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HTML版●第1回 |
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「7−8」 | |
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●第14回 |
「27−28」 |
| ●『土』について 『土』は、農村の生活を文学の題材に取り上げた初の近代小説であり、その意味で日本の文学史上の記念碑ともいうべき作品である。明治43年、東京朝日新聞に連載され、当初50〜60回の予定であったものが、結局は160回ほどにも達したという。 作者の長塚節(1879-1915)は茨城県の豪農の家に生まれた人だが、この作品で描かれるのは彼自身が育った土地周辺の村々の貧しい小作農たちである。歌人としての長塚節は正岡子規から学んだ「写生」に徹した人だったが、その流儀はこの長篇小説でも貫かれていて、徹頭徹尾、克明な風景描写が続く。その意味でも現代にはほとんど例を見ない、異色の作品といっていいだろう。 連載を終えた翌年、長塚節は喉頭結核の手術を受け、以後死去までの5年を旅と作歌に費やすこととなる。そのため、『土』は作者が残した唯一の長篇小説となった。 東京朝日への仲介役をつとめた夏目漱石は、『土』について、次のような言葉を残している。「『土』を読むものは、きっと自分を泥の中を引き摺られるような気がするだろう。余もそう云う感じがした。或る者は何故長塚君はこんな読みづらいものを書いたのだと疑がうかも知れない。そんな人に対して余はただ一言、斯様な生活をしている人間が、我々と同時代に、しかも帝都を去る程遠からぬ田舎に住んでいるという悲惨な事実を、ひしと一度は胸の底に抱き締めて見たら、公達のこれから先の人生観の上に、又公達の日常の行動の上に、何かの参考として利益を与えはしまいかと聞きたい。余はとくに歓楽に憧憬する若い男や若い女が、読み苦しいのを我慢して、この『土』を読む勇気を鼓舞する事を希望するのである」 |