の東京に暮らしていた「秋野平」氏が、91年当時の“今”、復刻され たCDをどんなふうに聴いているのか。架空の人物「秋野平」氏の視線を、文 章の中から感じるのです。浜野氏も、松平氏も、それぞれの書かれたものを拝 読するに、とことんガンコな方だと想像します。そしておそらく、性格もまっ たく異なるのだろうと想像します。けれど、そんなおふたりの視点がクロスす る瞬間、それがこのリレー・コラムの核になっているのではないか、だからこ そ“松平&浜野”ではなく“秋野平”なのではないかと思います。 至福の全38篇。本当は、その気になればアッという間に読み終えてしまう “短編集”のような作品なのです。けれど、わたしはグッとこらえました。な んだか、いっぺんに読んでしまうのがもったいなくて。毎晩、仕事を終えてか らの楽しみとして、大事に大事に少しずつ読んでゆきました。時には、紹介さ れているCDをレコード棚から出してくる。たとえばジャニス・ジョプリンの 「パール」、イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」、荒井由実の「ひこう き雲」……。紹介されているアルバムの多くは、わたしが何度も何度も繰り返 し聴いてきた大好きな作品です。けれど、「秋野平」氏の文章を読んだ後で聴 くと、それらのアルバムに対して自分は「わかったようなふり」をしていただ けなのかも知れないと、少し反省します。あとがきで浜野氏が『「トレンドだ けを追うようになった七〇年代後半以降の日本人」への批判的な立場から書か れたロックアルバム(一部ジャズも含むが)の紹介は他にないだろう。』と書 かれています。ドキッ。それって、まさにワタシのこと? 世間で名盤と呼ば れているものは、はなから名盤だと盲信して聞いてしまうし。要するに自分は、 70年代から20年あまりにわたって蓄積されていた「世論」に流されっぱなしな のではないだろうか、なんてことも思ったりして反省……。 反省する、なんて書くと、自分がすごく謙虚な人間のように思えてきますが。 反省じゃなくて、ホントはうらやましいんです。初めて聞いた時から「名盤」 が「名盤」であることをわかってしまっているわたしには、それが「名盤」で あるかどうかも知らないままに、ケンケンガクガクの議論を闘わせながら「名 盤」を探りあてていた「秋野平」氏の70年代は永遠の憧れなのです。 余談ですが、わたしの夫は学生時代、「ブラック・ホーク」に行ってはついつ い大声でお喋りをして、松平さんに「お静かに」と書かれた紙を渡されたそう です。それで毎回「あの店に行ったら怒られるから、もう行かねぇぞ」と思う ものの、しばらく経つと、やっぱりどうしても「ブラック・ホーク」でかかるレ コードを聞きたくて出かけていって、また叱られる。その繰り返しだったそう です。ああ、そんなことさえも、わたしはうらやましい。だからといって、当 時の若者だった人たちが全員うらやましいわけではなく、「あの頃はよかった」 的な思い出話につきあうことには、まったく興味がわきません。でも、その名 盤と同じ時代を生きた実感をもって、けれど過去の感傷に溺れることなく、自 らの耳で感じたことを実にクールに、けれど温かく、とはいえベタ褒めするば かりではなく、時には冷徹なまでに淡々と、しかも90年代の言葉で評論する 「秋野平」氏の言葉には、憧憬と尊敬と嫉妬がゴチャマゼになった感情をくす ぐられっぱなしなのです。 今だったら、たとえばベック? エアロスミス? 椎名林檎? 宇多田ヒカ ル? 20年後、共に生きた“今”の音楽を語るべき時が来たら、自分は「秋野 平」氏のように優しくもキビしい視点をもって「過去」を綴ることができるの か。できないだろうなぁ。今のうち、キッパリと断言しておきます。でも、が んばります。 ●執筆者プロフィール 音楽評論家。インターネットの人気サイト「Nohji's Rock'n Roll Shop」主宰者。ご主人は音楽評論家・萩原健太氏。 |