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諸橋轍次記念館

 今回は、文学館とは多少趣が違いますが、文学を語る上でなくてはならないもの「漢字」。そして世界に冠する漢和辞典である「大漢和辞典」の作成者である諸橋轍次博士を記念して造られた「諸橋轍次記念館」を紹介します。

 現在でも山村の色合いを強く残す下田村(しただむら)の奥、景勝地として名高い八木ケ鼻の近くに記念館は建てられています。記念館全体は、道の駅「漢学の里」の指定を受けており広い駐車場や別館の食堂を設けています。目の前の国道289号線は、別名「80里越え」とも呼ばれ古くは会津へと続く街道でした。その傍らに諸橋博士の生家があり、それに隣接して諸橋轍次記念館が建てられています。
 記念館の正面壁には博士の座右の銘であった論語の「行不由徑(行くに徑に由らず)」の文字が大きくはめ込まれています。中に入ると入場券を購入する必要があります。
 館内は大きく、映写室、展示室、多目的ホール、研修室に分かれています。多目的ホール、研修室は低価格で貸し出されておりイベントなどに利用できます。
 映写室では、午前10時〜午後3時まで一時間おきにスライドとビデオの3作品が上映されていて、それらの映像を見ることだけでも詳しく博士の生涯や大漢和辞典の制作の工程を見ることができます。

 展示室は、凹字型の部屋で博士の生い立ちから大漢和辞典制作の過程、そして晩年に受賞した勲章などの資料を見ることができます。博士は、明治16年(1883)にこの地に生まれ、幼少の頃から母からは孫悟空や南総里見八犬伝を聞き、家で塾を開いていた父からは「三字経」「論語」を教育されたということで、漢字に対する興味は並々ならぬものがありました。やがて父と同じく師範学校に学び、中国へ2年間の留学を経て教授となって漢字研究に励む中、漢字をもっと体系的に網羅した大辞典の必要性を痛感していました。その時に大修館書店との出会いがあり、大漢和辞典の編集に着手しました。
 展示物では、三字経や孫悟空の展示、中国留学中の日記などの品、そして師範学校の卒業証書などが展示されています。それぞれのコーナーごとに簡単なビデオが自動的に流されるので、それを見てから展示物を見るといっそう分かるように配慮されています。
 大漢和辞典の作成では、学生をも動員して日本、中国の様々な文献を調べ、語彙を抽出する作業はどこまでも果てしなく、その苦労の原稿、語彙カードのケース、中国の辞書なども展示されています。苦労の甲斐あって昭和18年に第一巻が発行されました。その幻の第一巻も展示されています。
 製版の過程のコーナーでは、親字原稿、棒組版校正紙、第一巻の組版紙型(凹版でこれに鉛を流し込んで凸版を作成します)などが展示されています。第一巻の装丁は、革張りにする予定でしたが、当時革は統制品で難しく繭くずを使った模造品で作成したそうです。
 第二巻の発行を目前にした昭和20年、東京大空襲により出版社大修館書店を焼失し、全ての組み置きの大漢和辞典を失いました。戦後、何とか再刊に着手したものの版を組むための職人の確保が難しいことから、当時でたばかりの「写真植字(写植)」によって製版を行うという初めての試みがなされました。。当時60才を超えていた写真植字機研究所(現在の写研)の社長、石井茂吉は断り続けたそうですが、熱意に負けしぶしぶ引き受けたそうです。これにより全編写植印刷(オフセット印刷)による辞典が完成したのです。ビデオでは写植製版による辞典の作成の様子も見ることができます。
 展示室の終わりには、親字5万字を印刷したパネルの他、パソコンによる漢字ゲームなどもあります。

 記念館の背面は庭になっており、中国風の東屋と門、孫悟空の登場人物を配した噴水、日本庭園を見ることができます。奥にいくと博士の生家と遠人村舎の建物が保存されています。生家は移築ではなく当時そのままの形で保存されています。明治27年(1883)に改築された杉皮葺き木造二階建ての建物は、村の指定文化財になっており諸橋博士は16歳になるまで過ごしました。東京に居を構えてからは毎年夏に帰省して過ごしたそうです。
 内部は一般に公開されています。間取りは純和室なので非常に小さく感じますが部屋数は多く台所の手押しポンプや天井の電球(捻ると点きます)が古い生活感を感じさせてくれます。写真や遺品などが展示されています。
 生家からさらに奥へ進むと遠人村舎があります。建物は、東京の諸橋邸よりの移築されたもので、昭和12年より数年間、大漢和辞典の編纂に使われた二間の和室です。遠人村舎の名前は晋の詩人、陶淵明の「園田の居に帰る」から取られたといわれています。

 大漢和辞典は、昭和18年に第一巻が出版され、戦後改めて昭和30〜35年に掛けて全13巻が発行されました。そう聞くとかなり古い辞書の様に感じますが、修訂版・語彙索引・補巻を含めた全15巻は、平成12年に完成しています。大漢和辞典は、現在に生きている辞典なのです。
(田辺浩昭)


●所在地:〒955-0131 新潟県南蒲原郡下田村大字庭月434
●電話:0256−47−2208
●開館時間:午前9時〜午後4時
●休館日:毎週月曜日、12月29日〜1月3日
●HP:http://www.vill.shitada.niigata.jp/(下田村ホームページ)


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