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“水と緑と詩のまち” 前橋へようこそ。
前橋文学館は群馬県前橋市千代田町、JR前橋駅から車で5分ほどの場所にある。駅から市街地を北方向に通り抜けると、広瀬川に出る。前橋で最も詩情豊かな風景、ゆかりの詩人達の詩碑を眺めながらゆっくり散策を楽しんで欲しい。「文学館入り口」は広瀬川の朔太郎橋の正 面に位置する。古風な建物を想像していくとうっかり見過ごしてしまう。ガラス張りの近代的なオフィスビルを思わせる建物だ。
正面は受付ロビー、奥にはショップが見える。「企画展示室」、「映像展示室」もあるがまずは二階へ。
この文学館はもともと萩原朔太郎(1886-1942)を記念して建てられた。彼の生い立ちに沿ってゆかりの品々をじっくり見られるのが「朔太郎展示室」。医者の家に生まれ、成人するまでわりと恵まれた人生を送っている。読書・写真・絵・マンドリンにも夢中になったそうで、自筆の絵手紙や当時の立体写真が見られる。
しかし、最も興味深いのが室生犀星・北原白秋など著名な人々とやり取りした書簡の数々。朔太郎は、高校・大学が長続きせず進路に悩んでいる頃
彼らの雑誌『朱欒(ザンボア)』を通じて懇意になる。当時の熱気溢れるものから、群馬に友を呼び寄せる後年のものまで、実に深い交流を 物語っている。幼少の頃の甘やかされた情緒が、鋭い詩人の感性に変わるまでには、恋愛や東京への行き来など様々な人生経験が絡んでいるので
配布される萩原朔太郎年譜を片手にじっくり見学したい。
また「詩のステージ」というコーナーではビデオにより、朔太郎の詩が鑑賞できる。『乃木坂倶楽部』は朔太郎の声による朗読。
前橋ゆかりの詩人は朔太郎ばかりではない。「近代文学展示室」に11名の資料が展示されている。( 山村暮鳥・平井晩村・高橋元吉・萩原恭次郎・東宮七男
ら。)
山村暮鳥(1884-1924)―前橋マッテア教会で洗礼を受け、伝道師として布教活動を行う。詩集『聖三稜玻璃』『雲』『風は草木にささやいた』。
平井晩村(1884-1919)―新聞記者時代には小説『明治三大探偵実話』『風雲回顧録』、文筆生活に入ってからは少年小説・歴史小説を書き、一方で民謡詩人としても活躍。詩集『野葡萄』『麦笛』。妻に先立たれた後、三児を育てようとするが、本人も病のためその二年後他界。家族愛に満ちた詩を残している。
高橋元吉(1893-1965)―武者小路実篤、柳宗悦ら白樺派の文学者とも交友関係にある。前橋で書店(煥乎堂)を経営する一方、詩集『遠望』『耽視』『耶律』を出版。昭和37年『高橋元吉詩集』で高村光太郎賞を受賞。
萩原恭次郎(1899-1938)―壺井繁治、岡本潤らと大正12年に雑誌『赤と黒』を創刊。前衛芸術運動の先頭に立つ。詩集『死刑宣告』『断片』。没後に『萩原恭次郎全集』。
東宮七男(1897-1988)―朔太郎に師事。後に恭次郎と前衛的な活動を共にする。『東宮徹男伝』編集。群馬ペンクラブ創設。『鶴』刊行。詩集『魚鷹(みさご)』『編羅(べら)』。
現役の詩人・伊藤信吉が彼らとのエピソードを語るビデオコーナーが面白い。朔太郎を本当の兄のように慕った恭次郎(実際は他人。境遇も性格もまったく異なる)、重厚な高橋と粗忽な朔太郎、詩の展示会で出会った東宮、ギターをつま弾く犀星……。すべてを見ると時間がかかる。椅子が欲しい。
三階はホールやギャラリー。ギャラリーでは朔太郎自身が撮影した写真が展示されているが、スペースが狭く、存在感が乏しいのが残念。
四階まで足を伸ばして、資料閲覧室で当時の出版物を見ていこう。ここにあるものは手に取ってもOK。
一階に戻り、「映像展示室」へ。『前橋の風土と文学』『萩原朔太郎の詩と生涯』のビデオが見られる。からっかぜ、雷、利根川など自然との関わり。家族、友人との関わり。断片的な知識が、一気に集大成される。また「企画展示室」では、萩原恭次郎の蔵書展が行われていた。期間限定の催し物なので事前の確認が必要だ。
前橋市では市政施行百周年を記念して「萩原朔太郎賞」を設けており、贈呈式は毎年10月にここ文学館で行われる。市民参加の詩作啓蒙や交流も行われており、三階ではそのような場を提供している。過去の詩人たちを振り返るばかりでは文学館は生き残れない。そこをわきまえて積極的にPRする姿勢は評価できる。企画展示室やショップの充実化を図り、今後も発展していって欲しいと思う。
(1999.7.23 丹羽倫子)
●所在地:〒371-0022 群馬県前橋市千代田町三丁目12番10号
●電話:027-235-8011
●FAX:027-235-8512
●HP:http://www.city.maebashi.gunma.jp/map/m2010000.htm
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