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青空作家、自作を語る 第2回
スレイヴ誕生秘話

畑仲哲雄



 ――わたしはこういうことを訴えたかったのです。勝手な想像は許しません。
 ――早い話、この作品のテーマは、こういうことです。読み違いをしないでください。
 作家本人が、こんなこと書いてしまったら、そもそも小説を書いた意味が無くなります。短い言葉で言いきってしまえる内容なら、原稿用紙にして三百枚、脚注を含めて五百枚の長編小説を書く必要はありませんでした。
 ですから、わたしはそういうことを平気な顔で書くわけにはいきません。
 また、ときおり「これを書くのに、わたしはすごく苦労しました」といった苦労話を披露される方もおられます。しかし、そんな「お涙ちょうだい」は、読者への甘えでしかありません。自分で自分作品の宣伝をするよりも、作家たるもの、作品だけで勝負すべきなのです。
 そういうことをつらつら考えていきますと、『スレイヴ』という小説のテーマが「情報」で、「早い話、情報をガメたらあきませんということを言いたかった」とか、「執筆時は血の小便が出たとか、執筆後に性格がねじまがった」という秘密を、ここで暴露してしまうことはできないのです。
 そういうわけで、わたしは自分で書く代わりに、友達の漫才師に任せることにしました。代役の漫才師というのは、いま大阪で売り出し中の「おやぶん・こぶん」というコンビ。関西人ならすでにご存じの例の二人です。
 ちかごろ、夫婦漫才とか兄弟漫才ははやらなくなってしまいましたが、この「おやぶん・こぶん」は元極道。少々荒っぽいところがありますが、なかなか見どころのある新人で、わたしも時おりボランディアで台本を書いてやったりして、応援しています。
 さて、わたしは舞台からハケることにして、あとは漫才でお楽しみください。



演題「スレイヴ誕生秘話」

子分 せやけど、なんですな。この世の中、はらの立つことが多すぎますわ。
親分 なんやねん、いきなり青筋立てて。
子分 景気は悪いし、失業率も高い。サラリーマンの自殺に少年の凶悪事件。高齢化に少子化。医療費の増大とややこしい介護認定。ユーゴの紛争に続いて、東チモールで虐殺。
親分 えらい世の中やねえ。
子分 それに加えて許し難いのは、極道の質の低下。仁義なき抗争事件が広島が起きてからというもの、どいつもこいつも組織の中での保身を考えるようになった。極道のサラリーマン化です。任侠はどこへ行ってしもうたんや。
親分 キミ、もう足洗ぅたんやろ。いつまでもヤクザの話をしとったら、お客さんが怖がって笑ぅてくれへんがな。もっと楽しくて夢のあるメルヘンチックな話はあれへんの?
子分 あほか! あんたそれでも親分か!? 楽しい夢のある話やと?
親分 わっ、こわ。
子分 なに寝ぼけとるんじゃ。あんた、これまで何人もの人生をズタズタにしといて、堅気になったとたん、メルヘンやと? ボケか。
親分 そない怒らんでもええがな。そら、ちょっと前なら、ボクの命令ひとつで、キミは火の中、水の中、塀の中やったけど、でも、誤解せんといてね。ボクは当時からリベラルなほうやったし、どっちかというと、親分なんて呼ばれるよりも「マスター」って呼ばれたほうが似合っていたのや。
子分 そんなこっちゃから、組がつぶれたんじゃ。目ぇ噛んで死ね、このカス! はら立ってしゃあないわい!
親分 ごめん、ごめん。
子分 あんたが、そんなことやから、ワイら漫才師になっても、なかなか東京に進出できまへんのや。ワイらが追い落とすのは、ダウンタウン、爆笑問題、ナインティナイン。
親分 それだけやない。エンタツ・アチャコに、ダイマル・ラケット。新しいところで、いとし・こいしに宮川左近ショウ。
子分 ふ、ふ、古いわい! ちょっとはツッコミ側のこと考えて、ボケてくれよ。
親分 あはは。
子分 自分で笑うな! ほんま、頭にくるなあ。頭にくる、いうので思い出したのは、しょうもない小説を書きよった畑仲ちうヤツや。なんじゃ、あのガキは。
親分 ははは。ちょっと無理めの導入やなあ。
子分 じゃかまし。きっちりボケんかい。
親分 はいはい。それで、畑仲師匠のことですか?
