青空作家、自作を語る 第1回
八方にらみの『八方天』

浮世絵太郎 



 1995年、春。地下鉄サリン事件発生。
 その後もしぶとくのさばるオウム真理教の信者たちに対して、マスコミも知識人も皆一様に腑甲斐(ふがい)なく、彼らを有効に批判できぬ脆弱(ぜいじゃく)さを曝(さら)していた。阪神淡路大震災に対する政府・マスコミの対応の愚鈍さを嫌と言うほど見せつけられすでに不機嫌極まりなかった私は、オウム騒動によってもまた、さらに暗澹(あんたん)たる憂鬱泥沼に突き落とされてしまったのである。まっこと1995年は、うんざり、の年だった。
 そんな折。私は、知人を通してある噂話を耳にした。時代を覆う暗雲を一気に吹き飛ばすごとき爽やかなその噂話に、私は思わず身震いするほどの強い衝撃を受け、思った。
 これぞ今日本に住む人々に最も必要な知識と体験の集まりではないか!
 早速私は、噂の裏を取るべく知人と共に取材に取りかかり、その成果を一編の小品にまとめた。それが本作『八方天』だ。
 八方天とは何か?
 東京国際ブックフェア(1999年)で販売したFDパッケージ版の煽り文句を引用しよう。
     ☆
 謎の宗教「八方天」をめぐる
 スリリングな爆笑宗教講座

 1980年代末から90年代初め。
 形骸化したインチキ仏教とマヤカシ宗教に戦いを挑む
 新宗教があった。その名は「八方天」。
 仏教の根本原理を源とする八方天の歴史と教義を、
 モラルと人類愛、そして金銭愛にあふれる×××、
 大塚巨構が解説・分析する、笑撃の宗教エンターテイメント
     ☆
 笑撃のエンターテイメントとして仕上げたのは、一人でも多くの人に気軽に読んでもらいたかったからだ。短めの小品に仕上げたのも同じ理由だ。
 内容の紹介は野暮になるので、皆さんにお読みいただくのを待つとして、本作を青空文庫に登録するに至った経緯(いきさつ)を書くとしよう。


 そもそも最初、私は『八方天』をどこかの雑誌(名前は失念)の新人賞に応募した。一人でも多くの人々の元に一刻も早くこの傑作を届けるには、それが最短の近道だと考えたのだ。推敲しながら自分でも大笑いしてしまうその面白さに、大いなる自信があった。
 だが、箸にも棒にも引っかからなかったのか、ものの見事に落選した。
 腹立たしかった。
 応募から審査結果発表まで数カ月も待たされたあげくの、うんともすんとも言ってもらえぬ寂しい落選。非常に不愉快だった。私以上に不愉快そうにしていた知人は、
 「その雑誌編集部に、何か仕掛けるか?」
 そう誘ってきたが、気の弱い私はとても首を縦には振れなかった。逆に度胸満点の知人は、渋々ながらも私の意を汲んでくれた。
 そんな折、私は、エキスパンドブック・ツールキットという、個人電子出版のためのソフトの存在を知った。これさえあれば、大手出版社の力を当てにせずに『八方天』を世に問う方法が見えてくる。そんな予感が閃いて、早速購入。『八方天』をエキスパンドブック化し、97年2月の MAC WORLD Expo で開かれたエキスパンドブック横町に出品・販売した。
 あまり売れなかった。
 パッケージにかけた苦労が、虚しすぎた。私と知人は、重いため息をついた。
 だが、数少ない読者の一人が、パソコン通信のフォーラムで本作を絶賛してくれ、私たちは有頂天になった。おお、やはりこれは面白いのだ! 手を取り合って、私と知人は、ぐるぐるぐるぐる、庭先を躍り狂った。
 そして、その年の9月。私たちは青空文庫ウェブサイト、オープンの知らせを耳にした。
 先人たちの知恵と作品を公共の財産として広く共有したいという青空文庫の志に、私たちは深く共感した。文章の力、考える力への信頼と尊重の念、さらには未来への強い意志が感じ取れて、心が惹きつけられた。
 しかも、呼びかけ人の一人は、かつて本作をパソコン通信上で絶賛してくれたあの人物なのだ。知人は言った。
 「これほど見る目のある人物がゼロからスタートさせようという活動なのだから、応援せねばなるまい」
 今度ばかりは、私も素直にうなずいた。うむ、と。
 私は、『八方天』を登録できないかと打診した。登録できれば、まだ立ち上げ直後で登録作品の少なさが寂しい青空文庫を、一種の賑わしとして支援することができるだろう、さらには、『八方天』をより多くの人に届けるための絶好の場にもなるだろう。
 登録は、めでたく快諾していただけた。

