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羽村市郷土博物館

 羽村市は、多摩川の上流にあり、玉川上水の取水口があるなど、多摩川と深い関係をもっている。また、ここは「大菩薩峠」を書いた中里介山の故郷であり、介山とゆかりの深い土地でもある。特に、羽村駅の近くには中里介山の墓所もある。
 中里介山(本名:弥之助)は明治十八年(1885年)に神奈川県西多摩郡羽村(現在の東京都羽村市)に生まれた。その後、様々な職業と住居を転々としているが、やがて羽村へ帰り、昭和十九年(1944年)に亡くなっている。この間、大正二年(1913年)から掲載を始めた「大菩薩峠」は人気となり、結局、途中とぎれながら書きつづけられた。(著者、死去により未完となる)羽村市郷土博物館はそんな介山の故郷 羽村市の多摩川沿いにあり、中里介山に関する展示を行っている。
 羽村市郷土博物館は、近代的な概観をした建物で、無料で公開されており、中里介山に関する展示のほか、羽村の郷土や自然、玉川上水などに関して、わかりやすく展示されている。また、敷地内には中里介山が建てた大菩薩峠記念館の門にしていたという赤門(廃館に際して自治体に寄贈された)や地域の江戸時代末期に建てられたという文化財指定の農家などが展示されており、羽村と言うよりも、多摩川の上流地域の生活の様子を知ることができるようになっている。
 このうち、中里介山コーナーには、入口に介山のブロンズの胸像が置かれており、その右に著作に関する展示、左に思想や教育者としての介山の姿を知ることができる展示が並んでおり、中央奥のモニターでは、中里介山に関する紹介ビデオが見られるようになっている。
 ここに来て、中里介山の故郷の姿を見ながら大菩薩峠の物語に思いを馳せれば、物語の舞台が生き生きとしてくるような気がしてくる。それは、古い民家の姿かもしれないし、敷地内にある道祖神なのかもしれない。いや、羽村市を抜けている青梅街道、またの名を裏甲州街道、そして、物語の舞台である大菩薩峠へと続く山筋の風景がいっそうそう思わせるのかもしれない。ぜひ、「大菩薩峠」に浸りたいのなら、一度、訪れてみたい場所である。
 最後に、郷土博物館への道はところどころ分かり難い部分があるため、道に迷ったような場合には博物館へ問い合わせられる方が良いだろう。(レポーター:大野 晋)

参考資料:「中里介山 孤高の思索者」尾崎秀樹著 勁草書房(1980)

  ●所在地:〒2055−0012 東京都羽村市羽741
  ●電話:042−558−2561
  ●開館時間:9:00-16:30
  ●休館:月曜日、
   年末年始(12月29日〜1月3日)
  ●HP:http://www.city.hamura.tokyo.jp/museum/museum.html


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