子分 なにが師匠や。あんなん人間のクズやぞ。それと、あいつの三文小説もクズじゃ。
親分 えらい今日はテンション高いなあ。それはそうと、畑仲師匠のいったいどこが気にいらんの?
子分 だいたい、あのガキが自分で書いた宣伝文句。あれ、みーんなウソやなんけ。これ見てでみぃ。
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  大阪の中小企業で、課長になったばかりの亀井遠士郎は郊外に家を新築し
 たのだが、妻と娘の反対で、書斎を持つことを許されなかった。このため亀
 井は、部下の薦めで手のひらに乗る小さなパソコンを買った。それを書斎に
 しようというのだ。
  亀井が書斎を持とうとしていたのは、マスコミで活躍している大学時代の
 同級生・ジェリィ平賀をギャフンと言わせる、本質的で普遍的な何かを書く
 ためだった。
  小さなマシンは亀井の生活に弾みを付けた。そいつを使って、亀井は電脳
 回廊を駆け回り、GNUやグーテンベルグ計画などを知り、だれもがビル・
 ゲイツの奴隷になっている現状に気付いていく。
  息つく間もないストーリー。まるでRPGのキャラのように、亀井はコン
 ピューターから経済、生物学、ジャーナリズム、文学、法律、歴史、哲学、
 思想という各種アイテムでパワーアップされてゆく。
  抱腹絶倒のコメディ、怒涛のカンフーアクション、疑惑と裏切りのサスペ
 ンス、耽美なロマンス、美しい家族愛…。あらゆる要素を凝縮した深い内容
 と、最後に待ちかまえる大ドンデン返し!「ソフィーの世界」より勉強にな
 り、「百年の孤独」ほど難解でなく、「アルジャーノンに花束を」より涙を
 誘い、「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」より切なく、「人間失格」よ
 り元気が出る。
  小説のスタイルを取りつつ、面白くてタメになる現代人必読の文明批評と
 言えよう。
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親分 うーん、たしかにちょっと書きすぎかなあ。でも、キミ、これを頭から信じてたわけやないやろ。宣伝なんてもんは、大げさに書いてあるものやし。
子分 信じるはずがないやないか。読む前から怪しいと思うてきたけど、読んだ後、アホが悪化してしもた。
親分 小説のせいにしたらアカン。
子分 けど、畑仲のガキ、なんであないな小説を書こうと思いよったんや。
親分 畑仲師匠も、どこか一本気なところがあるやろ。いっぺんカチンときたら、もうだれも止められへん。
子分 ただの単細胞。どこにでもいる迷惑なタイプやな。
親分 そういう人が、なんの因果か、報道機関に就職してしもた。カッコよく言うたら、事実を追い求めるジャーナリストや。
子分 カッコ悪ぅ言うたら、批判精神を忘れた権力のお先棒担ぎ。義侠心のかけらもない。
親分 そんな決めつけはアカン。報道の世界にも、極道の世界にも、いろんな考え方の人がいるのや。
子分 スター記者もおれば、あのガキみたいな落ちこぼれもおる、ちうこっちゃな。
親分 それは事実やけど、なんでジャーナリストの師匠が、『スレイヴ』ちう小説を書かはったのかというと。
子分 どないやねん。シャッキリしゃべったらんかい!
