|
馬籠は木曽11宿の一つで、この長い渓谷の尽きたところにある。西よりする木曽路の最初の入り口にあたる。そこは美濃境にも近い。美濃方面から十曲峠に添うて、曲がりくねった山道をよじ登って来るものは、高い峠の上の位置にこの宿を見つける。街道の両側には一段ずつ石垣を築いてその上に民家を建てたようなところで、風雪をしのぐための石を載せた板屋根がその左右に並んでいる。(島崎藤村「夜明け前」より)
島崎藤村がこう表現した馬籠宿の中ほどに、藤村記念館がある。
木曽から下ると、妻籠宿を後にして、狭く急峻な峠を越え、視界の開けた場所に馬籠宿の入り口がある。現在は車道が旧中山道の街道を交わり離れしながら峠を越えるが、徒歩や馬を交通手段にした頃には難所を越えて、旅人がほっとした瞬間にこの宿場に出会ったことが伺える山道である。宿場の入り口を「藤村記念館」の標識を目印に降りて行くとやがて、本陣を再現した資料館が現われ、大きな家を挟んだ隣に「藤村記念館」の看板と入り口に行き当たる。
島崎藤村は明治5年(1872年)この馬籠宿の代々本陣を務めている家に生まれている。「夜明け前」の舞台にもなった生家は、明治28年の大火により焼失しているが、昭和18年(1943年)藤村の死去、埋葬にあたり、本陣跡の土地提供の発案があり、村人の協力もあって、昭和22年に藤村記念堂が唯一焼失を免れた本陣の隠居所に隣接して建てられた。現在、この藤村記念堂を中心として、3つ の文庫を加えて藤村記念館として公開されている。第1文庫は研究室となっており、現在、企画展示を行う第2文庫と島崎藤村関連の資料を展示する常設展示室の第3文庫が一般公開されている。特に島崎藤村の自筆原稿などを収録する第3文庫は記念館入り口からののんびりとした感じとは違い、島崎藤村の足跡を十分に感じさせてくれる。各地の文学館では、どうしても人工的な「展示色」を強く感じることが多いが、ここではお手製の感じが心地良い。妻籠、馬籠と街道の宿場自体が大きな記念館のようになっているから、むしろ人工的に囲わない方がまわりに溶け込むのかもしれない。そういえば、記念館の入場券は入り口の路を挟んだ向かい側で売られていたし、私の訪れた時も8月22日の藤村の命日に合わせた催しの案内が街道の中に掲示されていた。その意味では、この宿場そのものが島崎藤村の記念館の一部なのかもしれない。
古い歴史のある御坂越をも、ここから恵那山脈の方に望むことができる。大宝の昔に初めて開かれた木曽路とは、実はその御坂を越えたものであるという。その御坂越から幾つかの谷を隔てた恵那山のすその方には、霧が原の高原もひらけていて、そこにはまだ古代の牧場の跡が遠くかすかに光っている。(島崎藤村「夜明け前」)
島崎藤村の表現した風景を記念館を含めた馬籠の風景が見せてくれた。やがて、ここを舞台にした「夜明け前」も青空文庫に登録されるだろうが、今、文庫本をポケットに出かけてみるのもオツな旅ができるだろう。他の多くの島崎藤村の作品は現在、青空文庫に登録されつつある。今後が楽しみだ。(やがて、「夜明け前」をPDAに詰めて馬籠に来るのもそう遠い夢ではない。)
(大野 晋)
●所在地:〒399−5102 長野県木曽郡山口村神坂馬籠
●電話:0264−59−2047
●開館時間:4月〜10月 8:30-16:45
11月〜3月 8:30-16:15
年末年始 9:00-16:00
●休館:毎年12月第2火曜日、水曜日、木曜日
●HP:http://www.cnet-kiso.ne.jp/t/toson/default.htm
ちへいせん目次へ
|