   浮世絵太郎 『八方天』

 青空文庫のウェブにこの文字が表示されるのを見た知人は、
 「私の使命は終わった」
 と、わかったようなわからないようなとぼけたセリフを一つ残して、どこか別の町へと旅立っていった。京都在住以外の皆さん、お覚悟あれ。(この知人については、『八方天』を参照あれ。)

 以来、すでに2年近く。
 二度ほど、青空文庫スタッフの方から、「読者から、この部分は入力ミスではないかとの指摘がありました」と書かれた電子メールが届いたことがある。調べてみると、その度にまさに指摘どおりでついつい赤面させられたのだが、これも、新しい読者に『八方天』が届いた証拠なのだと思えば、さらには貴重な校正意見だと思えば、無上の喜びと言うほかはない。私はとてつもない幸せ者である。
 それにしても、これほどの短期間で青空文庫の登録作品数がよもや500を越えようとは、夢にも思わなかった。
 残念なのは、怒涛の勢いで増えつづける著作権切れ文学作品の大海の中で、『八方天』のような現代の作品はあまりにも数が乏しいという点だ。現代の私たちが抱える問題に真っ向から切り結んだイキのよい作品がもっと増えた時、青空文庫には清新な魅力が加わるのではあるまいか。読者にとっては言うまでもなく、作者にとっても。
 作者の立場で考えてみよう。有料で配布している作品を青空文庫に登録するのは、出版社との絡みなどがあって、たしかに難しいだろう。しかし、たとえば出版業界の闇に喰われて読者へのアクセス・ルートを断たれたり絶版の憂き目に遭ったりした作品に、青空文庫は新しい希望を与えてくれる。また、WWW上で無料公開している作品の場合、それを青空文庫に登録することは、自作へのアクセス・チャンネルを増やすことになるのだから、悪い話でもややこしい話でもなく、むしろ非常に喜ばしいプラス・アルファ選択肢と言える。
 特に、私のような無名の作家兼、自給自足の電子個人出版版元にとって、青空文庫を通して自作が読書好きの人々の目に触れるのは、このうえない喜びであり、好機でもある。
 青空文庫の読者には、言うまでもなく読書家が多い。彼らの眼力には並々ならぬものがある、と信じていいだろう。なにしろ彼らは、星の数ほどあるウェブサイトの中から、青空文庫を目指してアクセスしてくる人たちなのだ。なまじっかの雑誌・書籍編集者など「えいや!」と吹き飛ばしかねない読書歴と一家言を持っているに違いない、と思う。青空文庫に自作を登録することは、そんな彼らへの一種の挑戦であり、彼らによって自作を鍛えてもらう機会を得ることでもあるのだ。
 無名作家の作品を鍛えるなんて、評価の定まった過去の名作と呼ばれるものを読みたくて青空文庫を訪れた方には、はた迷惑で筋違いなお願いかも知れない。しかし、先人たちの作品と、現代を生きる有名・無名の作家たちの作品が同居して読書好きの人たちの目に触れる。そんな希有な環境の中からしか生まれてこない未来の潮流というものが、あると私は思う。作者にとっても読者にとっても、そして文庫主催者にとっても、まるで予想もしなかった、とてつもなく愉快で新しい文学の流れが。
 青空文庫ウェブサイト発足から丸2年になろうという今、私はそう思うようになった。
 愉快な未来を築くためにも、現在活動中のプロ・アマ問わぬ作家諸姉諸兄、ぜひ青空文庫に自作を登録していただきたい。そして読者の方々。過去の名作ばかりでなく、無名作家のなんだかよくわからないタイトルの作品なんかにも時折目を通し、作者が存命であれば忌憚のない意見と感想を送ってあげてほしい。私の切なる願いである。
 あれあれ。なんだか予定とはかけ離れた結論にたどりついてしまった。
 もっと自作の宣伝を大々的に繰り広げるはずだったのに。
 あの作品も、あの作品も、あの作品も……。
 やっぱり、このまままとめてしまうのは口惜しい。最後にもう一度だけ、宣伝モードに入って、締めくくりとしよう。せーの、
 『八方天』、読んでね!


ちへいせん目次へ