親分 ここ数年、著作権をめぐる新聞記事が増えてきたやろ。
子分 違法コピーするヤツが多いからじゃ。著作権はなにがなんでも守らなあかんぞ、親分。著作権法は人の命よりも重い。法の遵守は堅気の務め。破るヤツがおったら、ワイが落とし前つけさせたる。
親分 もちろん著作権というのは、表現者を守る重要な権利や。パクリと違法コピーを許したら、だれも創作活動をしなくなる。汗水流した苦労が報われんからね。
子分 そうそう。せやから、絶対に守らんなアカン。オリジナリティのある表現はみな著作物や。仁義なき違法コピーは、血みどろの事件を招くだけじゃ。
親分 けど、畑仲師匠は、だれもかれもが目くじらたてて著作権を強く主張しすぎると、それはそれで困った世の中になる、と思うたわけ。権利ばっかり主張する社会はギスギスして窮屈やろ。たとえば、最近の例で言うなら、傲慢主義者のある漫画家。あの人が批評で作品を引用されて、著作権法違反やと訴えた。結局、一審は敗訴したけど、もし漫画家の言い分を丸飲みしたら、批評という言論の自由を侵害することにもなる。つまり、やりすぎはいかん、ちうことや。
子分 そういえば、ワイも縄張り争いはもうたくさんやなあ。
親分 師匠はマスコミとコンピューター業界を覗いてはるだけあって、そのあたりのことに心を痛めてた。あの業界、わりと、大切なお客さんに向かって大きな声で「著作権を侵害するな」「勝手なコピーは許さん」と警告し続けてるやろ。師匠は単純やから、ある日、ブチっとキレたん。それで著作権がナンボのもんじゃ、という気持ちになってあの小説を書いた。そして悪のりが高じて、自分の作品を著作権フリーや、と宣言してしもうた、というわけや。
子分 なんか単純な奴っちゃな。
親分 それだけやあらへん。師匠はマスコミの世界で生きてきて、情報の流通というものに疑問を持っていたわけや。例えば、ニュースやデマが、人から人へとコピーされて広がっていく。それがまるで、生き物のように思えたことがあるんや。人間が情報を操ってるのか、情報が人間を操ってるのか。そんな推論も、小説の中に込めたわけ。
子分 寝言みたいな理屈やな。
親分 そもそも人間が情報を所有するというのはどいうことか、という哲学的な問いもあれば、個人情報と公の情報との見分け方についてのお手軽なハウツーも、ちゃんと書き込まれてる。ボクは感動したなあ。頭が良ぅなった。
子分 そんなたいそうなもんか? あんなもん、ただのドタバタ小説やなないか。
親分 まあ、そういう側面があるのも確かやな。
子分 それはそうと、あのガキ、あの本で、どれくらい儲けたんや。
親分 それがや。師匠は勢いあまって『スレイヴ』を著作権フリーにしたやろ。ということは印税ゼロなんや。
子分 なんや、なんや、印税て? 税金のことか?
親分 印税というのは、著作権使用料のことで、税金とは関係ないの。ふつう、本を出版した人は、刷り部数に応じて本の値段の一〇%くらいを印税としてもらうことになってるやろ。けど、『スレイヴ』の場合、著作権フリーを宣言してるし、コピーも自由。紙の本のほかに電子本も青空文庫あたりで公開されたでしょ。電子本は完全なコピーが取れるから、まるでフリーソフトウエアみたいなもんやねん。そんなわけで、紙の本の版元・ポット出版は、畑仲師匠に印税をびた一文払わんかった。
子分 あはは、ざまぁみさらせ。さぞかし性格がねじ曲がったやろ。あいつのことや、どうせ今ごろ、世の中を呪う呪文を唱えとるわ。
親分 なに言うてるんや。師匠は出版社から印税を受け取る代わりに、読者から直接いただくことにしたんや。で、作品を気に入った読者だけが、好きなだけ払うてください、とカンパを募らはった。パソコンの世界でいうところの、シェアウェアみたいなもんやね。おかげで、紙の本は印税分安く販売できたらしい。
子分 それがどないしたんじゃ。お代は見てのお帰り、ちうのはワイらが子供の頃から、縁日でもあったし、珍しぅないわい。
親分 まあ、ちょっと考えや。師匠の方式というのは、裏を返せば、世間で売られてる本には、はじめから値段に印税分の金額が上乗せされてるということやろ。作家は出版社を通じて先に金を受け取ってる。作品が面白くなくても、客には返してへんで。お代は先にもらいます、というやり方や。
子分 えーッ? ほな、印税というのは、本来、本を買うときに先払いするものと違うて、読むときに支払うもんなんか!
