石川近代文学館

 平成の金沢の街並みに、そこだけがタイムスリップしたような赤煉瓦の建物がある。明治25年から第四高等中学舎として、明治27年に第四高等学校と改称された。昭和25年3月に四高閉校とともに金沢大学理学部そして金沢地方裁判所、昭和41年県立郷土資料館として保存活用され、昭和61年10月25日から「石川近代文学館」となった。

夏の陽射しが、木々の間から漏れる分だけ窓から入ってくる。それは、幅2メートル程の廊下には充分な明るさである。
その廊下は、入り口を境に左右に分かれており、第一展示室は左の一番目の教室。
「思想界の先人たち」
暁烏敏(あけがらす はや)鈴木大拙ら仏教家、「善の研究」で有名な西田幾多郎、国文学者の藤岡作太郎、西洋哲学崇拝を憂いで東洋へ目を向けさせようと勤めた三宅雪嶺。
彼らに纏わるエピソードが書いてあるパネルや遺品が展示されている。
「おほくいふ ただなみだして わがひざに ひしとすがらば つよくだかんに」(大正十弥生中元 敏)
黄ばんだ色紙の掠れた文字と暁烏 敏の下向き加減の横顔の写真。ここで慈悲を乞うことも許されるような気がする。
第二展示室は、馴染みの名前が並ぶ。
「日本海辺の文学」
能登羽咋一ノ宮に眠る釈超空こと折口信夫を始め五木寛之、加賀乙彦、曽野綾子、古井由吉他11名の石川県に縁の作家。
第三展示室は、徳田秋声の世界
「秋声をめぐる人びと」
尾崎紅葉門下の中で鏡花より2歳上で同じ浅野川沿いに生まれた。
展示物で目を惹くのは、サンタクロースの面である。秋声作「仮装人物」の挿絵のモデルになったというその面は、色の剥げた赤い帽子を被り、扱けた頬に不適な笑みを浮かべている。ガラスの前に立つ者の心の奥まで見透かしあざ笑う。誰も居ないときは、眼下にある「仮想人物」の生原稿をほくそえんで覗いているようだ。見透かされない内に私は退散。
第四展示室は、秋声と同門だった泉鏡花
「鏡花文学の世界」
そこで面白いものを私は見つけた。「鏡花全集打ち合わせ」と題された寄せ書きである。打ち合わせに寄せ書きとは、遊び心でやったものか・・鏡花、芥川、久保田万太郎、小村雪岱、里見、小山内薫、岡田八千代、浜野英治らがそれぞれ思い思いの一言を書いている。
この展示室には、樋口一葉も。鏡花と樋口一葉の生涯を対比させるのも面白い。
第五展示室から木製の手すりを伝って二階へ上がる。
秋声、鏡花とくれば、残るのは室生犀星。
「犀星を愛した詩人たち」
犀星の書斎が再現されている。しかし「ふるさとは遠きにありて・・」と歌った頃ではないだろう。落ち着きと余裕が感じられる間取りで、「杏っ子」の円熟期のころの住まいだろうか。
第六展示室は「詩歌の流れ」
平成7年に亡くなった永瀬清子さん他11人の金沢に纏わる詩人歌人が並ぶ。
第七展示室は、「四高その青春と光芒」
演出家だった北村喜八、「平賀源内」で芥川賞作家となった桜田常久、「天才と狂人の間」で直木賞作家となった杉森久英、その話の主人公である島田清次郎は、階下の11展示室にいる。「秘伝」で直木賞作家の高橋治。プロレタリア文学の最高峰中野重治、森山啓。
第八展示室は、「悠久を刻む井上文学のロマン」北海道生まれで伊豆で育った井上と金沢との関係は余り知られていない。彼は、この四高の学生だった。文武両道に長け友達と同人誌の発行をしていた。
第九展示室は、階下の入り口に戻り、今度は右側へ行くことになる。
「自然と造形への挑戦者」
雪の結晶を採取するのに兎の毛を使ったことで有名な中西宇吉郎他登山家の深田久弥らが並んでいる。
第十展示室は「幻想とロマンの系譜」
代々の「泉鏡花賞」受賞者が並ぶ。因みに第一回は、半村良氏の「産霊山秘録」であった。
第十一展示室は「異色作家の風景」
「地上」で一躍脚光を浴びたが、狂死した島田清次郎他湯涌温泉に滞在したという竹久夢二の「黒船屋」の黒猫を抱く女の気だるそうな表情が私を見つめる。
文豪から黒船屋の女の表情まで私は、大切に抱きしめるようにして、赤煉瓦の建物を背にした。そこは、紛れもなく平成時代。そして金沢一の繁華街香林坊。4車線道路に車が溢れ、ビルが立ち並んでいる。この赤煉瓦を振り返る人はいない。(2001.7.20 高柳典子)


利用案内
●開館時間 午後9時30分〜午後4時30分
●休館日 年末年始(12月26日〜1月5日)
●入館料 一般 400円・団体一般(20人以上360円) 
    中高校生 100円・団体(20人以上)
●所在地
〒920-0962
金沢市広坂2-2-5(中央公園内)
TEL(076)262-5464 FAX(076)261-1609
http://plaza16.mhn.or.jp/~bungou/index.htm