親分 杓子定規にいうたら、そんなふうにも曲解できる。せやから師匠の『スレイヴ』は、バカ正直に原点に立ち返って、著作権フリー宣言をして、「おもろかった」という人からカンパを恵んでもらうことにしはった。
子分 あほな奴っちゃな。そんなことしたら、だれもお金を払ぅてくれんやろ。それであのガキ、ますます性格がねじ曲がったんやな。
親分 もとから変人やったからね。
子分 それで、これまでにナンボほどカンパがあったんじゃ。
親分 師匠の本は、紙と電子の本を同時に出版してから一年が過ぎましたけど、これまでに、ざっと五万二千円ほどが贈られてきたんやて。これを多いと思うか、少ないと思うかは、人それぞれやけど、師匠はえらい喜んだはるで。競馬で当てた百万円よりも、カンパの五万円のほうがありがたい、いうて涙ながしてはった。健気なこっちゃ。
子分 なに? 五万円をかせぐのに一年? ほな、百年でようやく五百万円、千年でやっとこさ五千万円?? あはははは。あほらし。間抜けな話や。わーっはっはっは。
親分 ……
子分 わーっはっはっは。
親分 ……
子分 もひとつオマケに、うわーっはっはっは、と。
親分 ドあほう!!! もう、ワシもしまいには堪忍袋の緒が切れるど。
子分 わっ。いきなり昔の姿に戻らんでもええやないですか。おしっこちびりそうや。
親分 だーっとれ。文学修行とゼニ儲けとは違うんじゃい。ゼニ儲けのために小説を書くか。他人様に楽しんでもらうために書くか。畑仲師匠の態度がどっちにあるか、おどれにはわからんか! 作品もすばらしいし、作家も一本気な男や。出版の方法もスジが通ってる。こんなエエ話、どこさがしてもない。ノーベル任侠賞というのがあったらワシはあのお方に贈りたい。反対する奴がおったら、コンクリ詰めにして、大阪港の水の底に沈めたる。
子分 そ、そ、そやけど、面白ぅないもん出版するだけ世間様に迷惑やし、し、し、資源の無駄遣いと違いますか、お、お、親分さん。
親分 なにぃ? なんかぬかしたか?
子分 あ、せやから、その、三流作家の、三文小説を、その…
親分 ぬわぁにぃ!! ぬわんか、ぬかしたかぁ!!
子分 あ、いえ、その、優れた小説家と優れた作品は、やっぱりこの社会に必要かな、と……
親分 そうか。わかったらエエんや。もうちょっとで、三八口径のチャカが火ぃ吹くとこやったけど、命拾いしたなあ、おまえも
子分 へ。すんまへん、オヤブンさん。
親分 あほんだら!! だれがオヤブンじゃ。「マスター」って呼んだらんかい。
子分 ま、ま、マスター。
親分 なんや。
子分 ねえ、マスター。
親分 せやから、なんや。
子分 ねえ、マスター。頼むから、昔に逆戻りするのはカンニンでっせ。
親分 いや、漫才コンビなんか解散や。組を復活する。ワシらも畑仲師匠を見習ぅて、もういっぺん極道の原点に立ち返って、任侠を極めるんじゃ。組の名前は任侠サークル「失恋レストラン」。あれ? なに泣いとるんじゃ、わりゃ。なんか悲しいことがあるのか? 悲しけりゃ、組でお泣きよ。涙ふくハンカチも、指をつめるドスもあるで。
子分 あんたとはやっとれんわ!
親分子分 しっつれいしましたー!


『スレイヴ』を読む


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